中期シルル紀の謎のオンコセロイド同定
初版 2024/02/16 20:10
改訂 2024/02/25 09:23
前置き
Oncoceras sp.として販売されていた標本を購入したものの、本属に関する知識がなかったため、調査を兼ねて同定した経緯を綴る。

Austinoceras sp.
https://muuseo.com/Nautil_Works/items/39

写真:Oncoceras sp.として販売されていた購入標本
産出年代の矛盾
今回入手したのはゴットランド島の中期シルル紀ウェンロック層から産出した標本。
オンコセラス属は中期オルドビス紀の属なので明らか違う。
購入元はドイツで地質調査員の認定を受けているセラー。
極めて専門性の高い化石を取り扱う、ちゃんとしたセラーなのに同定する気がさらさらない。
白亜紀アンモナイトを雑な属名で売ってる怪しい業者は信用出来ないけど、情報が少ないノーチロイドはこうした事が当たり前の世界。
自分の知識を増やせばいい話しなので、産地情報さえ保持してれば気にせずにゴリゴリ収集する。
古い資料を頼りに調査
オンコセラス目は目の生存期間が長く、ノーチラス目、オルソセラス目、シュードオルソセラス目に次いで産出・流通が多い割に
目をまとめた様な便利な資料がない。
いざ自分で同定しようと調べたけど時代や形態が様々で、どう手をつけたら良いかわからず、結局は古無脊椎動物の教科書パートKに頼る事になった。
※参考資料:Treatise on Invertebrate Paleontology Part K, Mollusca 3, Complete Volume
大昔に編纂されたノーチロイドを目→科別にまとめて、各属の図や写真などがのっている資料。
多くの目では科や属の枝分かれが観れる系統樹が記載されており、系統樹で時代と形態を見て大まかに判別した後に、各科の属の図が記載されたページで漁る流れが楽。
しかし、残念な事に長寿かつ多様なノーチロイドの一大グループ、オンコセラス目に限ってその図が載っていない。
オンコセラス目の項目から
下記、特徴を持つ属を手当たり次第に探っていく
・シルトコーン(曲がり殻)
・曲がりの頂点が1番太いズングリ型
・殻口がすぼみ傾向
そして形態的類似の属を見つけたらWebで調査して時代の整合性を確認する。
・中期シルル紀
産地の整合性は無視。
ノーチロイドは産例少なすぎて、そこまで言い始めると何もできなくなる。
この流れで古い資料を頼りに調査して行く。
古い時代のオンコセラス科
オンコセラス科の項目にオンコセラス属を見つけた。
ズングリ形のシルトコーンで、確かに形態的には同系統。

引用:“Treatise on Invertebrate Paleontology Part K, Mollusca 3, Complete Volume”
中期オルドビス紀~中期シルル紀頃に栄えたらしいオンコセラス科。
形態的に類似しているのは軒並みオルドビス紀の属ばかりで、中期シルル紀に類似する属が見当たらなかった。
その為、別の科も調査することにした。
新しい時代のブレビコセラス科
ブレビコセラス科に所持標本似の属を見つけた。
1b~1C:Brevicoceras
4a~4b:Wissenbachia

引用:“Treatise on Invertebrate Paleontology Part K, Mollusca 3, Complete Volume”
中期シルル紀~後期デボン紀に生息していたブレビコセラス科。
今度は、形態的類似の属が軒並みデボン紀産。
似てない種に限って中期シルル紀だったりする。
更に別の科を探してみる。
オンコ史中世のアクレイストセラス科
アクレイストセラス科も類似形態の属が多数見つかった。
更にアクレイストセラス科はシルル紀中期を中心に繁栄していたらしい。
他の科と違って期待出来る。


引用:“Treatise on Invertebrate Paleontology Part K, Mollusca 3, Complete Volume”
更に時代を考慮して3属に絞れた。
page220,5a~5b:Austinoceras
page220,7a~7c:Streptoceras
page221,2a~2b:Euryrizoceras
Austinocerasが1番近いかな。
外観も1番近いけど、更に隔壁の間隔が近しく、所持標本同様にカーブ&膨らみの頂点を過ぎた後も隔壁が続いてる。

通称ノーチロイドの教科書の中ではこれ以上に近しい属は見当たらなかったため、暫定でAustinoceras sp.として扱うこととした。
オンコセラス目はノーチロイドの中でも流通が多く、個人的な所有数も多いので目全体をまとめた新しい資料が欲しい。
教科書は情報が古いという難点以外にも、各属の時代とサイズ感が直ぐにわからないのも残念。
更に贅沢を言えば種まで記載した資料が欲しい。
余談(ディスコソルス目の類型種)
一応、他も含めて論文全体を舐めてみた。
外観だけならオンコセラスの他の科よりディスコソルス目に類似形態の属が確認できた。

引用:“Treatise on Invertebrate Paleontology Part K, Mollusca 3, Complete Volume”
私の大好きなディスコソルス目フラグモセラス科の始祖形態である
5a~5b:Protophragmoceras
もほんの少し似ている。

引用:“Treatise on Invertebrate Paleontology Part K, Mollusca 3, Complete Volume”
因みにディスコソルス目はオンコセラス目から分化した説が唱えられてる別のグループで、連室細管のつくりが異なる。
外観が酷似した属種も間々あるけど、半分にカチ割るかCTで中を見ないと同定困難。
かなり保存状態がよくて超絶綺麗にプレパレーションされていれば話は変わると思う。

引用:“Early cephalopod evolution clarified through Bayesian phylogenetic inference”

Arato510
オウムガイ類、アンモナイト類、べレムナイト類などの頭足類化石を専門に収集するコレクター。
造形美に惹かれてアンモナイトを収集される方も多いので、世間では化石頭足類の花形に当たるアンモナイト目が収集の中心に据えられておりますが、私の場合は元来、生物が好きなたちで、同綱内での種の多様性や進化の系譜に惹かれて化石頭足類を収集しているため、各目を幅広く収集しております。
特に傍流が好きで、ノーチロイド(ノーチラス目以外のノーチラス亜綱の仲間)をメインターゲットに、次いでアンモノイド(アンモナイト目以外のアンモナイト亜綱の仲間)をサブターゲットにして、玄人好みのコアな標本を中心に収集しております。
オウムガイについて日本語の文章ではオウムガイ亜綱やオウムガイ目などと表現するのが一般的ですが、私の文章ではノーチラスに統一して表現するよう心がけてます。
他は学名のカナ表記にもかかわらず、オウムガイだけ和名なのが統一感がなく気持ち悪いからです。
一応、理系分野なんだからロジカルに統一して表現したいという思想から、他所ではあまり見かけないノーチラス目という違和感のある表現を多用しております。
でも、たまに染みついた既成概念に引きずられて、オウムガイ亜綱などと表現して混沌とした文章になることもあります。
また、特にノーチロイドについは、専門性の高いセラーでも誤った同定をする様な二ッチな領域です。
そんな状況の中でド素人の私が資料を頼りに頑張って同定している標本も多数あります。
同定や属種名称の読みに関して誤りがありましたら、ご指摘頂ければありがたいです。
https://twitter.com/Nautil_Works
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