藤波辰爾選手のプロレス缶です。

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1998年4月21日号の週刊プロレスの表紙より、東京ドーム大会で6度目のIWGPヘビー級王座を奪取したときの表紙です。
同大会では、師匠であるアントニオ猪木選手の引退試合も行われており、師匠のラストを、自身の勝利で飾ることとなりました。

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    8823hayabusa

    2022/03/19 - 編集済み

    昔、岡山空港で藤波さんと擦れ違いましたが、胸囲が凄かったです。

    この方は日本プロレス時代からずっと猪木の付き人しながら新日本立ち上げにも参加したりと、ずっと猪木の傍でしたね。

    個人的にはNYのMSGでのWWWF(だったかなあ?)のジュニアヘビーで、初めてドラゴンスープレックスを披露した時のインパクトは忘れられません。

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      sat-2019

      2022/03/19

      会場以外の場所でお会いすると、かえって体のデカさを感じますよね。
      私もイメージとしては、猪木氏の参謀という印象が、プロレスファンになる前から持っておりました。
      今となっては、ドラゴンスープレックスもお馴染みの技となりましたが、初披露したときのインパクトは、大変強烈なものだったでしょうね。
      「ワールドプロレスリング」でも時折、MSGからの中継がありましたね…懐かしいです🙌🏻

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    dape_man

    2022/03/19 - 編集済み

    この試合、観に行きましたよ。フィニッシュは久しぶりのジャーマン・スープレックス・ホールド。ジュニア時代のキレには程遠い不細工なジャーマンでしたが、文字通り猪木の引退興行に花を添えた感じのベルト奪取でした。

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      sat-2019

      2022/03/19

      この試合を観に行かれたんですね。
      ジャーマン・スープレックス・ホールドで仕留めたんですね。
      このころになると、確かに技のキレも失ってきましたが、久々の技で、会場も相当な盛り上がりだったことでしょう。
      プロレス会場も長らくご無沙汰していますが、あの熱気は今も思い出すとたまりませんね。

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