クーテニア到着

初版 2024/10/05 13:48

改訂 2024/10/17 12:37

標本が届いたので、感想など。

最初に開けて見たときは、うーん、これは失敗かな、と。

それはなんというか、このところ私が買ってきた美麗な(美麗すぎる?)標本と比べると、あまりといえばあまりに残念な保存状態。思わず「これはちょっと……」という声が洩れた。

明らかに最近の剖出ではなく、オールドコレクションであることは確実だ。裏をみると、母岩が三枚貼り合わせてあって、その三枚目のものがじつに意味不明なのだが、それも古い標本だと思えば納得が行く。おそらくこのクーテニアという種類は、もう新たに採取することがむつかしくなっていて、市場に出てくるのはすべてオールドコレクションの放出だと思われる。これもそんな標本のひとつ。

まあそういうわけで、しばらく台所のテーブルの上に置いて、食後にパイプを喫しつつ眺めていた。この標本はいわゆる3Dであり、中軸の垂直方向のトゲも剖出してあるのだが、それらがすべて右に傾いていることと、多少なりとも母岩が残してあるので、見ていてはらはらすることはない。それは私にはありがたいことだ。

斜めになった中軸のトゲもそうだが、この標本は全体的にアシンメトリックで、その点がおそらく最初に私の感じた「残念な保存状態」のよってきたる所以かと思われる。右側の自在頬は失われたか、陥没しているかで、頬棘だけが飛び出している。尾板を見ると、右側と左側とでは、トゲの長さや形状があきらかに違う。

ひとことでいえば、よれた標本なのだが、ふしぎなことに、眺めているうちにこれがあまり気にならなくなってくるのみならず、このよれ具合が標本に奇妙な魅力を加えていることに気がついた。

私はこれまでアシンメトリックな標本は意識的、無意識的に避けてきた。それは私のなかのシンメトリー嗜好がそうさせてきたので、完全にシンメトリックな標本、つまり上下左右どの方向にもいっさいの変形のない、完璧なものが自分の理想としてあった。そして、現実には求めがたいことを知りながらも、なるべく変形の少ない、すっきりと延びた、左右対称の標本を求めてきた。

ところで、そういう完璧な標本だが、その本来的なすばらしさにもかかわらず、何度も眺めていると、どうも完璧であるがゆえの不満というものが出てくるような気がする。不満というより、退屈してくるのだ。いくら美人でも、いつもいつも同じような澄ました顔では、飽きてしまう。標本も同じこと。あまりに整ったものは、その完璧さが味気なさに通じる場合があると思う。

私は美的なことに関しては、若いころに読んだヴォリンゲルの「抽象と感情移入」に決定的な影響を受けていて、いまだにそこから脱却できずにいるが、それを三葉虫に当てはめてみれば、シンメトリックな標本というのは、抽象欲求に対応するもので、イデアのごとく不変不動、そこからはいっさいの動的なものは締め出される。いっぽう、アシンメトリックな標本は、感情移入に対応するもので、それは生命感とか立体感とか、そういったものに結びつく。

感情移入というのは、Einfühlung の訳語で、自己移入とか、思い入れと訳される場合もあり、要するに対象の内部に自己を移入したときに生じる感情とか感覚とかをあらわす。三葉虫の内部に自己を移入するといえば、人は笑うだろうか。しかし、それは笑う人のほうがわるいので、だれしも抽象的でないものを観照するときは、多少なりともその対象の内部に入り込んでいるのだ。

まあいずれにしても、今回の標本は、当初感じたほど残念な標本ではなかった。これでよかったと思うし、これまで我慢してきた甲斐はあったと信じたい。

Kootenia randolphi (AKA Dorypyge swasii)

参考までに、アンゲリン(Nils Peter Angelin)の記載している模式種の Corynexochus spinulosus の図をあげる。

9 と 9a が頭部の部分化石、11 が尾板の部分化石

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ktr

鉱物と化石の標本を集めています

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    trilobite.person (orm)

    2024/10/06 - 編集済み

    順調に予め予定した通りの種を入手されておられますね。初見はいまいちという事でしたが、最終的には心の整理がついたようで何よりです。完璧な標本ですと私の場合、欠点のなさ故か、それ以上あれこれ調べる欲や葛藤がなくなり、一通り眺めた後は、収納ボックスにすぐ仕舞い込んでしまう事がよくありますね。

    最近は暇とお金ともに無くて、webを巡回する機会も随分減っており、購入したとしても安い標本ばかりでした。一連のご投稿を見て、そろそろ何か北米産の標本が欲しいなという気分になりましたね。

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      ktr

      2024/10/06 - 編集済み

      予定通りといえばそうかもしれませんが、寄り道をしなくなったのは、蒐集道からいえば退歩だと思っています。あらかじめ決まった道を行くのは、つまんないですよね。ですけど、もう私にはあまり道草を食ってる余裕はないんです。

      北米産は魅力的ですが、ormさんのように、その最上のものをすでに入手されている方が、今後どのような方面に探求の手を延ばされるのか、見当もつきません。また進展ありましたら、お聞かせください。

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    Trilobites

    2024/10/06 - 編集済み

    図鑑とかの完璧な個体を見てしまうと見劣りは分かりますが、ほぼ欠損もなく、今や入手すら困難な種なので、価値は高いと思います。北米産の希少種は、この数年で更に希少さを増した印象がありますね。

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      ktr

      2024/10/06

      まあ状態はちょっとあれですけど、念願かなって一安心というところです。
      この種、ほんとに品質と価格とが見合っておらず、それだけ稀少なのかなあ、と感じておりました。
      あのT氏の放出品でも、満足のいくものではありませんでしたね。
      今回のはサイズもそこそこあって、まずまず満足しております。

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