潮風が吹く夏に。

初版 2019/08/11 00:23

改訂 2019/08/11 01:28


私の人生のバイブルと言っても過言ではないアニメ「宝島」。


スティーヴンス原作の有名な児童向け図書の宝島を、テレビアニメーションの巨匠出崎統「でざき おさむ」監督により、大幅に脚色して更に物語に深みを加え、壮大な人間ドラマに仕立て直された名作アニメーションの金字塔である。


初めてこの宝島をテレビの再放送で観たのが、確か小学校の5年生?だったか。


それはもう、衝撃の出会いだった。


それまで見ていたアニメの勧善懲悪なアニメとは異なり、画面から伝わる素朴なタッチの絵柄からは想像も出来ぬ程に、全編男臭さ全開に漂う異質なアニメーションだったからだ。


物語の大筋は、自らの素性を隠して宝探しの航海へと旅立つ船の乗組員のコックの男ジョン・シルバーと、港街の宿屋の息子ジム・ホーキンズ少年の物語である。


本当は海賊の親分のシルバーに、そうとは知らず幼少時に亡くした父親の影を重ね、男の鏡として心酔する小さな船乗りのジム少年。


シルバーは他の船乗りからはまだ子供扱いされているジムの事を、ちゃんと一人の男として扱い付き合う。


それだけにそんな男の鏡として崇拝していたシルバーが、実は海賊の親分と知ったジムは裏切られたと涙して激怒する。


だが、シルバーは敵側に回った後ですら、ジムには一人前の男として応対する。


男の鏡として信じていた男が実は海賊の親分だった裏切りを決して許せぬ気持ちと、信念を貫く為には手段をも選ばぬシルバーの男気。


物語の目的だった宝探しは、結局シルバーの鉄の信念と知恵が無ければ辿り着く事は出来なかった。


宝島からの帰りの船中での囚われのシルバーとジム少年の会話に、この壮大な物語の真実は語られていた。


一杯のコーヒーに例えた話をジム少年に語るシルバー。


劇中のこのやり取りを見たまだ少年だった私は、まだ年端の変わらぬジム少年と同じ気持ちだった。


「何だか男って簡単な様で面倒臭い生き物なんだなぁ。」


そう思った物だった。




物語の最後は、宝島の冒険から帰ってからやがて10年程の時間が経過した青年になったジムの回想録で締め括られる。


ネタバレになってしまうので、これから先はまだ未見の方の為に多くは語りたくない。


だが、このアニメの最終話程に私に衝撃を与えたアニメーションはいまだに現れない。


一等航海士として世界中を船旅して回っていたジム青年は、とある港街の場末の居酒屋にて遂にあのシルバーと再会を果たす。


そこに居たシルバーは、一杯の酒を恵んで貰う相手を探し回る白髪のショボくれた老いぼれになったいた。


だが一見冴えないショボくれた酒飲みのオッサンになった様に見えたシルバーは、最後の最後に決して消えてはいなかった心の中の炎をジム青年に見せる。


それは今観ても涙が出てくる程に感動的なラストシーンだ。


リアルタイムでこのアニメを観ていた時には、ジム少年と同じ位の年端の少年の目線で観ていた宝島。


それが今では酒場で幾ばくの酒を恵んで貰う相手を探して回っている、ショボくれたシルバーと同じ位に白髪だらけになってしまった私。


だが、シルバーと同じ様に私の心の中の炎も決して消え去る事は無い。


日々の生活と仕事に追われ、心まで疲弊した時には自分のスマホの待ち受け画面に設定してあるシルバーの画像を見て心に誓う。


「その気になりゃあ、俺達は何時だって何処にだって好きな時に飛んで行けるのさ。」


毎年夏の海の煌めく輝きを見る度に、心の中のジョン・シルバーが私を勇気づけてくれる。


お盆休みの帰省でかみさんの実家の有る島に向かう船上で眩しく輝く海面を眺め、きっと今年も私の心の中の男心は目覚めるのだろう。



「そう。そこに居たんだ。俺のジョン・シルバーが。」



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