コリネキソクスについて

初版 2024/10/14 18:02

改訂 2024/10/15 22:58

まず名前について少し。

Corynexochus はたぶん coryn と exochus に分けられると見当をつけて、まず coryn を調べてみると、ギリシャ語でコリュネー(coryne)というのが見つかった。辞書を見ると、棍棒とか節くれだった棒とか牧羊杖とか説明がある。棍棒といってもいろいろあるけれども、おそらく先が太く丸くなっているタイプを指すのではないか。三葉虫の頭鞍の形を棍棒に見立てたのなら、そういうタイプのほうがしっくりくるような気がする。

ちなみに、中国語ではコリネキソクスは聳棒頭蟲と書くらしい。この聳棒というのがコリュネーを表しているようだ。聳というのは「そびえる」という意味だから、聳棒は、棒状のものが聳えている、盛り上っている状態を指していると思えばいいだろう。

コリュネーは頭鞍の形を表しているということでいちおう片がついたとして、あとは exochus だが、これがよく分らんのですよ。辞書には exochos というのが出ているものの、説明を見ると、「……を超えている」とか「上位の、卓越した」とかいう意味の形容詞のようで、名詞としての用法はなさそうだ。まあ、形容詞をそのままもってきて名前にするのもありだと思うが、どうもあまり座りがよくない気がする。

なんだろうねと思っていたら、この exochos が動物の名前に使われているのを発見した。それは Exochus という属名で、ある種のヒメバチを指すのに使われている。ヒメバチのうちでもとくに卓越した種類なのかどうかは知らないが、命名は古く、1829年に Gravenhorst という人によって行われている。

アンゲリンがスウェーデン産の Corynexochus spinulosus を記載、命名したのは、1854年のことだから、こう名づけるにあたって、グラーフェンホルストの Exochus からなんらかの影響もしくは示唆を受けた可能性はある。しかしそれが具体的にどんなものだったかは、少なくともいまのところ不明だ。

というわけで、漠然とした理解ながら、コリネキソクスがコリュネー(棍棒)とエキソコス(卓越した)の二語を合成したものであることだけは確かなようだ。しいて漢字で書けば、棍棒卓越虫とでもなるだろうか。

それはそれとして、ここでひとつ大切なことは、その名前が表すように、コリネキソクスの第一の特徴は、その頭鞍(さらには頭部)にあるので、模式種のスピヌロススの最大の特徴たる尾部のトゲは、コリネキソクスという属にとっては本質的なものではなく、偶有的なものにすぎない。私はこの点で完全に誤解していて、コリネキソクスはドリピゲの仲間に代表されるような、尾部のトゲをもって第一の特徴とすると思いこんでいた。しかし、どうもそうではなさそうなのだ。

コリネキソクス属の頭鞍は、典型的にはおそらくエイリアンの頭のような、あんな形を想定していると思う。標本の保存状態によって、それが明瞭な場合もあれば、そうでない場合もあるだろう。しかし、完全に復元してみれば、おそらくいずれもああいったこんもりと盛り上った頭鞍を特徴としてもっていると思う。まさしく中国語の聳棒頭という字が表しているように。

それにしても、数あるギリシャ語のなかから、コリュネーなんていうものを探し出してきたアンゲリンは、よっぽどギリシャ語がよくできたのか、それともコリュネーの名をもつほかのものがすでに一般に知られていたのか。

そこで調べてみると、ある種のヒドロ虫について、1774年に Gaertner という人が、coryne 属を立てているのを発見した。このヒドロ虫の刺胞が棍棒に似ていることから、コリネと命名されたようだ。この属には、リンネの記載した Coryne muscoides なども含まれている。なにしろ古い話で、これがおそらくコリネという名前が学問の世界に現れた最初のものだと思われる。

以上、まとめてみると、

1774年、Gaertner が Coryne 属を立てる(ヒドロ虫)
1829年、Gravenhorst が Exochus 属を立てる(ヒメバチ)
1854年、Angelin が Corynexochus 属を立てる(三葉虫)


     * * *


ところで、コリネキソクスが三葉虫愛好家のあいだで知られているのは、属によるというよりも、むしろ目、それから亜目によるものだろう。1935年に小林貞一がコリネキソクス目およびコリネキソクス亜目を立て、さらにドリピゲ科まで立てている。この一連の手続きがどのように行われたか知りたくて、彼の論文を探してみたら、あっさり見つかった。こういう題のもの。

The Cambro-Ordovician Formations and Faunas of South Chosen, Palaeontology, Pt.3
Cambrian Faunas of South Chosen with a Special Study on the Cambrian Genera and Families
Jour. Fac, Sci, Imp, Univ, Tokyo, Sec.II, V.4, pt.2, pp.49-344

これで検索すれば、その論文を見ることができる。300ページほどの大論文。

とはいっても、書かれている内容はむつかしいものではなく、どこそこでどういう化石が見つかった、という記載の羅列にすぎない。そして、ここにはすでに Suborder Corynexochida Kobayashi という文言があって、彼がコリネキソクス目を立てたことが既成事実になっている。

いつのまに、だれの許可を得て?
そもそも目や亜目の制定というのは、どんなふうに行われるのか?
Help me!

まあいずれにしても、この論文には多くの図版が入っていて、それを眺めるだけでも楽しめるので、愛好家にはおすすめだ。といっても、部分化石ばかりだが、南朝鮮すなわち韓国のカンブリア系というのは、三葉虫愛好家にはほとんど知られていないと思うので。


     * * *


さて次に、コリネキソクス亜目、つまり広義のコリネキソクス類に属する三葉虫を見ていこう。

まずチェンコウイア科からミクマッカ(Micmacca)。これはかつてエリプソケファルスの仲間に入れられていたので、形もそんな感じだ。ミクマッカ以外のものも、だいたい似たり寄ったりだろう。地味なうえにも地味なタイプ。

次はコリネキソクス科だが、このコリネキソクスの中のコリネキソクスともいうべき属たちについては、ほとんど情報がない。いくつかの属についてはタイプ標本の写真が見られるけれども、すべて頭部の部分化石ばかりで、保存もよくなく、サイズも小さい。アンゲリンのあげている模式種 C.スピヌロススの図版は、その目立つ尾板のせいで、かえってこの科のものの全般的特徴を見えにくくしているのではないかと思う。

次はディネスス科。この科に属するものは、ネット上にほとんど情報がなく、たんにこういう科があって、これこれの名前の属がいますよ、ということくらいしかわからないけれども、少なくともディネススの頭部を見るかぎりは、その膨らんだ(膨らみきった?)頭鞍といい、頭部を蔽う顆粒といい、なかなか見ごたえのある種類のようだ。

次はドリコメトプス科。この科に属するものは多い。そのなかから、私の知っているものをあげれば、まずヘミロドン、グロッソプレウラ、それからアンフォトンなど。だいたいにおいてこの手の三葉虫が属するグループだと思えば間違いないと思う。

次はドリピゲ科。これはおそらくコリネキソクス亜目のうちではもっとも華のあるグループだ。なんといってもオレノイデスを擁しているのが大きい。もっとも、オレノイデス、ドリピゲ、クーテニア以外はほとんど知られていないと思うが、この三つだけでもいろんな種があって、なかなか楽しめるものになっている。

次はエデルスタイナスピス科。これも全貌がつかめないグループだが、その代表たるエデルスタイナスピスの画像を見ると、頭鞍が独特の形をしていて、非常にインパクトがある。それは、棍棒というより、なんというか猥褻(?)な感じで、見ていると軽い吐き気を催してくる。

次はヤクトゥス科。この科の代表的なものとして、シベリアで産するヤクトゥスやバティウリスケルスの画像がネット上で見つかる。これがなかなかの見もので、全体からかもし出される奇妙な威圧感に圧倒される。購買欲をそそられるが、値段はやはりシベリア産だけあって高い。

次はオリクトケファルス科。この科のものは、小さい(1㎝くらい)ながらもトゲを発達させたものが多く、気になるといえば気になる存在だ。これまでほとんど私の視野に入ってこなかったが、いくつかサンプル画像を見たかぎりでいえば、私の好みのタイプではある。とりあえずは情報を集めて、次の出会いに備えるとしよう。

最後はザカントイデス科。これはドリピゲ科と並んで、本亜目のうちではもっとも目立つ存在だ。これはひとえにザカントイデスやアルバーテラの異様な見てくれと、その稀少性による。これらについては多言を要しないだろう。そういっても、じつのところ、これら異形の三葉虫がコリネキソクス亜目に属しているとは知らなかった。アルバーテラ、いつかは手に入れてみたいものだ。


     * * *


コリネキソクス目は、ほかにイレヌス亜目、レイオステギウム亜目を含む。後者はなんとなくわかるとして、前者はほとんど別系統に属するんじゃないかと思うほど、コリネキソクス類とは似ても似つかない。なにかそこに分類上の根拠があるのかもしれないが、少なくとも外見からすれば、両者はほぼ別物と見なし得るし、そう見なしてもいっこうに差し支えはないような気がする。少なくとも私は、たとえばスクテルムを眺めながら、コリネキソクスに思いを馳せることはまずない。

イレヌスの仲間(スクテルムを含む)は比較的よく知られているし、分類も見やすく分りやすいのでとばすことにして、次のレイオステギウム亜目だが、これはイレヌルス科、カオリシャニア科、レイオステギウム科、シラキエラ科の四つの科から成っている。どれも馴染みのない名前だし、これらの科に含まれる個々の属もほとんど知らないものばかりで、おそらくは僻地の僻標本をもとにした、おもに地質学的関心に発する、専門性の高い分類項目になっているものと思われる。われわれアマチュアとしては、そのなかからいくつか、完全体の出る種類だけ、気にしていればいいのかもしれない。たとえば、レイオステギウム科のセチュアネラ。これはノリニアという名前で出ていることもあり、まったく名無し状態で売られている場合もある。その形も、標本によって微妙に、あるいはかなり違っていて、厳密に同じものかどうか、素人には判断しかねる。しかし、一見してそれがセチュアネラの仲間であることだけはわかるので、それだけ特徴的な種類であることは間違いない。私はこれが欲しくて、一度未剖出のものを買ったことがあるのだが、母岩がおそろしく硬く、本体との分離は困難をきわめ、専門の機材がないとどうにもならないことがよくわかった。

すでに長くなりすぎているので、このへんでいったん切ろう。
ここまで読んでくれた人、はたして何人いるかな?

Author
File

ktr

鉱物と化石の標本を集めています

Default
  • File

    trilobite.person (orm)

    2024/10/14 - 編集済み

    興味深い記事でした。ありがとうございます。

    〜exochusの属名を持つ三葉虫といえば、他に、SphaerexochusとかPseudosphaerexochusが思い浮かびますね。
    Sphaerexochus属の命名はBeyrich(1845)であるようなので、それ関連の論文を辿り、属名の由来が記載されていないかチェックしてみましたが、収穫なしでした。

    そこでktrさんに倣い、Sphaerexochusの中国名を調べると、高圆球虫/凸圆球虫と出ます。圆は「丸」を意味するらしいので、圆球は類義語の羅列で、丸・球を意味するようですね。一方、Sphaerは「球」なので、やはりここからも、exochusは「高い」とか「出っ張る」といった意味を示しているんですかね。

    Sphaerexochusで高く聳える丸いものといえば、言うに及ばず頭鞍なので、
    ・Sphaerexochus=(頭鞍が)丸いものが高い、聳える
    ・Corynexochus=(頭鞍が)棒状のものが聳える
    というような関係にあるのだなと思いました。

    返信する
    • File

      ktr

      2024/10/14

      追加の情報をありがとうございます。
      Sphaerexochus はうかつにも思いつきませんでした。
      私もじつは聳の字が exochos の意を表しているんじゃないか、と気づいて、追記を書こうかと思っていましたが、こうして ormさんのコメントをいただいた以上、その必要もなくなりましたね。
      長々しい駄文におつきあいいただき恐縮です。

      返信する
  • File

    Trilobites

    2024/10/15 - 編集済み

    プティコパリア目と同様に雑多なグループ分けが微妙な種類を纏めているかのようなコリネキソクス目、一度は疑問に思いつつもスルーしてしまっていたコリネキソクス目の謎を、ここまで深堀りして考察されるktrさんは流石です。語源に棍棒から来ているというのは、想像もしなかったです。多分無理でしょうが、コリネキソクス科の部分化石でもよいので、欲しくなってきますね。

    返信する
    • File

      ktr

      2024/10/15

      私もスルーしかけてましたけど、今回調べる気になったのは、クーテニアが私を駆り立ててさせたようなものですね。
      一ヶ月間テーブルに置いて眺めているうちに、すっかり魅了されてしまいました。
      久しぶりの大当りだったと思います。
      コリネキソクス科は、部分化石でも貴重だと思うので、私も気にしておきたいと思います。

      返信する