「ザボン」と「ブンタン」第七回

初版 2018/11/24 02:55

改訂 2018/11/27 15:59

☝郭郛+馮広裕『山海経注証』(2004年第1版 中国社会科学出版社)


図版研附属展示館の充実そっちのけでこの秋からハマっている「『ザボン』と『ブンタン』とはどう違うのか?」についての探索の途中で、「『ザボン』として昭和初期の辞書『大言海』に出てくる二つの柑橘『朱欒』『香欒』とはそもそもどんなものだったのか?」という謎を追って本草学の森に遊ぶ、迷走の旅の続き。


第五回の終いの方で、平安期の辞書の江戸時代の註釈本『纂註和名類聚抄〈さんちゅうわみょうるいじゅうしょう〉』(通称『和名抄』)卷第九の「柚〈ゆう〉」に続いて載っている「櫠椵〈はいか〉」の項に、「小野蘭山が「朱欒」=『坐盆〈ザボン〉』」といっている」と狩谷棭斎がメモっている話を取り上げた……のはもうお忘れかもしれないが、今回はそこのところから始めるとしよう。


蘭山こと小野職博〈おのもとひろ〉については、昭和初期に岩波講座シリーズとして出された本草学についての本に結構詳しく載っているので、ご参考までにここで引いておこう。

生まれつき記憶力がずば抜けていて、十代のころから本草学や名物学(名前とそれが指すモノとの対応関係について——要するに、例えば今図版研がオアソビでやっている「『ザボン』はそもそもどんな柑橘だったのか?」というようなテーマを探求する、とか——の学問)にハマってしまい、十六のときに松岡如庵という専門家について本格的に学び始めたが、二年後に先生が亡くなるとあとは独学で続け、二十代半ばで早くも大家の域にまで達してしまうほどのスーパー本草学者だったお方らしい。八十二で病を得て床にふせったが、七十を超えても幕府のもとめに応じて江戸へ講義しにでかけ、また弟子たちを引き連れて各地へ薬草を探しに行くほど、晩年まで健康にも恵まれていたという。

で、先の『和名抄』に出てくる彼の話というのは、その講座での話を弟子が書き留め、後に孫の職孝〈もとたか〉が書き纏めた本草書『本草綱目啓蒙』に載っているものなのだ。

なお、初回で取り上げた『有用植物圖説』や第六回でレプリカをお見せした『第二博物圖』に関わった小野職愨〈おのもとよし〉は職孝の子、つまり蘭山の曾孫にあたる。つまり、明治初期の小学校で教えられていた「博物」の教科は、西洋の博物学を手本にしながらも実は日本本草学の影響下にもあった、と考えられるだろう。


☝☟白井光太郎『支那及日本本草學の沿革及本草家の傳記』(昭和05年(初版)岩波講座生物學第三回配本五 岩波書店)


国会図書館デジタルコレクションに、『本草綱目啓蒙』初版と思われるものが公開されている。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2555445/2

本草綱目啓蒙 48巻. [1] - 国立国会図書館デジタルコレクション

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http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2555445/2

扉に「享和三載(=三年、1803年)」とあって跋が文化二年(1805年)づけの四十八巻本だから、まず間違いないだろう。これの第十五冊に「柚」が立項されている。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2555459/42

本草綱目啓蒙 48巻. [15] - 国立国会図書館デジタルコレクション

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http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2555459/42

見開きの右側に書いてあるのは、今日いうユズの話だが、左側のはじめに出てくる「時珍ノ説ニ……」という一節の後半「大者如瓜如升ト云ハザボンナリ」が、『和名抄』にあった「小野氏曰、可以充今俗呼爲坐盆者」にあたる。


この「時珍」というのは明朝の本草学者、李時珍のことで、その「説」というのは彼の代表的著書である『本草綱目』に書かれているものを指す。岩波講座の本の、李時珍の項も載せておくとしよう。

☝白井光太郎『支那及日本本草學の沿革及本草家の傳記』(昭和05年(初版)岩波講座生物學第三回配本五 岩波書店)


驚いたことに、国会図書館には世界に七セットしか現存しないという、明朝神宗時代の萬暦十八年(=天正十八年、1590年)刊の初版全巻揃いも収蔵されていて、今やそれをタダで! インターネット上で閲覧することができる。ありがたい限り。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287082/2

本草綱目. 第1冊(序・総目録・附図巻之上) - 国立国会図書館デジタルコレクション

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http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287082/2

これの第十九冊に、「柚」の項がある。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287100/52

本草綱目. 第19冊(第29-30巻) - 国立国会図書館デジタルコレクション

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http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287100/52

この本の内容すべてを日本語に訳し、あわせて註釈をつけたものが昭和初期に刊行されているので、そちらをご覧に入れるとしよう。

これによると、「柚」には小さいものと大きいものとあって、前者は「蜜筩」、後者は「朱欒」と呼び、更に大きなものを「香欒」という、とされている。図版のキャプションの「柚」にそえて、「欒」の字もあるのが目を惹く。

そして「集解」、つまり註釈のところに、李時珍自身の説として「柚は樹、葉いづれも橙に似て、その實は大、小の二種あり、……大なるものは瓜ほど、升ほどあり、周圍一尺餘に及ぶものもある。」という一節が出てくる。これが『本草綱目啓蒙』にいう「時珍ノ説」というわけだ。つまり☝の図は大きい方の「柚」、つまり「朱欒」(あるいは「香欒」も含めた、いわゆる「欒類」)の図ということのように思えてくる。実際、この果実はかなり大きそうだ。

続けて、「やはり橙の類であつて、今は一般に朱欒〈しゆらん〉と呼ぶ。形色は圓正で柑、橙に類し、ただ皮が厚くして粗〈あら〉く、その味は甘く、その氣は臭く、その瓣は堅くして酸惡で食はれない。……蓋〈けだ〉し橙は橘の屬だから、その皮が皺〈しは=しわ〉み、厚くして香〈かうば=こうば〉しく、味は苦くして辛い。柚は柑の屬だから、その皮が粗く、厚くして臭く、味は甘くして辛いのだ。かく區別すれば柚と橙とは自ら明瞭である。」とも書いてあるものの、肉瓤の色が紫か白か、沙瓤が紅肉系か白肉系か、とかいう話は全く出てこない。

そのすぐ後の「氣味」や「主治」は、さらに後に「皮」「花」「葉」という項目が出てくることからして、これは果肉について述べているのだろう。


☝☟李時珍+白井光太郎+木村博明+牧野富太郎+脇水鐵五郎+岡田信利+矢野宗幹+木村康一+鈴木眞海『頭註國譯本草綱目』第八册(昭和08年(初版) 春陽堂)

この巻は「菜果部」、つまり野菜や果物などの植物について扱っているのだが、どうやら牧野富太郎が担当していたようだ。巻頭にこんな断わり書きが挿し込んである。

無論、ご研究のためのおでかけに決まってはいるのだが……それにしても困ったお方ww 編集者のため息が聞こえてきそうだ。


なお現代の漢方では、薬として使うのは皮だけらしい。二十世紀末期に出された中国本草図鑑の日本語版

http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001672379-00

原色中国本草図鑑 (雄渾社): 1982|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

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http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001672379-00

に「柚」が出てくるのだが、立項されているのは「桔紅」という薬名だ。なお「柚」の和名は「ザボン」「ウチムラサキ」となっていて、「ブンタン」は出てこない。

なんと、「日本では朱欒と書く。」と注にある。ということは、大陸では既に忘れ去られた名なのだろうか。その後に「中国の古代では柚はユズであった。」とあるが、第四回でみたように少なくとも台湾では現在でも「柚」と呼んでいるのだから、これはちょっと疑問を感じる説明だ。


☝☟原色中国本草図鑑編集委員会+人民衛生出版社『原色中国本草図鑑』1(1982年(初版) 人民衛生出版社+雄渾社)

図版をみると扁球形ではなく、カリン(……というよりむしろ洋梨)に似た形の果実と、その果皮(恐らく乾燥品)とが描かれている。


じゃあ現代の大陸ではどう呼んでいるのかしらん、と思ってちょっと検索してみると……

https://zhuanlan.zhihu.com/p/30499302

中国到底哪里的柚子最好吃? - 知乎知乎 - 有问题上知乎

| 深秋,挡不住的「柚」惑 | ▼ - 风物君语 - 前天风物君给大家举了个「栗子」,引起了小伙伴们的热烈讨论。 「柚!柚!」今天风物君再跟大家说说柚子! 在寒冷的深秋,栗柚双全,想来应该是最幸福的事吧! ▼ 在…

https://zhuanlan.zhihu.com/p/30499302

あら?


http://wemedia.ifeng.com/74988456/wemedia.shtml

柚子产地那么多,你认为哪里的柚子最好吃?

提要:柚子的产地那么多,你心中最好吃的柚子是哪里的?我国比较出名的柚子产区有三个,广西的沙田柚、福建的文旦柚还有重庆的梁平柚。但是除了这些人尽皆知的柚子品种之外,还有江永香柚、梅州金柚等味道也不逞多让

http://wemedia.ifeng.com/74988456/wemedia.shtml

あらら?


https://www.huabaike.com/jtyh/11874.html

柚子的常见品种 - 花百科

在中国,常见的柚子品种是有很多的,分不清楚也是正常的,但是小编就是不服气,一定要知道都有哪几种,到底哪种吃着更美味,到底是什么区别。查阅了一些资料,终于总结出来,下面重点介绍几个品种:

https://www.huabaike.com/jtyh/11874.html

あらららのら?


……という感じで、やはりフツーに「柚子」と呼ばれているようだ。ただし、「○○柚」という呼び方はするものの、総称としては「柚」ではなくて「柚子」のようにみえる。一番目の「知乎」サイト記事には「香栾、朱栾、」と出てくるから、「朱欒」が完全に死語になっている、というわけでもなさそうだ。


それに続けて「文旦」とあるし、二番目の「大凤号」サイトには「福建的文旦柚」という項目もみられることから、大陸でも「文旦」「文旦柚」という語が使われていることもわかる。『本草綱目啓蒙』で、大小二種ある「柚」のうちの大の方である「欒」、つまり「ザボン」「ブンタン」の類いが図版として載っているのが、本草学において元々こちらの方がより重要視されていたからだとすれば、現代の台湾や大陸で「柚」が専ら大きな柑橘を指す語として定着しているのも納得がいく。


ところで、第三回で取り上げた『台南區農業專訊』誌記事「台灣柚類品種果實特性介紹」や、第四回でみた台湾紙『明日中國晩報』の記事「麻豆真有「皇帝柚」」によれば、少なくとも麻豆の「文旦」は十八世紀初めに福建からもたらされた、というのが定説になっているようだ。となると、もし「文旦」の語源が「謝文旦」説だとするならば、十七世紀の鹿児島で生まれた呼び名が台湾や、さらに溯って福建の地にまでも拡がり、それが伝わるまでは使われていたであろう名前を駆逐した、ということになってしまわないだろうか?……という疑問が湧く。時期としてはもちろん矛盾はないのだが、伝播先でついた名称が原産地を席捲するだけの影響力をもつ要因って……と考えてみても、ちょっと思いつかない。


それはさておき、李時珍の『本草綱目』初版本にも、勿論図版はあった。附図卷之下に載っている、やはり「欒」と添えられた「柚」図をみてみよう。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287083/13

本草綱目. 第2冊(附図巻之上,下) - 国立国会図書館デジタルコレクション

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http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287083/13

……果たしてこの(腰の力が抜けるよーな)絵を頼りに、野山へ出かけて「柚」を見つけられるだろうか? 右下の「橙」に比べると枝や幹がもっと太いのかな、とか、果実の輪廓が太くなっているのは、きっと皮が厚い、ということを示しているのだろう、とかいう想像はできなくはない……とはいえ、これではほとんど象形文字のレヴェルで、写実的な博物画には程遠い。


先の『頭註國譯本草綱目』の底本は「河西本草綱目」と呼ばれる訂正増補第二版の寛永十四年(1637年)刊国内翻刻版で、しかし原書の附図は初版のものをそのまま模刻しただけのものだったのだが、☝の「柚」のところでご覧の通り、本書の図版は全く別モノになっている。


その辺りの事情は、第一册の初めのところに書かれてある。

ということで、第三版で全面的に改められた図版を採用するため、その国内翻刻版である承応二年(1653年)刊のいわゆる「承應版」のものが使われている。

やはり、折角の新企画に「頗ル粗拙ナルヲ免レズ」といわざるを得ないような図版を使うのはちょっと……という思いが強かったようだ。

『本草綱目』初版本の、残念な感じの附図の例が、その撮影の経緯説明とともに口絵として載っている。上段真ん中の、トウキビの穂の大雑把さときたら……ww

この「金陵本」こそが先ほど引用した、国会図書館デジタルコレクションで公開されている同書そのもの、というわけだ。現存完本のうち三セットは、当時はその存在が知られていなかったことがわかる。


☝☟李時珍+白井光太郎+木村博明+牧野富太郎+脇水鐵五郎+岡田信利+矢野宗幹+木村康一+鈴木眞海『頭註國譯本草綱目』第一册(昭和04年(初版) 春陽堂)


ところで「朱欒=ザボン」という説を初めて唱えたのは、実は蘭山センセではない。それに先立つ十八世紀初頭、益軒こと貝原篤信の編んだ本草書『大和本草』(宝永六年、1709年刊)をみてみよう。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2557472/13

大和本草. 巻10 - 国立国会図書館デジタルコレクション

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http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2557472/13

ページをめくっていただくと、「今〈イマ〉按〈アンズルニ〉是〈コレ〉ザンボナリ」と書いてあるのがご覧になれるだろう。例の李時珍の説を引いたあと、「朱欒ノ類近年本邦ニモ多シ柑橙ノ屬ナリ大ナルヲザンボト云〈イヒ=イイ〉葉ハ柑ニ似タリ實ハ橙ニ似テ其大サハ圍一尺五寸ニイタル皮黄ニ肉厚〈アツク〉シテ香〈カウバ〉シ色黄白ナリ鹽豉ニ藏〈オサ〉ムヘシ(=塩蔵するとよい)ナカコ(=瓤)ハ酸〈ス〉クシテ不可食(=果肉は酸っぱくて生食に向かない)是本邦ニ所在ノ諸果ノ内最大ナル者ナリ長崎ニ多シ他州ニモアリ」とあるから、元は「ザボン」ではなくて「ザンボ」だったらしいこと、またこのころには長崎を中心として、すでにあちらこちらで栽培がひろまっていたらしいことが読み取れる。


続いて、「ザンボニ數種アリ」として前に出てきたもののほかにも、次のように形、味、大きささまざまなものが挙げられている。

  • 果実の上側に少し光沢があって美味しくないもの
  • 上部がやや凹んでいて美味しいもの
  • 赤肉種でまぁイケるもの
  • ダイダイよりはるかに大きくカリンのような形で黄色く、他の品種と違ってぶら下がるように実がなる味のよいもの
  • 同じくカリンのような形でダイダイくらいの大きさにしかならず、酸っぱくて美味しくないもの
  • 丸くてダイダイくらいの大きさ、皮が厚くて果肉は小さく生食できるもの
  • 同じようなものだが酸っぱくて生食に向かないもの

これらすべてをひっくるめて「ザンボ=朱欒」と呼び、また小さな品種は特に、「(蘭山センセが「ジヤガタラ柚ノ誤」とご指摘だった)ジヤガタラミカン」とも俗称されていたことがわかる。


ほぼ同じころの正徳二年(1712年)に成立したという、大坂の医師、良安こと寺島尚順が著した類書(分野別にカテゴライズされた、項目ごとに図版のある辞典の一種)『和漢三才圖會』。この本には「柚」、そして「櫠椵」がいずれも図版つきで載っている。「櫠」「椵」の二語を誤ってくっつけたカタチであることからして、源順の『和名抄』は間違いなく参照しているだろう。

「柚」の別称として「櫾」「條」「壺柑」「臭橙」「朱欒」、及びその和名として「由宇〈ゆう〉」が載っている。

一方の「櫠椵」は別名として「鐳柚」「香欒」「臭柚」と和名「柚柑〈ユカウ〉」とが添えられているのだが、その次にある「俗云左牟湏」と、その左上にある「さんす」が謎。「左牟湏(「湏」は「須」の異体字)=さんす」だろうと想像がつくが、今までみてきた本草書にはそんな名は一度も出てこなかった。


『大和本草』によれば、古い文献に「櫠」「椵」「香欒」などとして出てくる、この当時栽培地が拡大しつつあった大型の実が生る柑橘は、一般に「ざんぼ」と呼ばれていたらしい。とすれば、本草書か何かの本に「ざんぼ」のつもりで変体仮名「さんほ」と書いてあったものを、誤って「さんす」と読んでしまった、というのも可能性としてはアリではないか(……というか、それ以外ちょっと思いつかない)。ただ、今のところ元ネタ本がわからないので、確認はできない。


☝☟寺島良安『和漢三才圖會縮刷』(明治39年(初版) 吉川弘文館)


これより半世紀ほど前の寛文六年(1666年)に成立したとされる、これも本草学者の惕齋〈てきさい〉こと中村敬甫〈なかむらけいほ〉の類書『訓蒙圖彙〈きんまうずゐ=きんもうずい〉』にも『柚』が載っているが、こちらには「ザンボ」は出てこない。

俗にいう「柚〈いう=ゆう〉」=「橙子〈たうし、あへたちばな=あえたちばな〉」で、一方「柚子〈いうし〉」=「臭橙〈かぶし〉の仲間」ではないか、などというややこしい説が書いてある。この時代にも、既に呼び名の混乱が生じていたようにみえる……が、果皮や果肉の色や匂い、味のことなどは何も書いていないのでよくわからない。


☝☟中村敬甫+杉本つとむ『訓蒙図彙』(昭和50年(初版) 早稲田大学出版部)


なお国会図書館デジタルコレクションにある、寛文七年(1667年)刊の『和名抄』第五册卷之十七

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2561174/12

和名類聚抄 20巻. [5] - 国立国会図書館デジタルコレクション

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2561174/12

をみてみると、「橙」に「アヘタチハナ」、「柚」に「ユ」、「櫠椵」に「ユカン」と振ってある。


医師、深江輔仁〈ふかえすけひと〉が十世紀初期に編んだとされ、同じく医師の多紀元簡〈たけもとやす〉が幕府の書庫で発見したその古写本を元に享和二年(1802年)刊行された、我が国で最も古い本草の字引『本草和名』上卷の第十二卷http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2538099/66

本草和名 2巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2538099/66

には「橘柚」項があって、その頭註に「按醫心方順抄和名多知波奈又和名由」、つまり「たちばな」か「ゆ」のことだろう、と解釈されている。また下卷の第十七卷「菓四十五種」

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2538099/107

本草和名 2巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2538099/107

には「橙」項に「櫠子」も出てきて、その和名は「阿倍多知波奈」、つまり「あへたちはな」とされている。これは『訓蒙圖彙』の「柚」項に書いてあることと通ずる。


そういえば先刻の岩波講座の本草学の本に源順と中村敬甫、貝原篤信の記事もあったので、ご参考までに載せておくとしよう。

ちなみに、順〈したがふ〉の父の名は擧〈こぞる〉、祖父は定〈さだむ〉。動詞一家。

初版は「薄葉摺極彩色の美本なり」とあるが、残念ながらそれは国会図書館に収蔵されていないようだ。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2569352/13

訓蒙図彙 20巻. [13] - 国立国会図書館デジタルコレクション

←前の巻号 後の巻号→

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2569352/13

この本以前には、写実的な博物画は我が国では描かれなかったらしい。

益軒センセも長生きで元気でマルチタレント、大量に著作を遺されたスーパー本草学者のおひとりに数えられる。

☝白井光太郎『支那及日本本草學の沿革及本草家の傳記』(昭和05年(初版)岩波講座生物學第三回配本五 岩波書店)



ところで第五回の『纂註和名類聚抄』の「櫠椵」や『本草綱目』の「柚」のところに例の「櫾」の字関連で、珍妙な生き物がぞろぞろ出てくる奇書ともいえる古典『山海經』が出てきた。


もちろん図版研に原書などはあるはずもないが、中国科学院動物研究所にお勤めだった生物学者による、同書に登場する動植物についての考証研究をまとめられた本はある。

推定された鳥や獣のうちのいくつかは、巻頭に彩色図版として載せられている。

本文には、同書に登場する(文字通りの)怪獣と、それから生息地域や特徴などから推定される実際の生き物とが対比されている。

九尾の狐も、元々は尻尾の太い狐だったようだ。

原書には植物の図はあんまり描かれていないようだが、これも図版がいくつか添えられている。

生息域を特定するのに使われた、復旦大学中国歴史地理研究所による地図や、…

…五山經それぞれの山々の場所を示す概略図も載っている。

ものによっては後代、話に尾ひれ(……というか、この狐の場合はくびに余分な頭)がついて怪物感が増したものとか…

…伝説の神が珍妙な怪物の姿をとってシンボル化されたイメージもあるようだ。

この本の中に、「櫾」についての註釈も出てくる。

残念なことに、この部分には図版はない……が、とにかく「櫾」、「柚」は「ザボン」「ブンタン」の類いと特定されている

後半に、「朱欒」「香欒」「文旦」や海外の名称をも含め、さまざまな「柚」の別称と、古いものについてはその出典とが列挙されている。そういう意味では参考になるが…

…しかし、どれもこれも一緒くたな感じで、色や形、味などにより特定の品種を指す語があるのかどうかは、これではさっぱりわからない。


☝☟郭郛+馮広裕『山海経注証』(2004年第1版 中国社会科学出版社)


『山海經』の「櫾」といえば、第三回(続々)で論文を取り上げた田中長三郎が、昭和末期にこれについて書いているものがあるのだが、もしかしたら郭氏もお読みになったかもしれない。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjshs1925/28/2/28_2_71/_article/-char/ja

ヒマラヤ地帯と柑橘の発現

J-STAGE

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjshs1925/28/2/28_2_71/_article/-char/ja

p.73(PDF三枚目)冒頭のところで、「ザボン」がヒマラヤ地方から四川、雲南地方を通って東アジアに伝播した、という説の根拠のひとつとして取り上げているのがおわかりかと思う。


「ザボン」「ブンタン」といえば暑い地方の果物、というイメージが強いので、「え、ヒマラヤ!?」とびっくりしてしまうのだが、実は大きな柑橘が今でも栽培されているらしいのだ。

八尋洲東+朝日新聞社週刊百科編集部『朝日百科 植物の世界』3

https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000002632735-00

国立国会図書館オンライン | National Diet Library Online

国立国会図書館検索・申込オンラインサービス(略称:国立国会図書館オンライン)は、国立国会図書館の所蔵資料及び国立国会図書館で利用可能なデジタルコンテンツを検索し、各種の申込みができるサービスです。

https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000002632735-00

によると、ネパールのソンティ(またはティハール)と呼ばれる秋祭りで、現地で採れる「ザボン」「ブンタン」の類いが豊饒の象徴として用いられているのだそうだ。


またもやだいぶ寄り道してしまったが、次回は多分「朱欒」「香欒」モンダイに決着をつけられると思うのでおたのしみに☆


#コレクションログ

#比較

「科学と技術×デザイン×日本語」をメインテーマとして蒐集された明治・大正・昭和初期の図版資料や、「当時の日本におけるモノの名前」に関する文献資料などをシェアリングするための物好きな物好きによる物好きのための私設図書館。
東京・阿佐ヶ谷「ねこの隠れ処〈かくれが〉」 のCOVID-19パンデミックによる長期休業を期に開設を企画、その二階一面に山と平積みしてあった架蔵書を一旦全部貸し倉庫に預け、建物補強+書架設置工事に踏み切ったものの、いざ途中まで配架してみたら既に大幅キャパオーバーであることが判明、段ボール箱が積み上がる「日本一片付いていない図書館」として2021年4月見切り発車開館。

https://note.com/pict_inst_jp/

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