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丸の内ガラーヂ

公開日:2019/10/6

「丸の内水嶼式自動車庫の外觀@『アサヒグラフ』第十三卷第四號(昭和04年 東京朝日新聞發行所 刊


「水嶼式自動車庫」の記事

https://muuseo.com/lab-4-retroimage.jp/items/82

国内初のパーキングビル探訪記事「讀者課題「水嶼式自動車庫」」@昭和初期のグラフ誌 | MUUSEO(ミューゼオ)

https://muuseo.com/lab-4-retroimage.jp/items/82

大日本レトロ図版研Q所

は、図版研が以前何冊かまとめて収蔵した昭和初期の『アサヒグラフ』誌のひとつに載っているのを、最近その補修作業をしている最中に気づいて、忘れちゃわないうちに、と思って取り上げてみた。


こういうニッチな記事、特にその図版はどこにもインデックスすらされておらず、いざ捜そうと思っても到底捜し出せるものではない。だからこそ、こうしてたまたま見つかったヤツを、インターネット上でどなたにもアクセスいただけるように公開しておくことは、大いに意義のあることと考えている。


このパーキングビル自体は、残念ながらとうの昔に惜し気もなく取り壊されて跡形もない(その後同地に立てられた銀行の建物すら既に建て替わっている)のだが、これを運営していた会社は今日まで存続している。同じ丸の内で今も「新東京ビル駐車場」を経営されている、その名も「丸ノ内ガラーヂ株式会社」だ。


同社サイトの「運営会社」のところに「丸ノ内ガラーヂについて」として、その沿革がざっと綴られている。

http://www.chushajo.co.jp/mgc.html

運営会社 | 丸の内、東京国際フォーラム、東京駅直結の新東京ビル駐車場

東京駅や東京国際フォーラム、ビックカメラに便利な24時間営業の駐車場です。時間料金30分400円、6時間2,800円。お得な割引もございます。新東京ビル駐車場 03-3212-4721 24時間営業です。車高制限2.1m。

http://www.chushajo.co.jp/mgc.html

添えられている写真は写り込んでいる自動車の姿からして、創業よりもかなり後年のものだろう(車のブランド名とかには興味がないので、その辺はさっぱりわからない)。


実はこの記事、一般社団法人全日本駐車協会という業界団体の会報『Parking』に当時の同社社長氏が執筆された「駐車場整備の変遷」という連載記事の最初のところを要約したものらしい。これは後に同協会の創立60周年記念誌として一冊に纏められたらしい

https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I028405999-00

創立60周年記念誌 : 駐車場整備の変遷 (全日本駐車協会): 2017|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I028405999-00

のだが、限定非売品だったため所蔵館に出向かない限りアクセスは容易ではない。幸い、海外の画像共有サイトに(今のところ)それが公開されているのでこれを読んでみると、第1回冒頭に「実用新案第109323号の画期的駐車場」という標題で、ご開業までの詳しい経緯が書かれている。

http://exploredoc.com/viewer_next/viewer.html?file=//s3.exploredoc.com/store/data/008601148.pdf%3Fkey%3D2472fbfca8b106f154e3e00efe7185e4%26r%3D1%26fn%3D8601148.pdf%26t%3D1570280656950%26p%3D600

http://exploredoc.com/viewer_next/viewer.html?file=//s3.exploredoc.com/store/data/008601148.pdf?key=2472fbfca8b106f154e3e00efe7185e4%26r=1%26fn=8601148.pdf%26t=1570280656950%26p=600


ただ、元社長氏も特許庁までお出向きになってお調べにはなっていないようで、実用新案公告までは掲載しておられない。そこで、独立行政法人工業所有権情報・研修館が公開しておられる「J-PlatPat 特許情報プラットホーム」サイト

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/

j-platpat

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/

で該当する文書を探してみた。


同サイトは相当数の文書が公開されていてすこぶる重宝するものの、古いものについては特許や実用新案などの名称とかが登録されておらず、慣れないと見つけるまでにものすごぉく苦労するので、この記事をご覧になる方の便宜のために画像書き出ししたものを貼っておくことにしよう。

添付図面で明らかなように、建物の左右を半階分ずらしてその段差をゆるやかな斜面で接続し、運転者が自ら上階まで上げ下ろしできるようにした、というところが画期的だった。


それはさておき、先の連載記事で初代社長の水嶼峻一郎〈みずしましゅんいちろう〉氏が「大正15年9月、「水嶼式自動車庫」を設計し、実用新案第109323号を申請、昭和2年7月11日付で特許されました」とあったが、公告文書には「願書番號大正十五年一九八八五號」となっていて、なぜか番号が一致しない。公告番号の方は「昭和二年實用新案公告第七六七九號」だからなおさら遠い。参照されたという佐々木烈〈ささきいさお〉氏の『日本自動車史Ⅱ 日本の自動車関連産業の誕生とその展開」

http://www.mikipress.com/books/2005/05/post-36.html

三樹書房 | 自動車 | 日本自動車史Ⅱ

第1章 人動車から自動車へ、日本人の発明  1 欧州の人動車について  2 わが国の人動車について  3 明治時代の特許「人動車」  4 特許第1号堀田錆止め塗料  5 明治18年に制定されたわが国の特許制度  6 発動機、自動車の発明、実用新案特許者一覧表  7 名古屋鉄工所の国産自動車  8 発動機製造株式会社  9 仁礼兼氏の国産自動車  10 櫻井藤太郎の国産自動車  11 日野熊蔵の国産自動車  12 吉岡護の動力車  13 嶺辰三郎の国産自動車

http://www.mikipress.com/books/2005/05/post-36.html

は未見だが、この数字がいったいどこから繰り出てきたのだろうか。


あと、社名が連載記事の図版で新聞広告が「丸の内ガラーヂ」、警視庁の営業許可書が「丸ノ内ガラーヂ」、営業案内パンフレットでは「丸之内ガラーヂ」とまちまちなのは、多分競合業者が全くいなかったが故のユルさではないかと思う。いかにも復興建築らしい頑丈な建物で焼夷弾が直撃してもびくともせず、周囲の路上駐車がことごとく炎上しても庫内に預けられていた車は無傷だった、というのが評判を呼んで、「 “まるでガラガラ” の丸ノ内ガラーヂだから “丸ガラ” だと茶化され」、水嶼氏が一年半あまりで親会社の大倉財閥からクビを申し渡されるほど開業以来契約者確保に苦労しておられたのがようやく解消した、というくらいだったのだから、社名に冠した地名の表記など厳密を要しなかったのだろう。


さて、実際に拵えられた建物の姿は、建築學會『東京横濱復興建築圖集 1923-1930』(昭和06年 丸善)に載っている。図版研が一方的に敬愛する「探検コム」

https://tanken.com/

探検コムHOME

https://tanken.com/

の「作者」氏が「復興建築の世界 関東大震災後の美しい建物たち」サイト

https://tanken.com/tatemono/index.html

復興建築の世界 | 復興建築の世界

https://tanken.com/tatemono/index.html

で公開しておられるので、そちらをご覧いただこう。

https://tanken.com/tatemono/code-93/index.html

丸ノ内ガラーヂ | 復興建築の世界

https://tanken.com/tatemono/code-93/index.html


また落成当時の出版物として、工事畫報社『建築土木工事畫報』誌第五卷第十二號(昭和04年 工事畫報社)にも特集されているのだが、こちらは「土木学会附属土木図書館デジタルアーカイブス」

http://www.jsce.or.jp/library/archives/

土木学会附属土木図書館デジタルアーカイブス

土木アーカイブ整備の一環として,文科省科研費を得て,各組織と連携し歴史的土木構造物の図面を中心としたデジタル化を推進しています。 これまで土木研究所所蔵の増田淳の図面,東京都土木技術支援・人材育成センター所蔵の震災復興を中心とする橋梁図面および土木図書館所蔵の真田秀吉旧蔵資料図面を対象として,その一部を試行的に公開しています.

http://www.jsce.or.jp/library/archives/

の「戦前図書・雑誌コレクション」に収録されている。

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/05_12.html

土木学会図書館|土木建築工事画報|第5巻12号

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/05_12.html

口絵として載せられている、建物外観。面している車道が思いの外閑散としている。

そして特集記事本文。口絵とは反対側から写したらしい写真が目をひく。

佐々木氏がご覧になったのは、この記事中の「實用新案109323號水嶼式と稱するもので」だったことがわかった。しかし、これの根拠は相変わらず不明。

これと『アサヒグラフ』の記事、「駐車場整備の変遷」記事とあわせて読むと、さらに面白くなる。

例えばこの二人がかりで洗車している人たち、

『アサヒグラフ』記事ではこの車の「運轉手君」ということになっているが、

『建築土木工事畫報』では「入庫前此處で奇麗に洗はれる。」とあって、あれ、それって運転手自身が洗うんじゃないんじゃないの? と思わされる。それにしても、駐車しおえるまでにだいぶ時間がかかりそうなシステム……利用者が少なかったからこそ成り立ったのだろう。

『Parking』誌の記事でははっきり「最も極めつけのサービスは、「無制限無料泉社サービスでした。契約者には1台何回でも、ご用命があれば洗車してあげるのです。」とあって、これは車庫側のスタッフがやっていることだとわかる。つまり、新聞記者君がそこまで確認せずに記事にしたんだな、ということのようだ。あらま。


因みに車室料金、『アサヒグラフ』誌記事に「一ヶ月の室料三十圓から三十五六圓内外です」とあるが、当時の大卒初任給が70円あまりだったらしい。

車室や斜路の広さ、擦れ違いの具合なども、『アサヒグラフ』と見較べるとよくわかる。

斜面の中央には浅い溝が切ってあって、そこへ向かって左右の通路がやや傾斜しているようにみえる。おそらく雨の日などには、ここを伝って水が流れくだっていったのだろうと思われる。

天井は現在の屋内駐車場と違って、車体の大きさに較べずいぶん低いようだ。駐車スペースも結構ぎりぎりの感じがする。

この写真の手前の車、よくみると運転手が乗っていない……恐らくは朝日新聞社の社有車で、取材記者氏がこれで最上階まで昇ってみたのだろう。

最上階にあったのではないかと思われる、運転手用食堂とかも取材してくれたらもっとよかったのに。

たしかに2階以上はみな同じ造りのようではあるが、

新聞広告に出てくる「運轉手休憩室、食堂設備あり」というところを図面でも写真でも全く確認できないのが、ちょっと残念。

……てな具合に、ちょっとした記事でも細かいところを視たり資料をあれこれ調べ始めたりするとキリがなくなるのだが、そこがレトロ図版蒐集のたのしいところでもあり、オソロシいところでもある。


#コレクションログ

#比較

#参考

J5spj8qa

大日本レトロ図版研Q所

主に1860年代〜1940年代(明治〜昭和初期)に刊行された国内出版物のうち、自然科学、医学、薬学、地理学、女子教育、名所案内、商業デザイン、建築デザイン、器械カタログ、図鑑、辞典辞書類などで値の張らないものに載っているレトロ図版(木口木版、細密銅版、石版、写真など)をちまちま蒐集。ただ蒐めるだけでは意味がないのでその魅力を世に知らしめ、かつ何らかの方法で活かしていけないものかあれこれ試行錯誤中。取り敢えず無料閲覧サーヴィスを開始。ご案内☞http://lab-4-retroimage-jp.seesaa.net/article/463222789.html なお名称の「Q」となっているところは、正式には「あなかんむり+Q(つまり、「究」-「九」+「Q」)」と書く。略称「図版研」。

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