極大成長する謎のノーチロイド同定
初版 2024/03/02 12:59
改訂 2024/03/10 11:01
前置き
今回はFalcilituites sp.として販売されていた中期オルドビス紀ダーリウィリアンの謎の標本を調査していく。

Cyclolituites sp.
https://muuseo.com/Nautil_Works/items/50

写真:Falcilituites sp.として販売されていた購入標本
ファルシリツイテス属はエボリュート(若殻に沿った巻き)した後、成体時に解けるタルフィセラス目エストニオセラス科のノーチロイド。
今回入手した標本の様な極大成長はしない。

Falcilituites decheni
https://muuseo.com/Nautil_Works/items/37

写真:所持しているファルシリツイテス属(タルフィセラス目)
巻きが解れつつ極大成長する特徴的な形態から探っていく。
リツイテス目の異端児
実は購入前からファルシリツイテス属ではない事に確信を持ちつつ、思い当たる属があった。
それは、リツイテス目のサイクロリツイテス属だ。

引用:“Taxonomy and ontogeny of the Lituitida (Cephalopoda) from Orthoceratite Limestone erratics (Middle Ordovician)”
リツイテス目リツイテス科の属でありながらリツイコーン(若殻が巻いて成年殻が真っ直ぐなゼンマイ型)を持たないリツイテスの異端児。
成長後の真っ直ぐな殻を形成せずに解けつつも極大成長する形態が酷似している。
しかし細リブの刻み方が怪しい。

引用:“Taxonomy and ontogeny of the Lituitida (Cephalopoda) from Orthoceratite Limestone erratics (Middle Ordovician)”
腹側から背側にかけて極端に後方にナナメに走っている。
腹際は大ぶりながら一応、若巻きの方向に凹んでいる。
疑念は残るものの種により細リブの刻み方が異なるうえに、リツイテス科をまとめた論文で網羅しきれていないサイクロリツイテス属の種がおり、全ての種のサンプル写真が確認できていないため所持標本と同様の細リブを持つ種が存在する可能性も否定できない。
そんな中、ノルウェーの化石サークルが運営するWebサイトで発見したC. kjerulfi。

引用:“Steinklubben.no/Cyclolituites kjerulfi”
細肋だけでなく巻きの解け具合も種により違いがある模様。
しかし、別属ではないかとの疑念がぬぐい切れないため、他の目も調査した。
オルドビス紀の巻き殻ノーチロイドと言えばタルフィセラス目
高さが極大成長する属がいないか調査した。
中期オルドビス紀から栄えたタルフィセラス目バランデオセラス亜目アプシドセラス科の属に成長率の高い属が含まれている様だ。

引用:“Treatise on Invertebrate Paleontology Part K, Mollusca 3, Complete Volume”
細リブの刻み方が類似しているCharactoceras kallholnense。

引用:“Early cephalopod evolution clarified through Bayesian phylogenetic inference”
しかし、解けながら極大成長する属が見当たらず、どの属も高さの成長に比例して横幅も拡大しており、螺管断面は円形、円に近い楕円、円に近い三角など厚み(横幅)がある形態ばかり。
高さ/横幅の比率が高さに偏重した、いわゆる薄型タイプはいない模様で所持標本と形態が近いとは言い難い。
後期オルドビス紀の属で年代も不一致。
数少ない緩まき属を内包するディスコソルス目
オルドビス紀の巻きノーチロイドといえばタルフィセラス目とリツイテス目。
しかし、ブレビコニック(短小殻)とシルトコニック(曲がり殻)が中心のディスコソルスにもわずかながら緩巻きの属がいる。
個人的に好きなフラグモセラス属だ。
シルル紀中後期の属なのでフラグモセラス属ということは考えられないが、先祖系統や近縁系統などに形態が近い属がいないか探っていく。
先ずはPhragmocerasを確認。(1a~1d)

引用:“Treatise on Invertebrate Paleontology Part K, Mollusca 3, Complete Volume”
成長率は近い。
細肋の走り方も中々似ている。
母岩に隠れた巻き中心が巻いていなければフラグモセラス属という線も考えられる。
しかし所持標本と比較してフラグモセラス属は住房部断面を比較した際、厚く(横幅の成長率が高く)形状も大幅に異なる。
先祖系統のシルトゴンフォセラス科に類似形態が居ないか確認。

引用:“Treatise on Invertebrate Paleontology Part K, Mollusca 3, Complete Volume”
ブレビコニック、シルトコニックばかりで類似の形態は確認できない。
ディスコソルス目の他科も同様。
まとめ
細リブの刻み方に疑問は残るものの、結局サイクロリツイテス属が形態的に一番近かったため、
Cyclolituites sp.
として扱う事にした。
細リブ以外にも母岩に隠れた巻きの中心部も謎で課題が多い。
表はプレパレーションが途中で投げ出され裏に至ってはガッツリと母岩が付いている。
いつもながらの投げ遣りプレパレーション。
三葉虫やアンモナイトに比べてノーチロイドに興味あがる人口が少ない。
そのくせ、好きな奴は狂信的に好き古生物群なので投げ遣りプレパレでも買う。
レアがゆえに破損リスクを回避する意味合いもあってこういう標本が多いのかもしれない。
設備が整って自前でプレパレーションしたり、CTスキャニング出来るようになれば同定も捗ると思う。

Arato510
オウムガイ類、アンモナイト類、べレムナイト類などの頭足類化石を専門に収集するコレクター。
造形美に惹かれてアンモナイトを収集される方も多いので、世間では化石頭足類の花形に当たるアンモナイト目が収集の中心に据えられておりますが、私の場合は元来、生物が好きなたちで、同綱内での種の多様性や進化の系譜に惹かれて化石頭足類を収集しているため、各目を幅広く収集しております。
特に傍流が好きで、ノーチロイド(ノーチラス目以外のノーチラス亜綱の仲間)をメインターゲットに、次いでアンモノイド(アンモナイト目以外のアンモナイト亜綱の仲間)をサブターゲットにして、玄人好みのコアな標本を中心に収集しております。
オウムガイについて日本語の文章ではオウムガイ亜綱やオウムガイ目などと表現するのが一般的ですが、私の文章ではノーチラスに統一して表現するよう心がけてます。
他は学名のカナ表記にもかかわらず、オウムガイだけ和名なのが統一感がなく気持ち悪いからです。
一応、理系分野なんだからロジカルに統一して表現したいという思想から、他所ではあまり見かけないノーチラス目という違和感のある表現を多用しております。
でも、たまに染みついた既成概念に引きずられて、オウムガイ亜綱などと表現して混沌とした文章になることもあります。
また、特にノーチロイドについは、専門性の高いセラーでも誤った同定をする様な二ッチな領域です。
そんな状況の中でド素人の私が資料を頼りに頑張って同定している標本も多数あります。
同定や属種名称の読みに関して誤りがありましたら、ご指摘頂ければありがたいです。
https://twitter.com/Nautil_Works
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