永遠の少年Andreas Dorauの早熟性、そして現在。

初版 2024/06/23 23:26

本来ならATA TAK のところで書いておくべきであった「永遠の少年」ことAndreas Dorau (アンドレアス・ドーラウ)の活動について、ここでまとめて書いておきます。

そもそも、Dorauは、反ナチス的国立教会の牧師の家に生まれ、また、15歳の頃、Holger Hiller(後にPalais Schaumburgを結成; 別項で記述)に、ギターの個人レッスンを受けていました。そして、学校の宿題でポップミュージックを作る課題が出て、家族で夏休みにアルプスへ行った時に、ある着想を得ます。それで、下級生の女子生徒(11-14歳)にコーラスを頼んで作った曲が"Fred vom Jupiter"でした。学校での評価はBでしたが、彼はこの曲を思いの他、気に入っており、そのまま独DüsseldorfのレーベルATA TAKに持ち込みます。それがキッカケになって、この曲は、1981年に同レーベルからシングルとしてリリースされ、国民的大ヒットソングとなります。この時のエンジニアは、同郷HamburgのバンドGeisterfahrer(ガイスターファーラー)のMatthias Schusterが担当しており、グループ名もAndreas Dorau Und Die Marinasとしています。音の方は、所謂、少女合唱に支えられたチープなシンセ・ポップスですが、そこそこノリが良くて、親しみ易い童謡のような曲です。


Andreas Dorau Und Die Marinas "Fred vom Jupiter" (MV)

この商業的成功で、ATA TAKでもアルバム制作の企画が持ち上がり、Die Doraus Und Die Marinas名義で、ファースト・アルバム"Blumen Und Narzissen (お花とナルシス)"を1981年に作り上げます。このグループ名は、演奏がDorauだけでなく、Fähnlein Fieselschweif(フェーンライン・フリーゼルシュヴァイフ: Jan Knowoth (ヤン・クノーヴス), Marc Krowoth (マーク・クローヴス), Rica Blunck (リカ・ブルンク), Stefan König (ステファン・ケーニッヒ)から成るバンドのこと)も参加している為、Die Dorausの名義が用いられています(Die Marinasの方は変化無し)。ここでも、割とチープなシンセとリズムマシンを使った曲に、独自のストレートで甘酸っぱくて気恥ずかしい歌詞で歌っており、それが後々、彼の持ち味になっていきます。当時のNDWのポストパンク一色の中では、かなり異なった立ち位置になります。

Die Doraus Und Die Marinas 1st album "Blumen Und Narzissen"


その為、このアルバムで、公式ファンクラブが出来るまでになり、彼はアイドル扱いされるようになります。1983年には、セカンドアルバム"Die Doraus Und Die Marinas Geben Offenherzige Antworten Auf Brennende Fragen(ディー・ドーラウ・ウント・ディー・マリナーズ・ゲーベン・オッフェンヘールツィーゲ・アントヴォルテン・アウフ・ブレネンデ・フラーゲン)"をDie Doraus Und Die Marinas名義で、大手CBSから出します。

Die Dorau Ubd Die Marinas 2nd album "Die Doraus Und Die Marinas Geben Offenherzige Antworten Auf Brennende Fragen"


このアルバムの前にシングル"Kleines Stubenmadchen (クライネス・シュトゥーベンマドヒェン)"/ "Tulpen Und Narzissen (トゥルペン・ウント・ナルツィッセン)"を大手レーベルTeldecより出していますが、歌詞がエロ過ぎると問題になり、今ひとつヒットはしませんでした。


Die Dorau Und Die Marinas シングル"Kleines Stubenmadchen"

まぁ、それでも、メジャーレーベル側としては、彼の人気が欲しかったと言うことなんでしょう。しかしながら、彼はそんな大手レーベルの同じネタを使い回すやり方が性に合わず、このセカンドアルバム以降、一度は映像作家を志して勉強もしていたのですが、結局、地下音楽の世界へと戻ってきます。この時(1984年)に、Dorauは、ギターの師匠Holger Hillerとのコラボ・シングル"Guten Morgen Hose (グーテン・モルゲン・ホーゼ)"をATA TAKより出しています。このシングルは、重厚なシンセとサウンド・コラージュから成る人妻を青年とズボンと絨毯が取り合う様子を描いた冗談のようで、マジなラジオドラマの劇伴です。

Holger Hiller & Andreas Dorau single "Guten Morgen Hose"


そうして1988年に出したのが、彼にとっては3枚目に当たるAndres Dorau Und Die Bruderschaft Der Kleinen Sorgen (アンドレアス・ドーラウ・ウント・ディー・ブルーダーシャフト・デア・クライネン・ゾールゲン)名義のアルバム"Demokratie (デモクラティー)"で、レーベルほ一旦戻ってATA TAKからです。ジャケ写には、「海の漢キャプテン・ドーラウ」宜しく、キャップを被り、パイプを加えたDorauのポートレートがバーンと写っています。ここでは、Dorau (Vo, Electronics)の他に、Christian Kellersmann (Sax; クリスチャン・ケラーズマン), Christoph Bunke (B; クリストフ・ブンケ), Moritz von Oswald (Drs; モーリッツ・フォン・オズワルト)が全面的に協力しており、かつUKの重鎮Michael Nymanがアレンジを担当しており、今までの感触とは異なり、バロック様式と電子音楽が見事に融合しています。

Andres Dorau Und Die Bruderschaft Der Kleinen Sorgen album "Demokratie"より"Demokratie"

そうして、Dorauが素直にAndreas Dorau名義と言う1番単純なソロ名義で出したのが、4枚目のアルバム"Ärger Mit Der Unsterblichkeit (エルガー・ミット・デア・ウンシュターブリッヒカイト)で、1992年に ATA TAKからリリースしています。

Andreas Dorau album "Ärger Mit Der Unsterblichkeit"

この作品は、どうも、1988年にミュンヘンのクラブで、彼が耳にしたアシッドハウスに影響を受け、その中でも特にサンプリングに啓示を受けて、オール・エレクトロニクスで作製されたアルバムとなっています。その後も、オール・エレクトロニクス路線を確立させた5枚目のアルバム(ソロ名義では2枚目)"Neu!"を新興レーベルMotor Musicから1994年にリリースし、その後1997年には2枚組アルバム"70 Minuten Musik Ungekarter Herkunft (70ミヌーテン・ムジーク・ウンゲカルター・ヘールクンフト)をElektroMotorから出してますが、このジャケ写では、髪の毛の色がブルーネットから金髪に変わっており、印象がかなり違いますね。それで、これら2つのアルバムの曲は結構、リミックス盤やシングルカットが為されているらしいのですが、これはDorauの音楽がダンス・ミュージックとリンクしていたことの証左ですね。


Andreas Dorau "70 Minuten Musik Ungekarter Herkunft" album より"Lass Und Brennen"

その後、8年程のブランクがありましたが、6枚目のアルバム"Ich Bin Der Eine Von Uns Beiden (イッヒ・ビン・デア・アイネ・フォン・ウンス・バイデン)"が2005年にMute Tonträger(どうもEMIの傘下のレーベルらしいです)から出ます。このアルバムでは、もはや中年になってしまったDorauが、切々と電子音楽を作り、しっとりと歌う姿が垣間見れます。また、バックには、同郷の人気歌手Alexandra Prince (アレクサンダー・プリンセ)がバッキング・ヴォーカルを務め、また、Die Tödlich Doris(ディー・テードリッヒ・ドーリス; 別項参照)のWolfgang Mullerが約半分の曲の歌詞を提供したりしている点はポイント高いですね。

Andreas Dorau album "Ich Bin Der Eine Von Uns Beiden"


2019年に、Dorauのアルバム"Das Wesentliche (ダス・ヴェゼントリッヒェ)"が、独のTapete Recordsから出ています。通常盤は1枚だけなんですが、特別盤は2枚組でカラーLPとなっています。それから、今、気付いたのですが、現時点での最新作2枚組アルバム"Im Gebüsch (イム・ゲビュシュ)"がやはり同じレーベルより出ています。

Andreas Dorau album "Im Gebüsch" 


永遠の少年であったはずのAndreas Dorauも、実際的には歳は取る訳で、最早中年を越して、何と今年で還暦だそうです!還暦祝いコンサートを2024年1月に地元ハンブルクでやっている動画を見ましたが、それまでは彼の魅力は大人になり切れなかった永遠の少年のキモカワイいギャップ萌えなのかなと思っていましたが、その動画では、「可愛いおじさん」振りがビンビンに伝わってきて、ほのぼのとしてしまいました。こう言う風に歳を取りたいものだとただただ感服してしまいました。

Andreas Dorau 還暦記念ライブ@Humburg 2024/01/19

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Dr K2

ノイズ歴約40年のDr.K2が今まで聴いてきた音楽(主に地下音楽)を出来るだけアナログ縛りで紹介していきます。ご興味のある方はどうぞご自由に観て聴いていって下さい。アングラのコンサルジュ。

twitter:@k2kinky

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