独歩

初版 2024/04/13 11:12

改訂 2024/04/13 11:16

ベートーヴェン/ピアノソナタ第11番変ロ長調op.22

前作のハ長調から、さらに広がり、深まって行くピアノのスケールの大きさにベートーヴェンの本気を感じる。

第1楽章 アレグロ・コンブリオ
第2楽章 アダージオ・コンモルト・エスプレッシオーネ
第3楽章 メヌエット
第4楽章 ロンド:アレグレット

 輝かしい躍動感が支配する冒頭。
ベートーヴェンにとってピアノはオーケストラの響きを隅から隅まで練り上げ、創造し、再現する道具。
コンブリオ=活きの良さが端的に表現されている。
管弦楽の重層性を感じさせて終結する。
ここには彼以外に聴けない個性が輝き始めている。
その先の静かなる歌は時に翳りながら、豊かな旋律に溢れ、厳ついベートーヴェンの顔は見えない。
ただ、時折最晩年に見せる厳かな内省への入り口が通り過ぎる車窓の景色のように行き過ぎる。
この時代のベートーヴェン特有の明るくしなやかな歌の中の中に明滅する左手のオクターブに顕れる情動の源を立ち止まって、もう一度聴き返したい衝動に駆られる。


この第2楽章はロマンティックに弾こうとすればいくらでも出来そうな楽章だけれど、それをしないバックハウスでは、聴く側のその時の気持ちの動きが鏡のように映る。


第3楽章のメヌエットはチラリと見せたそこの深さをとぼけた表情で流すように優雅で、明るいのだけれど、脇にそれないストイックな表現が古典であることを強調しているような音の動き方だ。
晩年とは異なり、欠けたところのない肉体と精神は、後の強烈きわまりない内面との対話や自我の構築性はない。
フレキシブルであり、形がしっかりと決まっている中で、遁走する。
昔はこんなにいい曲だとは思わなかった。
バックハウスで聴いた演奏も、素っ気なくて、今とは印象がずいぶん違った。
それはジャズでも、クラシックでも、読書でも同じで人は目や耳が熟れると感じられるものが違ってくる。
このフレーズはミケランジェリならどう弾いてるんだろうとか、ブレンデルならこうだろうな、とか想像しながら聴く。


子供が言葉を覚えるのに形や様式が必要ないように、ボクはそれと同じやり方で古典音楽を聴いてきた。学生時代にわけも判らず集めただけだった音楽達は、いま、ボクの日常で不可欠なものになっている。

古生物を中心に動物(想像上のもの)を含め、現代動物までを描くイラストレーターです。
露出度が少ない世界なので、自作の展示と趣味として行っている地元中心の石ころの展示を中心に始めようかと思っています。
海と川が身近にある生活なので気分転換の散歩コースには自然が豊富です。その分地震があれば根こそぎ持っていかれそうなので自分の作品だけは残そうかとAdobe stockを利用し、実益も図りつつ、引退後の生活を送っております。
追加ですが、
古いものつながりで、音楽についてもLabを交えてCD音源の部屋をつくっています。娘の聴いてるような音楽にも惹かれるものがありますが、ここではクラッシックから近代。現代音楽に散漫なコレクションを雑多に並べていきながら整理していこうかと思っております。走り出してから考える方なので、整理するのに一苦労です。

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