明治期の本の「袋」

初版 2018/08/09 00:54

先月からあまりの暑さ続きで、放熱源たるコンピュータを使う作業は必要最低限だけやっつけたらさっさと電源を落としたい気分満点の毎日、Muuseoの更新もずっとほっぽらかしになっていた。颱風来襲で束の間涼しくなったところで、久々にモノ日記など。


明治に入って本格的に洋装本が我が国に入ってきたものの、明治二十年代くらいまではまだまだ旧来の和本が幅を利かせていた。

展示施設で商いをする、当時の本屋さんの様子(田村美枝『鼇頭大日本國民專用實地有益大全』上卷(明治19年(初版) 有益館)。見本なのだろう、和装本・洋装本がずらりと面陳されている。


こうした和本は、必ずそうだったのかどうかは判らないが、和紙製の「袋」に収めて売られていたようだ。

明治十四年初版の鉱物教科書。

「袋」を開いてみると、☟こんな感じ。

いささか仰々しい、でっかいハンコが捺してある。

特に売れ筋の本は、ほかの版元が勝手に同じ内容を彫った版を起こして出版してしまう偽版が出やすかったから、それを防ぐ意味もあったのだろう。こうした判は、洋装本ではその扉に捺された例がある。


☝の例のような一冊本だけでなく、☟のように分冊になっているものも同じように「袋」にまとめて売られていた。

明治十六年の化学教科書。左の三冊が初篇、右の包まれている三冊が二篇。

裏側の綴じ目にかけて割り印してあるのは、実際に本をお客に売ったお店ではないかと思う。

この当時は江戸期と変わらず、版木を持っている書店(☝で「藏版〈ぞうばん〉」と書いてある書店)が印刷したものをあちらこちらの書店へ卸して売り捌いていた(そうやって仕入れて売るだけの場合は「藏版」の代わりに「發兌〈はつだ〉」などと書いてある)。


ところで、既にお気づきかとも思うが、「袋」といっても実は和紙の短辺を貼り合わせて筒にしただけで、底はない。☟のようなカード式博物図集も、左右どちらからでも出せてしまう。

http://lab-4-retroimage-jp.seesaa.net/article/460555561.html

東京博物學會『新撰博物標本圖解』果物類第一 明治39年(初版): 大日本レトロ図版研Q所架蔵資料目録

東京博物學會『新撰博物標本圖解』果物類第一 明治39年(初版),大日本レトロ図版研Q所附属展示館@Muuseo 2018年4月より鈍意公開中☆https://muuseo.com/lab-4-retroimage.jp#entrancehttps://www.facebook.com/Lab4RetroIllustJapan/

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「じゃあなんで「袋」なの」という疑問が湧くが、当時はそう呼ぶ習いだったらしいのだから致し方ない。

裏側の出版目録でこのシリーズのところを見ると、☝ほらね?


さておきこうした「袋」は、一旦外してしまうと収め直すのは少々面倒くさいし、出したり入れたりしているうちにだんだん皺がより、角が裂けてきてしまったりもする。それでも律義に、読みおわるたびにしまっていたり、あるいは本の間に挟んでとっておいたりした奇特な方が多少はいらしたお蔭で、こうして百数十年後まで残っていたりもするのだが、大抵は買って帰ったらさっさと破り棄ててしまったのだろう、だいたいが「裸本」だ。


明治二十年代くらいから薄い包〈くる〉み表紙をかけた、和装本と洋装本との折衷的な簡易製本である「大和綴じ」の本がたくさん出るようになるのだが、これも「袋」に入れて売っていたらしい。

しかし、大和綴じ本の「袋」は和本のもの以上に現存数が少ないと思われる。当研Q所でもこの一例以外は見たことがない。そして本体は往々にして、表紙は褪色し擦り切れ破れ小口の角は数十ページにわたって折れ煤けた綴じ紐はちぎれあちらこちら虫は喰い……といった見る影もないありさま。

「袋」を開いて和紙で裏打ちした上で、内に折り込んだ端っこを見返しに糊付けし、ダストカヴァーとして再利用してあった。

糊が(幸いにして)弱っていたので、慎重に剥がし、表紙を見ることができた。「袋」の裏側には、本書姉妹篇の刊行案内が刷り込まれている。

下端に折り返しが貼ってあることから、この「袋」は底のある、本当の意味での袋だったことがわかる。背の部分は「袋」が裏打ちごと裂けてしまっていたため、残念ながらそこだけは本体も紙焼けしている。

実のところこの「袋」を眼にするまでは、この手のぺらぺらの包み表紙がついた大和綴じ本がどのような包装で売られていたのか、全く見当がついていなかった。


というわけで、当研Q所にとってはこの薄汚れたぼろぼろの紙切れが、ダストカヴァーとして表紙を包んでくれていたお蔭で奇跡的といえるくらい保存状態のよい本体に負けず劣らず、なかなか貴重な位置づけの資料なのである。


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「科学と技術×デザイン×日本語」をメインテーマとして蒐集された明治・大正・昭和初期の図版資料や、「当時の日本におけるモノの名前」に関する文献資料などをシェアリングするための物好きな物好きによる物好きのための私設図書館。
東京・阿佐ヶ谷「ねこの隠れ処〈かくれが〉」 のCOVID-19パンデミックによる長期休業を期に開設を企画、その二階一面に山と平積みしてあった架蔵書を一旦全部貸し倉庫に預け、建物補強+書架設置工事に踏み切ったものの、いざ途中まで配架してみたら既に大幅キャパオーバーであることが判明、段ボール箱が積み上がる「日本一片付いていない図書館」として2021年4月見切り発車開館。

https://note.com/pict_inst_jp/

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