明治初期の洋装本教科書装幀
初版 2018/04/21 02:08
改訂 2018/04/21 08:45
日本の洋装本の歴史は浅く、明治になって洋紙の国内生産が始まってからようやく本格的なものが作られるようになったようだから、たかだか百五十年ほどという勘定になる。だから、日本語で書かれたアンティークの丸背上製本は欧米に較べると極めて数が少なく、普段はなかなかお目にかかれない。
ご参考までに当研Q所架蔵の、明治十〜二十年代の中高等教育用科学系教科書をいくつかご覧いただこう。
総革装のものが全くなかったわけでもないだろうが、上製本教科書は背だけが革装で、表紙の面は布装(↑↓右)か擬革紙《ぎかくし》装(↑↓左)というもの。
背革の縁取りの箔押しも含め、なかなかおしゃれな装幀だと思う。十九世紀の文部省総務局図書課は気合いが入っている。
- 擬革紙というのは文字通り、皮革の風合いをまねた加工紙。紙に型紙を当ててローラーで圧を加え革シボ模様加工を施したもので、ざっくりいえばレザックみたいなものだが、製法は全く異なる。当研Q所架蔵資料目録ブログに解説してあるので、ご興味がおありの方は参照されたし>http://lab-4-retroimage-jp.seesaa.net/article/457485633.html
特に大型本の場合は背だけでなく、小口側の天地角を補強する三角形のコーネルも革張りになっているものがみられる(右、奥の方にちょこっと写っている色の濃い部分)。
ほかに総クロス装のもの(↑中↓左)や、背を布張りしタイトルなどを印刷した紙で厚手のボール紙をくるんだ、角背のいわゆるボール表紙のもの(↑左↓右)もあった。
この当時の教科書は文部省が編集発行する官製本だけでなく、東京大学などの教官が受け持ちの学生に使わせるべく自著を自費出版で出したものが少なからずあったが、その際に簡易(かつ恐らく安価)で実用的な強度のあるボール表紙装がしばしば採られたようだ。
↓ 下の例などは、元々ボール表紙本二冊組だったものを、旧蔵者が丸背上製本に仕立て直した合本なのではないかと思われる。
http://lab-4-retroimage-jp.seesaa.net/article/456605716.html
だから背に持ち主の名が箔捺しされているのだろう。
#参考
#比較
図版研レトロ図版博物館
「科学と技術×デザイン×日本語」をメインテーマとして蒐集された明治・大正・昭和初期の図版資料や、「当時の日本におけるモノの名前」に関する文献資料などをシェアリングするための物好きな物好きによる物好きのための私設図書館。
東京・阿佐ヶ谷「ねこの隠れ処〈かくれが〉」 のCOVID-19パンデミックによる長期休業を期に開設を企画、その二階一面に山と平積みしてあった架蔵書を一旦全部貸し倉庫に預け、建物補強+書架設置工事に踏み切ったものの、いざ途中まで配架してみたら既に大幅キャパオーバーであることが判明、段ボール箱が積み上がる「日本一片付いていない図書館」として2021年4月見切り発車開館。
https://note.com/pict_inst_jp/
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図版研レトロ図版博物館
2018/04/21ご覧いただきありがとうございます☆
今朝ちょこっと書き足しました。