-
グリーンホビー 箱庭シリーズNo.7 渡し場
「渡し場」は、今は無き河合商会が発売した箱庭シリーズの第7弾です。箱庭シリーズとは、別売の芝生の種を蒔いて水をかけると芝生が生えて楽しめるというプラモデルで、当時としては物珍しい、際物です。が、その特殊性ゆえ人気はそこそこあった記憶があります。現在「箱庭シリーズ」は、同じ河合商会の「風物詩シリーズ」と共に版権を買い取ったマイクロエースから再販されています。 #河合 #建物
KG7 箱庭シリーズNo.7 その他 1/60ちょこ大佐
-
伝統シリーズNo.1 芝居小屋
「芝居」という呼び名は元々は芝生の上の見物席のことを指していたようで、江戸時代に芝居小屋、つまり演劇をする小屋の意味になり、さらに劇場で演じられる演劇のことを「芝居」と言うようになりました。芝居小屋は、演劇を演じる場所であり、見物客が芝居を見るための場所でしたが、田舎へ行けば行くほど地元の催し物の場として、社交の場としての役割を担っていました。小屋の規模はピンからキリまで雑多で、小は客が20人も入れば満員になるような長屋風のものから、大は数百人も収容し各種の舞台装置も揃った豪華な物まであったようです。 #河合 #建物
KT1000 伝統シリーズNo.1 その他 1/60ちょこ大佐
-
チームロータス J.P.S.MkⅢロータス78
不信を続けた77型にかえ、F1レースの名門ロータスチームが1977年シーズン用のマシンとしてデビューさせたのがJ.P.S.MkⅢロータス78です。洗練された細身のボディはF1マシンの中では最もスタイリッシュなものと言われボディサイドの張り出し部にウイングを内蔵して空気力学的に接地力を高めるという奇抜なアイディアを採用したことが大きな特徴になっています。1977年のグランプリ第1戦アルゼンチンGPから実践に投入、マリオアンドレッティが西アメリカ、スペイン、フランスでのレースで優勝、セカンドドライバーもベルギーGPで優勝するなど、ロータスの歴史に輝かしい記録を書き加えた名マシンとなりました。 #タミヤ #車 #F1
20004 無し その他 1/20ちょこ大佐
-
フェラーリF189前期バージョン
1989年のF1グランプリ開幕戦のブラジルGPにナイジェルマンセルのドライブでデビューウインを飾ったのがフェラーリF189です。デザイナーは、長年マクラーレンチームで活躍、その手腕を高く評価されているジョンバーナード。極端に細いノーズセクションに対してコクピットサイド部分を最大幅として前後に大きく絞り込まれたサイドポンツーンからなる独特なスタイルが特徴です。エンジンは3.5リッターの自然吸気タイプ、勿論フェラーリ伝統の12気筒でV型レイアウトを採用。また7速のセミオートマチックトランスミッションの実装やユニークな前後のダンパーユニットのレイアウトなど、革新メカを積極的に取り入れた意欲作です。 #タミヤ #車 #F1
20023 無し その他 1/20ちょこ大佐
-
建物シリーズ 日本地図
日本列島を立体的な7つのパーツで再現し、表面には県境のラインや山脈まで細かく再現されています。自分で組み立てて日本地図を完成させましょう。学習教材です。 彩色済みなので塗装不要。海面プレート付き。 #フジミ #建物 #日本地図
500911 建物シリーズNo.29EX1 その他 ?ちょこ大佐
-
風物詩シリーズ 風鈴屋
現在の形の風鈴が庶民の間にいつごろ広まったのは定かではありませんが、縄文時代には土鈴と呼ばれる音を鳴らす用途を意図とした器具が存在していました。平安時代後期には貴族の屋敷の軒先に魔除けとして吊るされたという記録もあります。もともとは強い風に乗って現れる魔を避けるために吊るされたものでしたが、そのうちその心地よい音色による暑気払いの道具として庶民の間に定着していきました。 #カワイ #建物
KF15 風物詩シリーズ15 その他 1/25ちょこ大佐
-
風物詩シリーズ 金魚屋
夏になると、下町の路地裏には金魚鉢や水槽を積んだ金魚屋が「きんぎょ~えきんぎょ~」の呼び声と共に現れます。この金魚の振り売りは江戸時代末期には既に存在していたようです。明治に入ると振り売りはますます盛んになり、夜店や神社の縁日などには露店としても出店するようになります。更に大正時代には金魚を売るだけではなく、遊び、楽しみ方として金魚すくいが登場しました。 #カワイ #建物
KF14 風物詩シリーズ14 その他 1/25ちょこ大佐
-
風物詩シリーズ そば屋
そば屋は江戸中期から見られる店舗商売で、他の食事店舗と比べると安価で庶民的な店と言われていました。特に江戸市中ではそばの人気が高く、各町内にたいてい1軒か2軒のそば屋がありました。また、江戸時代のそば屋は庶民の為の店で、武士や高貴な人は立ち寄らず、生活が苦しかった下級武士でも武士は食わねど高楊枝さながら人目に付くそば屋に出入りはしなかったようです。時代は進んで明治時代には、そば屋は単にそばを食べる場所だけでなく、町内の人間が気兼ねなく銭湯の帰りに寄ってそばを手繰りながら世間話に興じたり、現代の喫茶店の様に打合せに使用されたり、待ち合わせに利用されるようになっていったようです。 #カワイ #建物
KF01 風物詩シリーズ1 その他 1/60ちょこ大佐
-
天空に輝く金の鯱鉾 名古屋城
金のしゃちほこで有名な名古屋城は、天下を取った徳川家康が大阪方面への備えとして築いた城です。完成は1612年、初代藩主は9男義直で以後およそ250年の間尾張藩主の居城として栄えました。築城にあたり動員されたのは旧豊臣系20の大名で、戦力や経済力を減らす目的もありました。完成した名古屋城は、大天守、小天守を持つ本丸の他に二の丸、三の丸も作られ、大天守の上には一対の金のしゃちほこが輝き、勇壮な姿をしていました。天守は昭和20年に空襲で焼失しましたが、昭和34年に市民の熱望により復元しました。 #童友社 #城
JJ3 ジョイジョイコレクション3 その他 1/700ちょこ大佐
-
名古屋城(新版)
関ケ原の戦いに勝利した徳川家康は、慶長4年(1609年)豊臣方への備えとして名古屋城の築城と、清州から新城下への街を丸ごと引越、kの新たに作られた碁盤割りの街が現在の名古屋の原型となり、町や橋の名前も現在に受け継がれています。慶長15年名古屋城築城にあたって徳川家康は、加藤清正、福島正則ら西国大名20家に普請を命じました。天守や櫓の建築工事は小堀遠州、中井正清らに命じられ慶長17年にはほぼ完成しました。尾張初代藩主として家康9男の義直が入り、以後名古屋城は御三家筆頭尾張徳川の居城として栄えました。 #フジミ #城
500799 名城シリーズ6 その他 1/700ちょこ大佐
-
名城シリーズ 名古屋城(旧版)
名古屋城は、尾張国愛知郡名古屋にある日本の城です。名城、金鯱城、金城とも呼ばれている、日本100名城のひとつで、国の特別史跡に指定されています。大阪城、熊本城とともに日本三大名城のひとつ。近代まで大小天守、堀、門など比較的状態よく残存していましたが、1945年の空襲で天守が焼失してしまいました。戦後天守は鉄筋コンクリートで外観が復元されました。 #フジミ #城
50007 名城シリーズ7 その他 ?ちょこ大佐
-
名城シリーズ 大阪城(旧版)
日本人の心のふるさと。有名な城郭を情景モデルとして再現しています。プラスチック製の樹幹とポリウレタン、カラーパウダーの情景用樹木セット付。手軽なディオラマとして楽しめます。 このモデルはフジミ社の名城シリースNo2大阪城の旧版となります。 #フジミ #城
50002 名城シリーズ2 その他 ?ちょこ大佐
-
日本三名城 大阪城
織田信長の死後、その意思を継いだ豊臣秀吉は天正11年(1583年)石山本願寺跡に大阪築城の工を起こします。普請奉行には浅野長政、増田長盛がこれにあたり、関西30余藩に工事が割り当てられ同年9月に起工されました。人夫の数は3万人にも及び昼夜通して工事は進められ工事の進行に伴い人夫は増強され、最終的に10万人にも及んだといわれています。その年の11月には天守閣が完成し、全城郭が完成したのでは天正14年のことでした。天守閣の内部は金箔で飾られ軒瓦も全て金が使われ、金城、錦城の別名を持っています。秀吉没後、関ヶ原の戦いを経て天下の実権を握った徳川家康は、大阪冬の陣にて家康は大阪城の全堀を埋めたせさせます。続く大阪夏の陣にて、防御を失っていた大阪城は陥落、建造物の大半を失いました。その後家康は10年をかけて天守閣を再建しました。しかしそれも1665年に落雷の為焼失します。以後、昭和6年まで再建されず、現在の天守閣は秀吉創建当時の天守台を再現したものです。 #フジミ #城
50045 名城シリーズ4 その他 1/700ちょこ大佐
-
熊本城
大阪、名古屋と共に天下の三大名城と謳われるこの熊本城(くまもと)は、築城の名手加藤清正が自らの居城として築いた城です。築城工事は慶長六年に着手、同十三年完成しました。慶長六年は関ケ原役の翌年であり、豊臣秀頼が大阪城にありながら天下の情勢は不安定な時でした。このため清正は熊本城をまったくの実践向きに作り数々の工夫を凝らしました。これは大阪に事ある場合は秀頼を熊本城に迎え、徳川方と一戦交える覚悟があったためと言われています。このように実践向きに作られた城ですので華やかさはありませんが、城郭本来のたくましさを持っています。また熊本城を天下の名城にしている要素に石垣の優れた工法、特別な高さ、そして見事の美しさにあります。その特別な工法は俗に清正石垣と言われ、高い石垣は美しい曲線を描き、その形は扇勾配と言われています。 #フジミ #城
50042 名城シリーズ1 その他 1/700ちょこ大佐
-
日本の名城 安土城
安土城(あずちじょう)は、近江安土山に丹羽長秀を普請奉行として工事に着手しました。工事は昼夜兼行天正7年には五層七重の天守が完成しました。この安土城こそ我が国における本格的な近代城郭の第一歩となっています。天守の瓦は金箔が貼られ、最上層は内外とも金、柱は朱に塗られ、壁面は白亜漆喰と紫色に近い美しい色彩に塗り分けられていたといいます。しかし、この華麗な安土城も3年にして本能寺の変で灰燼と化してしまいました。現在は石垣なdの一部の建造物を残すのみとなっています。 #童友社 #城
JJ10 ジョイジョイコレクション10 その他 1/540ちょこ大佐