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Q
松下電器産業(現・パナソニック)から、パナソニック(Panasonic)ブランドとしてDVDとゲームキューブの融合機「Q」(SL-GC10)が発売された。ゲームキューブ用のディスク開発のために任天堂と松下電器産業が提携した際に製作が発表された「X-21」が元になっている。任天堂関連商品初のDVD/CD再生対応であり松下はデジタルプラットホームの先駆けと期待していたが、すでにPS2が普及していたことなどにより、ほとんど普及しなかった。 「GAME」スイッチを押すとゲームキューブ側が起動するようになっているが、ゲームキューブ上のメニューでDVD/CD用に拡張された項目などは存在しない。また、任天堂仕様のデジタル映像出力端子はゲームキューブ側専用で、DVDは汎用のS/コンポジット端子からの出力のみとなっている。この端子はゲームキューブ側の出力と兼用している。任天堂仕様のアナログ出力端子は無い。また、DVD側専用の光デジタル音声出力端子がある。電源は内蔵している。底面のサイズが違うため、拡張機器のうちゲームボーイプレーヤーは専用のもの(SH-GB10)を使う。本体、ゲームボーイプレーヤーともに生産は完了している。 Wii発売まで、パナソニックセンター東京にあるニンテンドーゲームフロントにはQが設置されており、新作ゲームを体験することができた。(Wikipediaより)
パナソニック 39,800円 2001年12月14日ヘンリー浜川
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XBOXスペシャルエディション
日本版XBOXの5万台限定のスペシャルエディションです! ブラックスケルトンの本体とコントローラーにAVパックとシリアルナンバー入りのキーホルダーが付いていました!
Microsoft 39,800円 2002年2月22日ヘンリー浜川
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プレイステーション2
PlayStation (PS) の次世代機として開発され、日本では2000年3月、北米では同年10月、欧州では同年11月にそれぞれ発売された。 ゲーム機としての基本スペックが最先端であった上に、実用に耐えるマルチメディア機能(DVDを主要なメディアとして採用・サラウンド環境に対応・インターネットに接続できる・HDDを搭載できる等)を集約し、実用的な意味でマルチメディア化を推し進めることにも成功した。さらにPSとの互換機能を搭載したため、PSのユーザーをそのまま取込むことができた。 発売前から、アーケードゲーム並みに美しいグラフィックと、高価な専用機器しか再生手段がなかったDVD-Videoの再生機能の搭載に関して、全世界的に大きな注目を集めていた。PS時代の人気作の続編も発売されたため、2000年代中盤までは世界1位の人気を誇っていた。 1990年代のグラフィック・ワークステーション並の性能を備えたため、CG映画には遥かに劣るが、ゲームとしては見応えのある写実的な表現が可能になった。プリレンダリングのムービーシーンとゲーム中のグラフィックの格差も格段に減った。本機以後、アーケードゲームから家庭用ゲームへとグラフィックの進化の主役が移って行った。(Wikipediaより) #プレイステーション2 #PS2
ソニー・コンピュータエンタテインメント 39,800円 2000年3月4日ヘンリー浜川
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ネオジオCDZ
2倍速のドライブを搭載し本体サイズの小型化を図った改良型! 読込速度には若干の改善はあったものの、決して短くはないロード時間が存在することには変わりなく、待ち時間皆無のロムカセット版と比較した際の評判が大きく改善されることはなかった。またリリースしたソフトも、そのほとんどはMVSからの移植であり、家庭用のオリジナルのソフトがほぼなかったことから、同時期に発売のPlayStationやセガサターンといった、他社のCD-ROMゲーム機にはソフトのバリエーションでは太刀打ちできなかった。結局のところロムカセット版の終焉よりもかなり早い、1999年に発売の『ザ・キング・オブ・ファイターズ'99』をもってネオジオCDへのソフト供給は終了することになる。(Wikipediaより)
SNK 39,800円 1995年ヘンリー浜川
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プレイステーション
家庭で本格的なテクスチャ付き3Dグラフィックを実現した初めてのゲーム機です! 据え置き型としては初めて累計出荷台数が1億台を突破しました! 1990年代中期に「次世代機」と呼ばれた家庭用ゲーム機の一つ。開発を主導した久夛良木健の独特の技術論や、丸山茂雄らによる従来のゲーム機ビジネスとは異なるレコードビジネス仕込みの戦略で、セガ・エンタープライゼス(現・セガ)のセガサターンや任天堂のNINTENDO64と共に次世代機戦争と呼ばれた市場競争に勝利し、ファミリーコンピュータのヒット以来任天堂が独占していた市場でトップシェアとなった。 CGワークステーションの仕様を縮小したような設計になっており、3Dゲームで最高の性能が発揮されるように作られた。当時は2Dゲームが数多く発売されていた時代であり、大多数のゲームメーカーが3Dの採用を時期尚早と捉え、2D描画性能を重視する中、3D専用設計のゲーム機を開発すること自体がリスキーな挑戦であったが、実際にプレイステーションが市場に投入されると、美麗かつ高速に動作する3Dグラフィックスは各界に大きな衝撃を与えることになった。特に、ローンチタイトルのリッジレーサーはプレイステーションの性能を知らしめる上で、良いベンチマークソフトとして機能した。当時のゲームクリエイターは3Dという新たな表現手法を使って実験的な作品を世に送り出し、ゲームの幅を大きく広げて行った。(Wikipediaより)
ソニー・コンピュータエンタテインメント 39,800円 1994年ヘンリー浜川
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PCエンジン DUO-R
DUO-Rは、DUOの廉価版です! 本体のカラーリングの変更とヘッドフォン端子やバッテリー端子等が省かれました! 1993年のグッドデザイン賞を受賞しています!
NEC-HE 39,800円 1993年ヘンリー浜川
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PCエンジンスーパーグラフィックス
高機能のPCエンジンとして発売されました! 専用ソフトが5本、両対応ソフトが1本発売されました! CO-ROM2と接続するには専用のアダプタが必要でした!
NEC-HE 39,800円 1989年ヘンリー浜川
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m5pro
m5proは、m5の本体の色が変わって、価格も安くなって発売されました! BASICのカートリッジは、付属しません!
ゲームパソコン SORD 39,800円ヘンリー浜川
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マイビジョン
ニチブツ唯一の家庭用ハード! ゲームカセットは、全6種類!ラインナップは大人向け?
販売 関東電子 製造 日本物産 39,800円 1983年ヘンリー浜川