プロの速書き―ヴァイオリン・ソナタ第36番 K.380

初版 2024/02/27 19:35

改訂 2024/02/27 19:37

モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ第36番変ホ長調K.380

第1楽章 アレグロ
第2楽章 アンダンテ コン モート
第3楽章 ロンド:アレグロ

この曲はあまり演奏家が録音していないのかそれともボクの検索の仕方がずれているのか、頭の中にあった演奏のひとつにやっと行き当たった。

グリュミオーはハスキルの健康と相談していたろうから全集はまずハスキルとは無理だったに違いない。ヘンリク・シェリングのヴァイオリンとイングリット・へブラーのピアノのコンビのを聴いている。

1781年4月8日雇い主のコロレド大司教はモーツァルトに音楽会に出るように指示している。

そこで演奏したソナタがこの曲があるのか、その前のK379であるのか諸説あるけれど、カール・マルゲールの唱える説が妥当のように思う。
彼の言うとおりだとモーツァルトがその演奏会のことを書き記した手紙での『昨夜11時から12時までに作曲した』という作品はこのK380だということになる。

さすがにソロヴァイオリンを弾くブルネッティの伴奏の部分は書き上げても、自分のピアノパートは頭に入れておくだけで書いている暇はなかったらしい。という内容が記されている。

ああ、そうだこれはヴァイオリンソナタではなくて本当はヴァイオリン伴奏付きのピアノソナタだったんでした。モーツァルトにとってはそれも売りのひとつ。
モーツァルトの弾くピアノパートの即興性と音楽をイメージで把握し、そこから細部に正確に潜って行ける希有な能力はこういうさりげない文章からも窺える。

とんでもないやっちゃ。

彼はこの曲を含む3曲の演奏の成功で、宮廷音楽家としての不自由な足枷をむしり取って、ウィーンで独立した音楽家(アーティスト)として立つことを決意するのです。

協奏曲風の第一楽章はピアノの軽快なパッセージから入るけれど、陰陽に溢れて力とパトスを持っている。

ほぼヴァイオリンはピアノと同等のバランスで配置され、音楽の息づかいが弦と鍵盤の奏法に異なったリズムをもたらしていながら聴く方がどちらにウエイトを置いても、輝かしいコンチェルトです。

第2楽章はモーツァルトのト短調。

アンダンテにコン・モート『動きを持たせて』の指示がついています。

ト短調の陰影に感情を込めて揺れを持たせるのでしょうね。

半音階的なト短調のテーマが印象的で、繰り返される度の孤独感が明確に作曲としてその時の気分から離れたイメージによって作り出されています。中間部のヴァイオリンの情熱的な歌の中にもピアノの歌は支えるのではなく寄り添って歌い上げる。

影の美しさを感じ、創作家としてのモーツァルトの天才が聴けます。

1時間で書けるか?こんなの。

自分の情緒に引っ張られていたら浸りきってあっという間に時間は過ぎるだろうに、やっぱり彼の頭にはどこからか音楽が降りてきていると考えたくなる。

第3楽章のロンドも協奏曲に使えそうな協奏のスリルに溢れている。
モーツァルトはブルネッティのヴァイオリンの音と強さ技術の上にほとんど即興的なピアノパートを重ねていったのだろう。それはモーツアルト以外の人が弾くと楽譜となって両足首を掴まれる。蹴とばしそうなのはグルダくらいのもの。
昔の人は上品だからやらなかったろうけど、これはヴァイオリンの弓が弦から離れ斜め上に持ち上がり、演奏が終わった瞬間、立ち上がってブラヴォーを叫ぶ輩が、現代なら絶対に出てくる音楽です。


古生物を中心に動物(想像上のもの)を含め、現代動物までを描くイラストレーターです。
露出度が少ない世界なので、自作の展示と趣味として行っている地元中心の石ころの展示を中心に始めようかと思っています。
海と川が身近にある生活なので気分転換の散歩コースには自然が豊富です。その分地震があれば根こそぎ持っていかれそうなので自分の作品だけは残そうかとAdobe stockを利用し、実益も図りつつ、引退後の生活を送っております。
追加ですが、
古いものつながりで、音楽についてもLabを交えてCD音源の部屋をつくっています。娘の聴いてるような音楽にも惹かれるものがありますが、ここではクラッシックから近代。現代音楽に散漫なコレクションを雑多に並べていきながら整理していこうかと思っております。走り出してから考える方なので、整理するのに一苦労です。

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