オウム-なぜ宗教はテロリズムを生んだのか

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出版社 ‏ : ‎ トランスビュー
発売日 ‏ : ‎ 2001/7/30
単行本 ‏ : ‎ 541ページ

見落とされた可能性 島田裕巳 ――PR誌「トランスビューNo01」より

 オウムの存在が広く知られるようになった一九八〇年代末から一九九〇年代はじめにかけて、「宗教ブーム」ということが言われた。

 しかし、私を含め宗教学の研究者は、世間で言われる宗教ブームに実体はなく、決してブームではないという分析を行なった。たしかに、戦後高度経済成長時代に、創価学会をはじめとする日蓮系の教団が急速に勢力を拡大したのとは様相を異にしていた。

 だが、今から振り返ってみると、その認識には誤りがあったように思われる。私たち宗教学者は、その時点で、日本が情報化社会に突入していたことを十分に認識できていなかった。情報化社会では、仮想現実の世界が現実の世界以上に重要な役割を果たす。そうした社会においては、ブームと言うに値する実体が存在するかどうかは問題ではない。ブームであるという情報が存在するのであれば、それは間違いなくブームなのである。

 実際、宗教ブームと言われた時代、マスメディアにおいては、宗教にまつわるさまざまな現象が取り上げられた。自己啓発セミナーのように、宗教に類似した現象も注目を集めた。宗教教団の側も、情報戦略を展開した。そして、宗教学者という存在が脚光を集め、社会的に発言する機会を与えられた。

 それまで、宗教学という学問領域は、社会的に認知されているとは言えなかった。中沢新一が登場するまで、一般にも名前を知られた宗教学者は、ほとんど存在しなかった。わずかに、岸本英夫の名前が知られていたかもしれないが、それも、宗教学の業績を通してではなく、先駆的なガンの闘病記『死を見つめる心』の著者としてだった。

 二十世紀の終わりに宗教ブームが生まれたのは、経済至上主義を追求してきた戦後の日本社会が、バブル経済へと向かわざるをえなかったことの反映である。経済の発展だけで、本当に人間は幸福になれるのか。そうした疑問が生まれたからこそ、宗教が注目され、宗教について語る宗教学者にも発言の機会が与えられた。

 その際に宗教学者は、ただたんに宗教ブームの実在を否定するのではなく、宗教のもつ可能性について、徹底的に考え抜くべきだった。ここで言う可能性ということばには、必ずしも肯定的な意味はない。宗教という現象がいったいどこまで現実の世界を、現実の常識や良識を超越していくのかということこそが、宗教の可能性ということばの意味するところである。

 オウムの事件はまさに、この宗教の可能性の一つの極限を、私たちに下す結果となった。ヨーガ教室としてはじまった集団は、仮想現実の世界にとどまらず、社会全体を破壊するテロリズムへと発展し、現実に多数の人間を殺傷した。振り返って見れば、宗教ブームは、冷戦構造の崩壊とともに活性化した、宗教原理主義の台頭という世界史的な出来事の一環だったのである。

 宗教学者が宗教ブームの一端を担ったのだとすれば、宗教ブームから生み出されたオウムとその事件について徹底した分析を加えることは、宗教学者に課せられた責務であろう。

『オウム―なぜ宗教はテロリズムを生んだのか』で私が行なった分析によって、そのすべてが解明されたわけではないであろう。しかし、少なくとも分析を進めていくためのきっかけと、全体の見取図を作ることはできたのではないかと思う。
(しまだひろみ/宗教学)

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