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高徳院
平成27年2月9日 奉拝 本尊は「鎌倉大仏」、「長谷の大仏」とも呼ばれる阿弥陀如来像。 平成16年(2004)2月27日、境内一帯が「鎌倉大仏殿跡」の名称で国の史跡に指定。 「吾妻鏡」には、暦仁元年(1238)、深沢の地にて僧侶浄光の勧進によって「大仏殿」の建立が始められ、5年後の寛元元年(1243)に開眼供養が行われた記述がある。 「東関紀行」では筆者は仁治3年(1242)、完成前の大仏殿を訪れており、その時点で2/3ほど完成していた事、大仏は銅造ではなく、木造であった事を記している。
佐藤孝雄 鎌倉大仏 不詳 浄土宗誌稀京兵
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花園稲荷神社
平成30年2月13日 奉拝 主祭神 倉稲魂命(別名:豊受姫命) 創建年代は不詳だが、五條天神社が移転してくる以前からこの地にあった。 一説によると、空海が東寺の門前に建てた稲荷山を太田道灌が勧請したとも、天海が勧請したとも、木食浄雲により再興されたとも伝えられるが、社伝では、承応3年(1654)に天海の弟子晃海により再興されたとされる。 幕末には上野戦争の舞台となった。 明治6年(1873)に周囲が寛永寺の花畑である事から、花園稲荷神社と改名され、現在の社殿などが整備された。
5月25日 不詳 東京都台東区上野公園4-17 医薬祭(毎月10日)誌稀京兵
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瀧尾神社
平成28年11月25日 奉拝 主祭神 大国主命 弁財天 毘沙門天 創建年代は不詳だが、平安末期に書かれた「源平盛衰記」には「武鶏ノ社」と言う記述がある事から、この頃には存在していたと考えられる。 しかし、応仁の乱によって焼失し、吉坂に移って多景の社と改称して鎮座していた。 天正14年(1586)10月に豊臣秀吉が方広寺大仏殿を建立したことに伴って、現在地に遷座した。 その後、宝永年間に江戸幕府の命令によって改築され、社号も多景の社から現在の瀧尾神社と改称した。 拝殿の天井には江戸時代後期の彫物師である九山新太郎が制作した全長8mの龍の木彫り像が飾られている。 この龍の木彫り像があまりにも精密に作られていたために住民の間で「夜になると龍が動き出して水を飲みに行く」と言う噂が立ったために、神社は龍が逃げ出さない様に金網を敷いた。(現在は金網はない)
神幸祭(9月最終土曜日) 不詳 京都府京都市東山区本町11丁目718 村社誌稀京兵