明治九年の袖珍洋装本

初版 2021/09/11 19:49

改訂 2021/09/11 19:58

書物のことなど興味ある話題が多いので、ときどき拝見しているブログ「daily-sumus2」の先日の記事で、つい先月刊行された東京都古書籍商業協同組合『東京古書組合百年史』に

……明治政府が自らの威信をかけて世に問うたのが『米欧回覧実記』全五巻(明治十一年刊)である。これは日本初の洋紙と活版印刷を用いた書籍であるばかりかもう一つのイノベーションを含んでいた。それは『米欧回覧実記』が和本でなく洋装本として出版されたことである。洋装本というのは日本独自の発明品であり、欧米からの輸入ではない。これが重要なのである。

という記述があった、という件りにおもわず目を奪われた。

https://sumus2013.exblog.jp/32419760/

東京古書組合百年史 : daily-sumus2

『東京古書組合百年史』(東京都古書籍商業協同組合、二〇二一年八月二五日)が届く。分厚い本だ。装幀は間村俊一さん。前にも書いたけれど、中野書店の中野智之さん...

https://sumus2013.exblog.jp/32419760/


ブログ主の林哲夫氏は「これはどうなんでしょう。」と疑問を呈され、いくつか反証例を挙げておられるのに引き続き、お手許の明治九年・同十一年刊の洋装本を披露しておられる。

https://sumus2013.exblog.jp/32420674/

初期洋装本 : daily-sumus2

貧しい書架から初期洋装本を取り出してみた。左から1)銅版新刻正字通 長岡道謙編纂 同盟舎 明治9年1月27日版権免許2)新律綱領改定律例改正条例伺御指令袖...

https://sumus2013.exblog.jp/32420674/

ただ、明治九年の『銅版新刻正字通』は見返しノドが補修されているため、オリジナルかどうかは断定できない、とされている。


だいぶ前にもmuuseoモノ日記に書いた

https://muuseo.com/lab-4-retroimage.jp/diaries/2


ミューゼオ 図版研レトロ図版博物館のモノ日記 | Muuseo(ミューゼオ)

https://muuseo.com/lab-4-retroimage.jp/diaries/2

図版研レトロ図版博物館

ように、取り立てていうほどの稀覯書コレクションでもない図版研架蔵書にすら、明治十年前後の洋装本は何冊もある。


そのことからしても、明治十一年よりも前に洋装本がなかった、とはとても考えられないし、それにこれが西洋にも例のない、日本人の独創だった、などとは(たといその一部には独自の工夫があったにせよ)到底おもえない……むむ〜、もやもやする。


そういえば林氏がお持ちのと同じ版元の同盟舎版袖珍洋装字書は、たしか何かしらあった筈……とおもって、目下整理中の小型辞書類の箱をがさごそやってみたところ、ありましたよ総革装のちっちゃいヤツが。


靑木輔淸『新撰銅版雅俗節用集』。表紙に使われているなめらかな革がほどよい柔らかさで、いつまでも手にしていたいような触り心地☆

内容としては、国会図書館デジタルコレクションで公開されている和装本

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/862669

雅俗節用集 - 国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/862669

にほぼ同じ。


外見は洋装、刷りは銅版でも、本文は和装本と同じ整版袋綴じ。だから小口に版心が見える。

巻末の刊行目録に、この字書の宣伝も書いてある。

判型は「半紙八ツ折形」。

この巻末のところだけ、袋綴じじゃなくて両面刷り。


じゃあ本当のところ、洋装本はいつごろからどのようにして我が国で作られるようになったのか? という疑問にこたえてくれる、確かなお話が読みたくなる。


何かそういうのがないかな〜、とちょっと探してみたら、なんと! 近代の書誌学や出版史を硏󠄀究しておられる木戸雄一氏が、ちょうど今「書物の転形期:和本から洋装本へ」という連載記事をnote.comで公開しておられるではないか。

https://note.com/kidoyou/m/m69c97d17cfc8

書物の転形期:和本から洋装本へ|木戸雄一|note

このエッセイでは日本で洋装本が登場してから定着するまでの時期、すなわち十九世紀後半から二十世紀初頭までを対象として、書物の技術と当時の新聞広告や目録の記述などとを照らし合わせつつその変遷と展開を跡付けてみたい。

https://note.com/kidoyou/m/m69c97d17cfc8

一次資料を中心に、筋道立てて調査研究されたご成果を親しみやすいお書き振りで綴っておられて、読み出すとついつい引き込まれる。


これの第二回「出自から形へ 1 」

https://note.com/kidoyou/n/n6ce1f959eb0b

書物の転形期02 出自から形へ 1|木戸雄一|note

出自としての「和本」  書物の外形をあらわす「和装本」という言葉は、もちろん「洋装本」と対になる言葉で、それ以前は「和本」だった。「和本」という言葉も今では「和装本」と同様にその書物の形を意識して使われることが多い。しかし、「和本」は江戸時代の出板目録(注:江戸時代は板木を用いるためここでは「出板」と記す)では書物の形を指してはいなかった。書物の形の違いが強く意識されるようになるのは「洋装本」登場以後である。その意識の変化を当時の人々の個人的なレベルで確認することは今のところ難しい。ここでは広告の記述に限定して考えることにする。  橋口侯之介は『江戸買物独案内』(1821)の本屋

https://note.com/kidoyou/n/n6ce1f959eb0b

の中で、1876年(明治九年)から官公庁御用書肆が一斉に洋装本を刊行し始め、その広告が続々と新聞に載るようになる、として、その例がいくつか引用されているのだが、その筆頭に同年八月十八日附け『東京日日新聞』に載った靑木輔淸纂輯三書のひとつとして『雅俗節用集』が出てくる。

乞フ天下ノ看客近方ノ書房ニ就テ購求アランコトヲ伏テ希フ者ハ東京本石町ノ一商肆江島万笈閣ノ主人ナリ

と引用文中にあるが、奥附の同盟舎メンバー書肆の中に「本石町二丁目

江嶋喜兵衛」がいて、しかも「萬笈閣」印が捺してあるのだから、本書がこの広告にいう

近年流行ノ西洋綴
洋服或ハ旅行ノ携帯等至極軽便ナル極小珍本

であることは間違いないだろう。


それはともかく、このようなちゃんとしたご研究にほぼリアルタイムで誰もが接することができるのは、やはり素晴らしいことだとおもう。是非多くの方にご一読いただきたい。


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「科学と技術×デザイン×日本語」をメインテーマとして蒐集された明治・大正・昭和初期の図版資料や、「当時の日本におけるモノの名前」に関する文献資料などをシェアリングするための物好きな物好きによる物好きのための私設図書館。
東京・阿佐ヶ谷「ねこの隠れ処〈かくれが〉」 のCOVID-19パンデミックによる長期休業を期に開設を企画、その二階一面に山と平積みしてあった架蔵書を一旦全部貸し倉庫に預け、建物補強+書架設置工事に踏み切ったものの、いざ途中まで配架してみたら既に大幅キャパオーバーであることが判明、段ボール箱が積み上がる「日本一片付いていない図書館」として2021年4月見切り発車開館。

https://note.com/pict_inst_jp/

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