1964年 大洋ホエールズの悲劇

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1964年大洋ホエールズの悲劇

誰もが優勝を疑わなかった1964年終盤・・・

9月26日2.5G差(M1)で迎えた阪神戦(大洋残り2試合阪神残り5試合)
甲子園ダブルヘッダー
第1試合は敗戦(M1)
第2試合8回表までに2-1でリード。
その裏2ー2の同点になり、なおも二死満塁。
三原監督は21勝を上げているエース稲川をリリーフに送るがワイルドピッチ。
ボールはバックネット下のコンクリートに跳ね返ってホームベースに戻り、稲川がボールを取ってランナー(本屋敷)にタッチするもセーフ。
そのまま阪神が3ー2で勝利(M2点灯)残り3試合を全勝し逆転優勝を果す。

これ以降1998年まで優勝から遠ざかることになる。

1964年10月5日
慰労会?が催される。
当時の模様が球団誌からも確認できる。

中部謙吉オーナー・辻村正一球団社長のサインも貴重であるが両者が労るようにある稲川誠投手のサインが印象的である。

三原脩監督
長田幸雄
浜中祥和
島田源太郎
近藤昭仁
アグウィリー
金光秀憲
辻村正一球団社長
稲川誠
中部謙吉オーナー
森徹
鈴木隆
黒木基康
桑田武
近藤和彦

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