【手彫證券印紙】警告文について

初版 2023/07/05 21:13

改訂 2023/09/25 21:39

[2023/9/25:頂戴したコメントに従い、訓み下し文と現代文を改訂いたしました。コメントをお寄せいただきました印紙類収集家様、ありがとうございました] 

同時代の郵便切手にはない特徴の一つとして、手彫証券印紙の左右には、

「此印紙扵致贋造者 可處嚴刑もの也」(「も」は変体仮名で、「毛」の崩し字から派生したもの)、

読み下すと

「この印紙 贋造致すに扵ては 厳刑に處するべきものなり」で、

すなわち、

「この印紙の贋物を偽造する場合には厳刑に処されなければならない」、

という警告文が印刷されています。

同じく政府発行の証紙である郵便切手にはこのような警告文が挿入されていなかったことを鑑みると、税収に直結している印紙に対して当時の政府はより厳重な管理を行っていた、すなわち、郵便税(郵便料金)の徴収のエビデンスとしての切手に比べて一ランク上の重要性を認識していた、ということが言えるのではないかと考えています。これに加えて、手彫證券印紙は当時の切手に比べて大きく、警告文を刻印する十分なスペースがあったことも一つの理由かと考えています。

この警告文があるおかげで、手彫證券印紙の版別のための手がかりが飛躍的に増加していると考えています。文字の癖や忘彫など、さまざまなヒントを与えてくれるのは実にありがたいことです。

この中でも、10銭印紙、25銭印紙、50銭印紙では、左警告文の「も」(「毛」のくずし字からきている変体仮名が使われています)の第一画目の点が、それ以降と分離しているものと連続しているものがあって、版を決定するための大きなポイントになっているように感じています。

この例は、ミュージアムでもご紹介したもので、第二次発行(和紙ルーレット)10銭青印紙が4枚貼られた証書です。上3枚の印紙と、4枚目の印紙とで印面刻印の趣が異なっているのですが、なんと言っても「も」の第一画目が連続/分離しているのが一番分かりやすいかと思っています。ちなみに上3枚の印紙、長谷川(2022)などのリーフを参照するとどうやらPlate "IV"に属するもののようです。

さて、贋造に対するこのような罰則については、明治6年2月17日付太政官布告第56号の「受取諸證文印紙貼用心得方規則」では言及されておらず、同年5月10日付け太政官布告第155号で同規則への追加(「受取諸證文印紙貼用心得方規則増加」)として、同規則第9条にて規定されました。公式な発行日(明治6年6月1日)よりも前の追加であるため、贋造の実例があって追加的な措置を取ったわけではなく、政府として贋造の可能性があることを改めて認識して、布告として周知せしめたものと思われます。

さてこの明治6年5月10日付布告では、贋造者に加えて、贋造された印紙とわかっていて売買する者に対し、「偽造官印律に照らし処分いたすべき事」とあって、具体的な罰則は(布告内では)記されていません。

しかるに、明治7年に太政官布告第56号を排して新たに「證券印紙規則」が定められた折に、贋造に対する具体的な罰則が同規則第13条に規定されました。これによると、「90円以下の過料たるべき事」とあります。当時の90円が現在のどの程度の価値なのか、正確な数字は不明ですが、さまざまなWebページを参照すると、当時の1円=現在の1万円から2万円程度、というオーダーですので、過料90円はおよそ罰金100万円、といったところでしょうか。

なお、現在の法律では、印紙を偽造した者に対しては罰金刑ではなく「五年以下ノ懲役ニ処ス」とありますので、より厳格な処罰がなされているようです。

一方で、郵便切手の偽造については郵便法第85条第1項(切手類を偽造する等の罪)「これを十年以下の懲役に処する。」とあって、印紙の偽造より厳しい罰則が適用されていることがわかります。ということは、罰則の重さからみた法律上の重みは切手>印紙なのか?という、少し面白い状況になっているような感じです。

ちなみにここでご紹介した「印紙貼用心得」や「證券印税規則」は、印紙税の普及のために政府や民間が小冊子として発行したものが多く残されており、ネットオークションでも古書としてしばしば登場します。蒐集人口がごく少ないためか、数千円の前半で入手することができます。特に、当時の(手彫)證券印紙の使われ方に関する詳細な情報を知るためには欠かせない文献で、証書貼りマテリアルの理解のためには必須と言っていいかも知れません。ここで紹介した冊子には、最後に付録(?)として印紙の用法に関する早見表のようなものが付いていました。

「印紙貼用心得」や「證券印税規則」は国会図書館のデジタルアーカイブからも完本のPDFを入手することもできますが、興味のある方はぜひ実物を手にされることをおすすめいたします。ほとんど文字ばかりですが、150年近く昔の和本を手元におけるという愉しさもあって、私も折に触れて異なるバージョンを少しずつ集めています。

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unechan

子供の頃から細々と続けてきた切手収集。長年のブランクを経て10年ほど前から再開し、日本切手クラシカル、ドイツインフラなどを収集。併せて手彫証券印紙の収集を始め、現在はこちらがコレクションのメインになっています。郵趣に加えて音楽(ジャズ)、釣り、鉱石収集、昆虫採集(蛾類)など趣味多数にて家族には迷惑をかけております…

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    印紙類蒐集館

    2023/09/25 - 編集済み

    こんばんは。先ほどは非常に有益な情報をありがとうございました。警告文についてですが、「此印紙 贋造致すに扵ては 嚴刑に處すべきものなり」と訓み下すべきなのではないかと思います(前半部はやや自信がありませんが)。前半部については「扵」が「此印紙」の前ではなく後に来ているので、「扵」は「致贋造」に係っていると考えられ、「者」については人を表す「もの」ではなく、助詞「は」であり、「扵」とセットで「扵ては」とするべきであろうと思われます。また、後半部については助動詞「可(べし)」は直前の活用語の終止形に接続するので「處」については「處する」ではなく「處す」とすべきであり、また「べし」の後には「もの也」と続いているので終止形ではなく、連体形「べき」にするべきであろうと思われます。こうすると警告文の訳は「この印紙を贋造する場合には厳刑に処されなければならない」というような感じになりますが、警告文中の「可(べき)」はこの場合には「当然」の意味でとるのが妥当であろうと思われるので「当然厳刑に処されるべきである」というような非常に強い言葉になり、当時の人々に威圧的な印象を与えていたでしょうね。そう言えば、警告文の「嚴」の字は1銭券のみ上部が「口口」ではなく、「人丨人」のようになっていますが、そういう細かいところで違いが見られるのも手彫印紙の面白いところですね。

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      unechan

      2023/09/25

      詳しいコメントありがとうございました!訓み下しは不得手でして、文字のかかりかたや微妙な順序でニュアンスや内容が変わってくることまで気が回らずにおりました。確かにご指摘頂いた訓み下しの方が強い口調になり、明治の初め頃の雰囲気が伝わると感じています。後ほどLabノートの記載を変更させていただきます。ありがとうございました。

      「厳」の「人人」と「口口」、流石の慧眼に感服しております。実は密かに1銭印紙で「口口」となってたり、5銭以上で「人人」となっているエラーを探しているのですが、さすがにこれは無さそうな雰囲気です。

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