明治期の本のダストカヴァー
初版 2018/08/12 19:04
改訂 2018/08/12 23:35
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前回取り上げた「袋」は、やがて今日では当たり前の存在であるダストカヴァーへと変わって行ったものと思われる。どちらも文字通りの「消耗品」であるが故になかなか後世へは伝わりづらく、その変わり目がいつだったのかを絞り込むのは容易でない。
明治十年代から、厚手の板紙を表紙として、鉄線で平綴じにした本文紙を挟み込み背にクロスを貼り付けた、軽装の洋装本である「南京装〈なんきんそう〉」が盛んに作られるようになった。
☝上田文齋『内國旅行日本名所圖繪』東海道之續〈とうかいどうのぞく〉 一名東京及近傍名所獨案内〈とうきょうおよびきんぼうめいしょひとりあんない〉(明治22年(初版) 青木嵩山堂〈あおきすうざんどう〉)、☟丹波敬三+下山順一郎『無機化學』後編(明治14年第三版 丹波敬三)
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背には標題も何も書かれていないから棚挿しには向かず、前回の図版にあったような面陳の見本のみ手に取って覧られる座売りでもなければ、専ら平台に平積みで陳列されていたものと思われるが、こうした本には恐らくダストカヴァーは巻かれてはいなかったろう。
☟澁江保『初等教育小天文學』(明治24年(初版) 博文館)
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前回の「大和綴じ装〈やまととじそう〉」よりも更に簡易な「包み表紙装〈くるみびょうしそう〉」のシリーズ物も、明治二十年代以降次々に刊行されるようになった。
☟歸山信順+池田菊苗『空気と呼吸』(明治36年(初版) 冨山房)
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このような本も当初は「袋」に入れられていたのかも知れないが、そうした現物にお目にかかったことがないのでわからない。とはいえ、明治の末に出されたものでダストカヴァーのついている例が見つかっている。
☟横山又次郎『天文學叢話』(明治41年(初版) 博文館)
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☟ご覧のように、裏写りするほどぺらっぺらの紙。
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☟このダストカヴァーも裏表紙側は大きく破れていたが、このような耐久性のないものであれば早々に棄てられてしまっても仕方がないだろう。
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一方、ハードカヴァーの本には、おそくとも明治の末頃にはダストカヴァーが巻かれるようになったようだ。ただ、始まりがいつなのかは今のところさっぱりわからない。十九世紀末に既にあったのかどうか……仮令切れッ端でもなんでも、とにかく現物が出てこないことには知りようがない。
☟大幸勇吉『近世化學講義參考書』(明治43年四版 冨山房〈ふざんぼう〉)
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☝☟このカヴァーは、ひとつ前のものよりは厚みがあるものの、やはりかなり傷んでいる。教科書の参考書ということもあるだろうが、ヒラはもとより袖に至るまで、出版物の宣伝が目いっぱい書かれている。
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☟このように長々とした惹句を表紙にばーんと置くなど、現代ではおよそ考えられないが、昭和に入ってからの本にも例がある。
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☟一戸直藏『星』(明治43年(初版) 裳華房〈しょうかぼう〉)
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☟このカヴァーは厚手でしっかりした紙を使っている。それでも、やはり入手したときには見る影もなくばりばりに破れていた。
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☟袖には何も刷られていないものの、裏表紙側は著者翻訳書の全面広告になっている。
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時代が下って出版物の発行数が多くなるにつれ、人目を惹くためにダストカヴァーにもデザインを施すようになると、その邪魔になるような惹句や宣伝をもはや盛り込むわけにはいかない。そうした事情から、やがて代替手段として帯が別途作られ、巻かれるようになったのではないかと想像している。カヴァーと別ならば、書いてある内容が古くなったとしても挿げ替えもしやすい。
なお、書き連ねている古い本についての考察は、あくまで当研Q所の架蔵資料に対象を限ったものであって、当時の出版事情全体について調べたりはしていない。文藝書や著名な美術家の豪華本など、蒐集家も研究家も大勢いらっしゃる分野の本についてはそちらにお任せするとして、こちらはあくまでヒミツ結社らしく、とっても偏ったニッチな書物群を地味にひそやかに愉しんでいきたい。
#コレクションログ
#比較
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図版研レトロ図版博物館
「科学と技術×デザイン×日本語」をメインテーマとして蒐集された明治・大正・昭和初期の図版資料や、「当時の日本におけるモノの名前」に関する文献資料などをシェアリングするための物好きな物好きによる物好きのための私設図書館。
東京・阿佐ヶ谷「ねこの隠れ処〈かくれが〉」 のCOVID-19パンデミックによる長期休業を期に開設を企画、その二階一面に山と平積みしてあった架蔵書を一旦全部貸し倉庫に預け、建物補強+書架設置工事に踏み切ったものの、いざ途中まで配架してみたら既に大幅キャパオーバーであることが判明、段ボール箱が積み上がる「日本一片付いていない図書館」として2021年4月見切り発車開館。
https://note.com/pict_inst_jp/
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