#33 あんこくじえけい・戦国覇王・安国寺恵瓊

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安国寺 恵瓊(あんこくじ えけい)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての臨済宗の僧で、武将および外交僧。道号(字)は瑶甫、法諱(諱)は恵瓊、号は一任斎または正慶。一般に広く知られる安国寺恵瓊の名は、住持した寺の名に由来する別名であり、禅僧としての名乗りは瑶甫 恵瓊(ようほ えけい)という。

日本の「外交僧」とは、歴史上、特に戦国時代において、僧侶の身分でありながら、政治的な交渉や外交活動に深く関わった人物を指します。

なぜ僧侶が外交に関わったのか?
中立的な立場: 僧侶は宗教的な立場から、武家同士の争いにおいて中立的な立場を保ちやすかったため、仲介役や交渉役として適任と見なされました。
高い教養: 僧侶は仏教経典の学習を通して、高い教養を身につけており、外交交渉に必要な知識や能力を備えていました。
寺社勢力の拡大: 僧侶は寺社勢力の拡大を図るために、政治的な力を持つ大名との関係を築く必要があり、外交活動に積極的に関わるようになりました。
代表的な外交僧:安国寺恵瓊
最も有名な外交僧の一人に、安国寺恵瓊(あんこくじ えけい)がいます。豊臣秀吉の家臣として活躍し、文禄・慶長の役(朝鮮出兵)では、朝鮮との交渉にあたり重要な役割を果たしました。恵瓊は、高い交渉能力と政治感覚を持ち、秀吉の信頼を得ていた人物でした。

外交僧の役割
和平交渉: 武家同士の争いの仲介や、国同士の和平交渉を行う。
情報収集: 各勢力の情報を収集し、主君に報告する。
人質: 重要な交渉の際に、人質として差し出されることもあった。

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