ひこうき雲の思い出
初版 2018/03/02 20:57
改訂 2022/12/20 13:53
こんにちは、あゆとみです。
https://muuseo.com/56688588/collection_rooms/47#!page-2
今更いうのもなんだが、ひこうき雲は天才ユーミンこと松任谷由実が本名の荒井由美でリリースしたデビューアルバムである。
このアルバム、私にとっては色々と思い入れのある特別なアルバムなのだ。
まず第一に、それまで親にせがんでアニメのサントラばかり買ってもらっていた私が、中学に入って初め自分のお小遣いで買った、記念すべき一枚だからである。(ちなみに初めて買ってもらったアルバムはクラッシャージョウのサントラ↓)
https://muuseo.com/zeas/items/112
荒井由美を知ったきっかけは、当時の親友Tちゃんだった。
Tちゃんは不思議な少女だった。
自分のことを「あたくそ」と言い、ホームズという名の巨大でモジャモジャな猫を飼い、守銭奴が主人公の物語を交換日記に書き、世の中のいろんなことについての彼女独自の意見を独り言みたいに喋る人だった。
彼女は私にいろんなレコードを紹介してくれ、荒井由美のひこうき雲もその一枚だった。父親のレコード棚にあったから聴いて見たらすごくよかったというのだ。
「どんな歌なん?」と聞くと、暮れなずむ夕方の公園で歌ってくれた。
曲はベルベット・イースターだった。
ベルベットイースター
小雨の朝
光るしずく 窓にいっぱい
低いトーンの静かな歌声だった。朗々と歌い上げるミュージカルスターのような声ではなく、詩人が詩を朗読するような独白めいた歌声。
歌詞がすうっと入ってきて、頭の中に物語を作り出した。
それは子供心にミステリアスで異国情緒のある世界だった。
https://www.youtube.com/watch?v=3fAUA6HuMUY
ベルベットイースター
昔ママが好きだった
ブーツはいていこう
━ママ?
今でこそ、親をママ、パパと呼ぶのは当たり前の時代だが、田舎にいた当時の私の周囲ではお母さん、お父さんがデフォルトで、「ママ」はひどく新鮮に聴こえた。
しかも「ブーツをはくママ」となると、別世界のようだった。
そこは日本なのか、外国なのか、それとも特定の国はなくてファンタジーなのか。
異国情緒のある街に住むハイカラな主人公の絵を想像して、その世界観に惹きつけられた。
そのハイカラな世界観の謎は彼女の生い立ちを知って解けた。
ユーミンの自伝「ルージュの伝言」によると、彼女の実家は100年続く呉服屋で、母親はモガことモダンガールだったのだという。(モガのイメージ画像↓)
https://muuseo.com/hans-egede/items/27
お手伝いさんが何人もいるような裕福な家庭で、ファッションのビジネスを切り盛りしていたモガ。さぞや垢抜けたおしゃれな女性だったに違いない。そんな母を見て育った娘のユーミンもまたファッションに敏感に育った。
「あの日にかえりたい」のジャケットには細く整えられた眉でアンニュイな表情のおしゃれな女性が写っている。
https://muuseo.com/momo0705/items/85
前述の自伝ルージュの伝言にも、歌詞の「ママ」について言及する部分がある。
ママとかパパとか使うのってこの曲が初めてだと思うんだ。一応、日本では初めてだと思うよ
(ルージュの伝言の歌詞について。p.113より抜粋)
実際にはルージュの伝言よりもっと前の曲で「ママ」という表現を使っていたことをユーミン本人は忘れていたようだ。田舎の女子中学生にそれがどれほど衝撃だったのか、彼女は知る由もない。
さて、Tちゃんの公園リサイタルを何度か経て、すっかり頭を荒井由美に占領され始めてからほどなくして、私はレコード店でひこうき雲を買った。
表紙に絵が一切ない抑えたデザインのアルバムジャケットは、私がこれまで持っていたアニメのレコードコレクションの中で浮いて見えた。
私はなんだか嬉しかった。少し大人になったような、今までと違う世界に片足を踏み入れたような気がして、気分の高揚を感じた。
Tちゃんバージョンから荒井由美本人の歌声への変遷は不思議なくらい違和感がなかった。二人の声質が似ていたからだと思う。
ベルベット・イースター以外ではひこうき雲と紙ヒコーキを何度も繰り返し聴いた。
https://www.youtube.com/watch?v=reB7iImH3kU
https://www.youtube.com/watch?v=wCmRV0EyMPU
すっかり彼女の世界に心酔して、毎日彼女のアルバムを聴いていた私に母はよく「この人、あまり歌がうまくないのね」と言っては私をムカつかせた。
当時の私は、ユーミンが世界で一番歌が上手い、くらいに思っていたからである。
今振り返ると、確かに技巧的という意味ではうまくなかったのだと思う。カラオケ大会で優勝するとかそういうタイプの歌声じゃないからだ。
自伝ルージュの伝言にも彼女自身が歌唱力について語る部分がある。
歌が下手だったから、本当に歌にすごく時間かかったのね。
(中略)
私の歌い方はビブラートが綺麗にかかんないし、それだったらビブラートをなくしちゃえって言われて、ノンビブラートになったのがいまも続いてるわけ」
(p.93より抜粋)
例えば、詩人が詩を朗読するときに、声優やアナウンサーのような発声が出来なくても構わないだろう。
それよりは、詩を書いた本人だけが知る、その詩を書いたときの気持ちや世界観を伝えてくれる方が大切だからだ。
彼女の声はそばにその人がいるかのようなリアリティを感じさせる、聴く人に歌詞の世界を伝える力のある歌声だと思う。
また、個人的に彼女の声にはどこか切なさがあり、憂いのある曲で輝きを放つと思う。
例えばひこうき雲は彼女が歌ったからこそ、登場人物の死と生の儚さがリアルに伝わってきたのだと思う。
その後、中2になってTちゃんは引っ越していき、だんだんと疎遠になっていった。
私にとって、アルバムひこうき雲は、そんな少女時代のいろいろな思い出とともに、時おり聴き直したくなる永遠の名盤なのだ。
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