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【1989/01/20】国宝シリーズ第6集郵便切手
国宝シリーズ第6集として、昭和64年1月20日(金)に60円及び100円郵便切手が発行されます。 <銀製鍍金狩猟文小壺>-東大寺- この小壺は東大寺創建当初(奈良時代、8世紀)の地鎮具の一部で、明治40年の大仏殿修理工事の際出土したものの一つです。高さは約4.4センチメートルです。壺には飛鳥、草花、山岳を、身には山岳を境に一面に鹿と猪を、他面には二頭の鹿を騎馬狩猟する様を毛彫りにしています。文様面は鍍金されています。この壺の中には、水晶玉、真珠などを入れた大小2個の水晶合子が納められていた、と伝えられています。 <銅造薬師如来坐像>-法隆寺- 飛鳥時代(7世紀)のもので、光背の裏面に「用明天皇の遺志ををつぎ、推古天皇と聖徳太子が607年に造り奉った」と刻まれていますが、現在では造立年代に疑問が持たれています。 薬師如来は宝珠形の光背をつけた像高63センチメートルの独尊像形式で、松と楠材からなるやや裾広がりの二重宣字坐の上に懸裳を広げて座っています。柔和で洗練された姿は、傑作の誉れ高い名品です。
A)20枚(縦4枚・横5枚) B)10枚(縦5枚・横2枚) A)縦25mm・横35.5mm B)縦42mm・横30mm A)銀製鍍金狩猟文小壺 B)銅造薬師如来坐像windsurfcafe
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【1988/09/26】国宝シリーズ第5集
国宝シリーズ第5集として、昭和63年9月26日(月)に60円及び100円郵便切手が発行されます。 木造仲津姫命坐像 薬師寺の鎮守八幡神社に伝わる八幡三神像のうちのひとつで、美しく彩色され、長い髪を垂らし、右膝を浮かせ気味にしたポーズで、唐朝以来の貴族女性の衣装をまとっています。 檜材の一木造りで高さは約37センチメートル。豊かな頬の肉付きや、鋭く彫出した顔付きに、平安時代前期の特徴が現われ、この時代の作品といわれています。神像の古例であり、このころの彫刻の傑作のひとつです。 室生寺五重塔 この塔は室生寺が創立された八世紀後期よりもやや遅れて建てられたと考えられますが、五重塔の遺構としては法隆寺の塔に次いで古いものです。総高はわずかに16.1メートルで、屋外にある塔では最小です。 深い軒と長めの相輪により、落ち着きのある親しみやすい塔です。相輪頂部に水煙のかわりに受花と宝瓶を置いている珍しいものです。
A)20枚(縦5枚・横4枚) B)10枚(縦5枚・横2枚) A)縦35.5mm・横25mm B)縦42mm・横30mm A)木造仲津姫命坐像 B)室生寺五重塔windsurfcafe
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【1988/06/23】国宝シリーズ郵便切手・第4集
国宝シリーズ第4集として、昭和63年6月23日(木)に60円及び100円郵便切手が発行されます。 厳島神社は、推古朝(592)の創立と伝えられていますが、社殿が建てられたのはずっと後のことです。現在の規模となったのは、平安時代後期、平清盛の手によるものといわれています。 島全体を信仰の対象として本州側から拝んでいたようで、島の上に社殿をたてることをはばかり海中に建てられたので、現在のように珍しい形になったと思われます。潮が満ちると、朱の社殿や回廊が海上に浮かぶこの厳島神社を中心とした景観は、”安芸の宮島”として親しまれ、日本三景の一つに数えられています。 切手の意匠は、摂社客神社の祓殿を右正面から眺めたものです。摂社客神社は、本社の主神に従属する外来の神を祭る神社、祓殿は厄除けなどの神事を行う殿舎です。背景に見える塔は、五重塔で重要文化財に指定されています。 小桜韋威鎧は、平安時代後期の武将源義光が甲斐の守に任じられて以来、その子孫の甲斐源氏へ伝えられ、武田氏の宝として受け継がれたもので、”頑丈で、矢や槍をふせぐ盾も必要ない”という意味で「盾なし」の鎧とも呼ばれています。 武田信玄の時に菅田天神社(塩山市上於曽)に納められていましたが、信玄の没後相続した武田勝頼が長篠の合戦で敗れた際家臣がこれを持って逃れ、向嶽寺(塩山市上於曽)の木の下に埋めました。その後、家康が掘り出して、再び菅田天神社に納め、以来、現在も当社に保存されています。 この鎧は、小札と呼ばれる長方形の鉄の薄板を、韋(なめしがわ)が組み紐で継ぎ合わせる”威”という手法で作られていますが、威に小さな桜の紋を染めた韋が使われていることから、この名がついています。
A)20枚(縦4枚・横5枚) B)10枚(縦5枚・横2枚) A)縦25mm・横35.5mm B)縦42mm・横30mm A)厳島神社 B)小桜韋威鎧windsurfcafe