京都都市計画街路網図並区画整理区域図

0

地図は大正14年12月のもの。その上に、昭和3年9月付けの計画図を書き入れたもの。
もちろん私は生まれてはいません。
興味深いのは,現在の幹線道路が,当時はまだほとんどなかったということ。北大路,東大路,西大路なども,この頃から拡張されたことがわかります。
しかし,町並みを縫うようにある細い路地などは,現在とほとんど変わっていないこともわかります。
葉樹林のある,智恵光院通り,鞍馬口通りも当時のまま。
ただ,おもしろいのは,この地図での智恵光院通りは,現在の通りではなく,東へ二筋ズレていました。
つまり,通りの様子はそのままですが,通り名が変わったということになります。
以前に話題にしました「京の通り名」まるたけえびすに・・・
ひょっとしたら当時と現在では違った通りを指していたかもしれませんね。

地図の北側の東西の計画道路が現在の北大路。
西側,南北の通りが千本通り,東側,南北の通りが現在の堀川通りになります。
京都は,これらの他に御池通りが幅広い通りとして知られています。これには,戦火の延焼を避けるためということを聞いた事があります。そうだとしたら,ちょっと複雑な気持ちです。

Default