扶桑(10本入)

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戦前最後の高級トルコ葉製品。品名は、この日本の雅称として古来から用いられてきた「扶桑」から採られました。

本来の「扶桑」とは、古代中国の世界観において、東海の沖に立つと考えられていた「巨大な神木」のことで、そのふもとから太陽が登るとされていました。転じて、はるかな東の端(極東)を示す雅称となり、へりくだった見方ですが「日本(中国大陸からみて東)」の雅称に採用されたという歴史があります。

古代紫色をベースに扶桑の木を抽象的に表現し、品名「扶桑」の文字を古雅な篆書体風にあしらい、高級感を強調した意匠。これも、ヒットメーカー杉浦非水の名作であり、その学識の深さをよく発揮しています。

1930年に販売が開始された「コハク(10本入)」に続く高級トルコ葉製品と位置付けての発売で、価格帯は「コハク」の約半分程度に抑えられました。「コハク」同様、「奢侈品等製造販売制限規則」(通称-7.7禁令)によって、製造・販売が中止されましたが、在留外国人用としての需要が認められたため1941年に販売再開、翌年には再び製造中止と時局に翻弄された銘柄でもありました。

1938年4月20日~ 
・35銭で発売開始【画像1】

1939年11月16日~ 
・40銭へ価格改正
・価格改正印による改正表示【画像2】

1940年10月7日   一時販売中止

1941年5月28日   販売再開
1941年11月1日~  65銭へ価格改正
1942年度内  製造中止

《以下は価格改正の告知のみで実際には販売されていなかった》
1943年1月17日~  1円20銭へ価格改正
1943年12月27日~  1円80銭へ価格改正

☆内小箱拡大【画像3】 
・シェルアンドスライドの小箱の内小箱は、専売制度開始のころは縦に長く、内包みを全面的に保護するように裁断されていた。1930年代初頭までは、「光」・「バット」もこの形式であったが、物資の節約などから縮小の対象となり、この形式が最後まで残ったのは「扶桑」に限られた。

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