ARROWS HART FA17 #16 RICARDO ROSSET BRASIL GP 1996

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フットワーク・FA17は、フットワークが1996年のF1世界選手権参戦用に開発し投入したフォーミュラカーで、デザイナーはアラン・ジェンキンス氏。ドライバーは、シムテックから移籍したヨス・フェルスタッペン選手(マックス・フェルスタッペン選手のお父さん)と、前年の国際F3000シリーズ2位のリカルド・ロセット選手が担いました。

フットワークはシーズン始めにトム・ウォーキンショウ氏と、アロウズ創始者の一人であるジャッキー・オリバー氏によって買収され、そのため、チームの焦点は1997年シーズンに向けられることとなり、1996年は過渡期のシーズンとなりました。

資金不足というチーム状況が完全なニューマシンの製造を許さず、昨年型FA16に1996年レギュレーションへ適合させる改良を加えてFA17は作られました。テクニカル・ディレクターのアラン・ジェンキンス氏の開発のもと、前後ともサスペンションには最新トレンドである3本目のダンパーが追加され、両側の2本がそれぞれ左右のタイヤからの入力を受け持ち、中央の3本目のダンパーが左右同時の伸縮を制御する役割となっており、ロールとピッチを別々に制御することによってマシンの上下の動きは強く抑えるが、サスの左右それぞれの動きは柔らかく反応させ、マシンのライドハイトを一定に保つという、従来の2本ダンパーでは実現できない「アクティブサスペンションに近い効果」をもたらすとされました。

しかしジェンキンス氏はFA17の完成を置き土産に、2月いっぱいで切れたアロウズとの契約を更新せず、来季からのF1参戦を表明していたスチュワート・グランプリへと移籍してしまいました。ジャッキー・オリバー氏は「当面数か月の間は後任のデザイナー加入予定はない」と話し、以後のマシン開発は暫定的にエンジニアのアレン・マクドナルド氏が担うこととなりましたが、開幕を前にして早くもマシン開発が滞る状況となってしまいました。

1996年シーズンは、フェルスタッペンはアルゼンチンGPで6位に入りポイントを獲得しましたが、ハートV8エンジンの開発停滞、パワー不足によってチームはテールエンダーの常連となりました。

その中でフェルスタッペンは予選で常に中団に食い込むなど短期的には速さを見せることができましたが、レースでの完走率はかなり低く、シーズン前半での完走はオーストラリアGPとアルゼンチンGPのみで、リタイアの原因はマシン側の機械的トラブルの場合がほとんどで、ベルギーGPでのスロットルが戻らなくなりクラッシュの要因となるというあってはならない危険なトラブルにも遭いました。また、サンマリノGPではピットアウトの際に給油中の燃料ホースを引き裂くという惨事になりかねない事故もありました。

一方のロセットは前半を終えた時点でクラッシュも無く、新人ドライバーとして安定はしていましたが、速さが無くフェルスタッペンに予選で全敗するなど結果を全く残せませんでした。

チームは結局フェルスタッペンの1ポイントにより、コンストラクターズランキング9位でシーズンを終えました。

シーズン終了後にドライバー2名ともチームを離れフェルスタッペンはティレルへ、ロセットはローラに移籍し、翌年は前年度チャンピオンのデイモン・ヒル選手がウィリアムズからアロウズに移籍するという驚くべき決定をし、パルマラットからの支援で多額のスポンサーマネーを持つペドロ・ディニス選手がセカンドドライバーとして加入することとなり、明るい話題となりました。(参照ウィキペディア)

このモデルは、ブラジルGP仕様ですが、両ドライバーともリタイアに終わりました。

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