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続・「ざぼん」と「ぶんたん」

公開日:2018/10/11

☝村越三千男『植物原色大圖鑑』第五卷(昭和08年(初版) 植物原色大圖鑑刊行會)


さて、追加調査が必要に思えてきて、あれこれ資料に当たるのにかまけていたりしていたもので間が空いたが、前回の続き。多少年代が前後するけれども、もうちょい二十世紀初頭の辞書を眺めてみる。


口語や方言を集めた十九世紀初期の辞書を、明治三十年代に更に項目追加してまとめ直した本。「うちむらさき」もその際の増補された筑前(福岡県北西部)方言として出てくる。『有用植物圖説』と違って「ウチムラサキ」=「香欒」ではなく、「内果皮・果肉ともに紫色の香欒の一種」という位置づけと読める。

「香欒」に「シマカタラシカシ」というルビがついているのだが、この語自体は立項されていない。一体どこからきたものか……??? その後いくつか古い辞書を漁ってみたのだが、一向に載っているものがほかには見つからず、今もってナゾ。


☝☟井上賴圀+近藤瓶城『増補俚言集覽』上(明治38年三版 近藤出版部)

「ざぼん」は載っていない。

「ぶんたん」も出てこない。


お次は明治末の辞書。こちらの「うちむらさき」は『俚言集覧』と違って「ザボン」の一種の扱い。そして前者同様、殻の内側が紫色の二枚貝の方が第一義になっている。

☝☟金澤庄三郎『辭林』四十四年版(明治44年第十三版 三省堂)

「ザボン」は「朱欒」でポルトガル語「Zamboa」起源、カリンに似た形で極めて酸っぱいが、四国九州で採れる扁球形のものは香り高く美味しい、とある。括弧つきで添えられている「香欒、生欒」というのは後者の名と取ってよいのだろう。

ということで、「ざぼん」にはここで新たに「生欒」という書き方も現われた。


そして「ぶんたん」はやはり載っていない。


今度は理科の用語ばかりを集めた、大正はじめのちょっと変わり種の辞書。「ウチムラサキ」は貝と植物とが別項立てになっているが、順番はやはり貝の方が先。表記は「内紫」ではなく「文旦」。

この本では、「ザボン」は「うちむらさき」の別称となっている…

…が、その一方で、フツーは内側が白いのを「ザボン」と呼んで紫色の「ウチムラサキ」とは区別しているけれども、元々は同じ種類の変種だろう、と解説されているので、どちらかというと「ざぼん」が「うちむらさき」の一種、という扱いにみえる。


甘酸っぱくて生食向き、というのが紅肉種だけの話なのか白肉種も含むのかは、これではよくわからない(もっともこう書いてあったら、あ〜両方ともそうなんだ、とたいていは思うだろうけれども)。


☝☟郁文舎編輯所『最新理科辭典』(大正02年初版 郁文舎)

「ザボン」は「ウチムラサキ」項へ丸投げされていた。

そして「ブンタン」項はない。

「ウチムラサキ」=「文旦」扱いなのだから当然、なのかも知れない。


十九世紀末に編まれた辞書の、大正はじめの「大増訂(何しろ、増補分が別冊になっている)」縮刷版。

これも「うちむらさき」は貝が先で、植物の方は実の内側が紫色の「ざぼん」の一種を指す筑前方言、となっている。表記は「内紫」。


☝☟落合直文+落合直幸『大増訂日本大辭典ことはのいつみ』(大正03年縮刷第一版 大倉書店)

「ざぼん」は「朱欒」と書いて、柚子の類い、と添えられている。

上がすぼまっていて下が大きいカリンに似た形で、黄色い皮は柚子のようにでこぼこしていて分厚く、苦くて酸っぱみがある、とされている。苦い方が先、って……よっぽどマズいヤツを食べさせられたのかしらん、と、つい思ってしまう。

「ぶんたん」はやはりない。


大正半ばの、ローマ字引の辞書。「Uchi-murasaki[内紫]」は方言であることへの言及がないだけで、『ことはのいつみ』とほぼ同じ内容。

☝☟井上哲次郎+服部宇之吉+新渡戸稻造+大澤岳太郎+横井時敬+草野俊助+江木衷+佐伯勝太郎『ABCびき日本辭典』(大正06年初版 三省堂)

この本、『理科辭典』でもないのに、編者に理系の専門家が少なからず係わっているところが変わっているかも。


「Zabon[朱欒]」は、ポルトガル語Zamboa由来というところも含め、『辭林』の解説と文面までほぼ一緒。

「Bun-tan[文旦]」がないのもまた然り。

辞書でもうおなかいっぱい、になったところで今度は図鑑をみてみよう。


村越三千男が牧野富太郎に監修を頼んで編んだ、大正後期の植物図鑑。「うちむらさき Citrus Decumana, Lour. forma.」の別名として「ざぼん」が載っている。表記は「香欒」「文旦」のふたつが挙げられているが、これは『有用植物圖説』同様に「うちむらさき」に宛てられているのだろう。一方で、「朱欒」は出てこない。

実の厚い皮を剥くと中は淡い紅紫色であることからこの名があり、甘酸っぱくて生食に適する、と説明されている。

通常は内側が紫のを「うちむらさき」、白いのを「ざぼん」と呼ぶが元は同じ種類の変種なのだろう、というところは『最新理科辭典』と共通している。


☝☟東京博物學研究會+牧野富太郎『植物圖鑑』(大正12年第二十一版 北隆館)

こうして明治から大正にかけての当研Q所架蔵資料をみていくと、多少定義の揺れはあるものの、おおむね「柑橘類の巨果で甘酸っぱくて中が紫色の肉種が「うちむらさき」、酸っぱい(あるいは酸っぱ苦い)白肉種が「ざぼん」で、どちらも当初はやや平べったいまるい形のものを指したが、途中からカリンに似た上がすぼまった形の白肉系も「ざぼん」と呼ばれるようになった」、というふうに読み取れるように思う。それが時代が下るにつれ、何らかの理由でだんだんと区別がつかなくなって行ったんだろうな〜、と考えていた。


ところが昭和に入ると、「ざぼん」「ぶんたん」に思わぬ展開が出来する。


昭和初期に大冊の百科辞典が続々と出されるようになるのだが、これもそのひとつ。「ウチムラサキ・朱欒」の項をみると、普通「文旦〈ブンタン〉」ともいうが、その「文旦」は白肉種で「朱欒」は桃紅肉種、とある。なんともはや、指す種がいきなり紅白逆転してしまっているのだ。

「ウチムラサキ」は適度に甘酸っぱく、蜜柑と同じように生食する、というところは変わらずだが……。なおこの項を担当されたのは「鈴木清」なる農学士の方だが、両隣の鈴木氏と違ってご経歴やご出身地など詳細は何もわからない。

☝☟冨山房百科辭典編纂部『日本家庭大百科事彙』第一卷(昭和02年(初版) 冨山房)

「ザボン・朱欒」は「ウチムラサキ」参照、…

…「ブンタン・文旦」は「朱欒ウチムラサキ」、「柑橘類カンキツルイ」参照、…

…となっているので、ついでに「カンキツルイ・柑橘類」項もみておこう。

ここには当時国内で栽培されていたと思しき、具体的な代表品種名が例示されている。「文旦類」としては「平戸文旦」「江上文旦」「横印文旦」「八代文旦」の四つが挙がっている。なおその前にある「文旦中間類」というのは、文旦を親にもつ雑柑類、という意味だろう。


同じ頃の別の百科辞典。

「ウチムラサキ」項には例の二枚貝、それからシジミチョウの一種の別名に続く第三義に、「ザボン」の変種のひとつとして載っているが、これも「朱欒」になっている。

解説内容からして、表記が「打紫」となっているのは「内紫」の誤植だろう。科名の「芸香」のよみが「サンセウ〈さんしょう〉」になっているのも誤りで、前回も書いたようにこれは「ヘンルーダ」。


一方「ザボン」項をみると、ありゃ? こちらも「朱欒」になっている。

実がまるいのは判るが、中身が紫色か白いかは書かれておらず不明。

もう何が何やら……だが、日治時代台湾の果物検査所内部写真は貴重と思われる。


これとは別に「ブンタン(文旦)」も載っている。果皮が黄色みを帯びた梨形の白肉種で美味しい、とある。

こちらは写真が載っているので、どんな形なのかがはっきり解る。最前から出てくる、カリンに似て上がすぼまり下が太い、というのはこれをいうのだろう。

ただ下側の宮崎産断面図は、果皮が厚く果肉がやや白い、という特徴と合っていないような気がする……無論、白黒写真では何色なのか知りようがないが。


☝☟三省堂百科辭書編輯部『圖解現代百科辭典』第一巻(昭和06年(初版) 三省堂+三省堂大阪支店)+第三巻(昭和07年(初版) 同前)+第五巻(昭和08年(初版) 同前)

図鑑にも、☝と似たような “異変” がある。


牧野はその後村越と袂を分かち、改めて自身による図鑑を拵えはじめたのはよく知られているところだが、これはその昭和初年版。

図版は『植物圖鑑』の引き写しのようだ。学名は「Citrus maxima, Merr.」になっている。

解説も同書と大して変わらないが、漢字表記は示されていない。種名が「うちむらさき」ではなく「ざぼん」になっている。あわせて、実の内部が紅紫色のが「うちむらさき」、白いのが「ざぼん」という解説が添えられている。


☝☟牧野富太郎『日本植物圖鑑』(昭和05年九版 北隆館)


同時期の村越の図鑑。種名はやはり「ザボン」になっているが、解説を読むと肉瓤(内果皮)は薄紫色、瓤嚢は淡い紅色となっているので、これは従前どおり「ウチムラサキ」を指しているのがわかる。そして九州地方産のものは近畿産のものよりもはるかに優良のものができる、という説明の後にわざわざ「ウチムラサキ」と内項を立て、中身が紫系のものが「うちむらさき」、白いのが「ざぼん」と呼ばれているが前者も「ざぼん」の変種であろう、という解説を加えているところは牧野のとは異なる。

図版は東京博物學研究會版とよく似た構図だが、改めて描き直されている。こちらは学名を「Citrus Aurantium, L. var. decumana, Bonar.」としている。また、「じやぼん(=じゃぼん)」などの別名(各地方言と思われる)をいくつも載せてもいる。ただし、やはり漢字による表記は載せていない。

次の「クトウ」は「苦橙」という漢字表記も載せているから、「ザボン」の方で省いたのは何らかの意図があったものと想像される。


☝☟村越三千男『大植物圖鑑』(昭和05年第十五版 大植物圖鑑刊行會)


村越はこの「大」図鑑だけでは飽き足らなかったとみえて、百科辞典のように何冊もが組になったシリーズも出してしまう。


明治晩期から昭和初期にかけ、予約金を購入希望者である登録会員から集めて豪華本を出版していく「刊行会」の形式は、今日のクラウドファンディングを思わせる。企画者と、それから刊行趣旨に賛同した有力出版社(の社長)がタッグを組んで、今日日は望めないような豪華な装幀造本の大型本などを拵えていったわけだが、見事成功して素晴らしい書物が数多く出された一方、途中で資金繰りが行き詰まって版元が倒産し、中途で終わってしまったものも少なくなかった。美しい色彩図版を盛り込んだ、索引巻含め全十三巻セットの企画に村越を踏み切らせたのは、その前の『大植物圖鑑』発刊のときの成功経験があったからこそ、ではないかと思う。


さて、その図鑑の柑橘類の図が、今回冒頭に掲げた図版だ。この中に、「ざぼん」「ぶんたん」の類いは三つ描かれている。

左から順に、一番大きなのが「ザボン」、次が「ヒラトブンタン」、最も小さくてアタマがぴょこんと突き出たのが「シナブンタン」と書いてある。


「ザボン」の解説をみてみると、「ウチムラサキ」「ジャボン」という別名が添えられていて、『大植物圖鑑』に「ザボン」として出てくるものと同じ種類と思われる。

しかし同書に添えてあった、白肉種を「ざぼん」と呼ぶ、という説は消えてしまい、図版と併せて「ザボン」=「ウチムラサキ」=肉種、ということになってしまっているようにしか見えない。

続いてさまざまな「Citrus Sabon, Sieb.」のヴァリエーションが並んでいる。まことに残念ながら、これらのひとつとして図版はない。本当に、この点はすごーく残念……今日の図鑑でも、少なくとも国内出版物で彩色図版がずらりと載っているものはまずないだろう(戦前の台湾では図説された熱帯果樹の本がいくつか出ているようだが、古書価は結構するし数も少ない)。

これらはいずれも台湾が主産地のようで、別称はその和名、ということなのだろう。なお、ちょん切れてしまっている「タンカン」は「ざぼん」「ぶんたん」の類いではない筈……なのに何故かここに挟まっている。


そして「ブンタン 文旦」、学名「Citrus grandis, Osbeck. forma Buntan, Hayata.」はというと、梨形で明るい黄色の分厚い果皮、果肉は白いのと紫のとあり、そのうち瓤嚢と果肉とが薄紫のものを「ウチムラサキ」と呼ぶ、と付け足してある。

続く「マトウブンタン 蔴荳文旦」は洋梨形で白肉、果肉は柔らかで汁気が多く甘味が強く苦味がほとんどない、とある。番号からして、図版の「シナブンタン」はこれのことのようだ(実はこの図鑑、解説と図版のキャプションとで名称の違うものがいくつもある。また、☝の台湾産の各種「ザボン」のように解説だけで図版がないものがある一方、図版はあるのに解説がない、というものもあるのがナゾ)。

そしてもうひとつの図版のある「ブンタン」が「ヒラトブンタン 平戸文旦」なのだが、何とここに「朱欒」と添えてある。形は扁球形、果皮は黄色で非常に分厚く、果肉はやや黄緑に近い白肉系で汁気多く柔らかく、酸味がやや強いが内地産のほかの品種よりは甘味が強く、(皮が厚いだけに)貯蔵も利く、とのこと。

次の「グレープ・フルート(所謂グレープフルーツ)」は「ざぼん」「ぶんたん」の仲間が西インド諸島にもたらされて生まれた派生種らしいから、ここに出てくるのは(「タンカン」と違って)納得がいく。


☝☟村越三千男『内外植物原色大圖鑑』第五卷(昭和08年(初版) 内外植物大圖鑑刊行會)

と、いうことでこの図鑑では、明治の末から大正期にかけて姿を消していた「文旦」が伸長し、反対に「香欒」は出てこなくなってしまった。しかも「ぶんたん」には肉種も白肉種もあるという。「ざぼん」はいつの間にか「うちむらさき」のことになり、また台湾産のさまざまな大きい実をならせる柑橘類も「ざぼん」の仲間、ということになった。


僅かの間にこんなにも内容が変わってしまったのは、恐らく村越が精力的に調査研究をおこなった結果なのだろう。台湾種がこんなに載っているからには、現地にも足を伸ばしたのかもしれない。しかし、その経緯話や参考文献リストが添えられているわけでもなく、全くもって想像の域を出ない。


昭和初期の植物図鑑は、牧野富太郎のそれよりも村越三千男のものの方がひろく普及していたと聞く。百科辞典の記述が昭和初期にかつてと逆になったのも、この植物図鑑が影響した可能性はかなりあるのではないかしらん。


次回は引き続き架蔵資料、そしてここしばらく掻き集めてきた資料や情報を眺めつつ、「ざぼん」と「ぶんたん」との語源について探っていきたい。これがまた、調べていくうちにタイヘンなことに……。


#コレクションログ

#比較

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    2018/10/11 - 編集済み

    TWIN−MILL

    ブンタン。ザボン。ウチムラサキ。。。
    実に奥深い話ですね。
    文旦と書かれると、つい、ボンタンアメを思い浮かびます。文章中、ボンタンと言う名がなかなか出て来ない😅。
    ボンタンは造語だったのか?とつい、気になってしまいました。。。
    次回も楽しみにしています😁👍。

    返信する
  • J5spj8qa
    2018/10/11

    大日本レトロ図版研Q所

    コメントありがとうございます☆
    ボンタンアメ、実はこの研Q論を書くためにものすごぉく久々に買いましたww
    ということで、「ぼんたん」も含め次回出てきますよ。おたのしみに♪

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    返信する
    • File
      2018/10/11 - 編集済み

      TWIN−MILL

      次回、しっくり来る予感がします😁👍。
      気になったらネットで調べれば。。。ってなるんですが、やはり、過去の著書を使ってたどり着く過程を見たい思いもあります😁。
      なので、次回以降の研Q論の展開を楽しみにしています。。。

      返信する
  • J5spj8qa
    2018/10/11

    大日本レトロ図版研Q所

    お言葉ありがとうございます。ご期待に沿えるかどうかはわかりませんが……。
    「ざぼん」「ぶんたん」いずれも外国語起源のため、どうしてもネット検索を使って拾った海外資料に頼らざるを得ない(よってだんだん「コレクションログ」からは遠ざかり、しかも行く手にはそびえ立つ言葉の壁が……ww)のですが、それでも「その辺に転がっている通説はどうもアヤシいっぽいよ?」ということなど、ナンチャラ知恵袋の質疑応答とかよりは面白い話の種にはなるのでは、と密かに思っております☆

    返信する
J5spj8qa

大日本レトロ図版研Q所

主に1860年代〜1940年代(明治〜昭和初期)に刊行された国内出版物のうち、自然科学、医学、薬学、地理学、女子教育、名所案内、商業デザイン、建築デザイン、器械カタログ、図鑑、辞典辞書類などで値の張らないものに載っているレトロ図版(木口木版、細密銅版、石版、写真など)をちまちま蒐集。ただ蒐めるだけでは意味がないのでその魅力を世に知らしめ、かつ何らかの方法で活かしていけないものかあれこれ試行錯誤中。取り敢えず無料閲覧サーヴィスを開始。ご案内☞http://lab-4-retroimage-jp.seesaa.net/article/463222789.html なお名称の「Q」となっているところは、正式には「あなかんむり+Q(つまり、「究」-「九」+「Q」)」と書く。略称「図版研」。

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