-
HEWLETT PACKARD HP-42S
2台目の電卓として購入したHP電卓。 1台目であるHP-15Cが存分に働いていたのでこれを買う理由は全くなかったのだが、当時はHP電卓に入れ込んでいてNIFTY SERVEのHP電卓フォーラムなんかに入り浸っていた。情報源が書籍からBBSに変わりつつある時代で、「逆ポーランド法電卓はとてもいいよね」という同志の声がモデム越しに雨のように降り注いできた。独身だったし、残業代を吸い上げられた形。 当時のHP電卓らしくプログラムの実行がめちゃくちゃに遅いのだが、なんといってもスタックの2段表示と複素数の一発表示機能にしびれた。複素数はHP-15Cでも存分に使えたが、表示だけはキー操作で実部と虚部を切り替えて見る必要があった。HP-42Sではそれが一目でわかるように改善されている。HPらしいクリック感のあるキーも健在。 英語の変数名を使えるとか、ディスプレイ下にメニューが表示されるなどの機能があるが、それらは大して使わなかった。自分が回路設計をやっていればカスタムプログラムを入れたろうが、プログラマだったので計算自体が仕事に不要だったという事情もある。時代的に、電卓が設計の現場を変える・支える時代は終わり、コンピュータこそが未来を拓く時代になっていた。他社に比べると内蔵プロセッサの性能は大きく劣る。HP自身、このころは社内の設計がコンピュータベースに移行していたはずだ。作っている本人たちも(もう電卓の時代じゃないよなぁ)と思っていたのではないか。 一方で、HP-42Sは私のそばに置く用途としては過不足のない機能を備えていた。表示はHP-15C同様に少数・科学・技術表示ができる。16進数も使える。角の表現を弧度法・ラジアン・グラジジアンから選ぶこともできるのもHP-15Cと同じ。電卓は目の前にあるキーの機能だけで使うのが一番気持ちいい。マニュアルを横にメニューを掘り下げて関数を探すくらいなら、コンピュータを使う。だから、キーの範疇でどこまで使いやすいかが勝負だ。その点、HP-42Sは私が使う(あるいは欲しい)電卓として非常によかった。 電池カバーは半透明になっており、赤外線プリンタにデータを送ることもできる。 そういえばこの電卓は電池の自己放電が大きい。HP-15Cの自己放電がとても少なかっただけに性能が悪くなったように感じた。筐体もHP-15Cに比べると、ちょっと垢抜けない感じがする。こうやっていろいろ書くとまるで駄作だと感じていたように思えるが、そんなことはない。HP-42Sはとても良い電卓だ(と思っていたし今も思っている)。ところがNIFTYではいまいちウケが悪かった(ように思う)。最近HP-42Sについて調べたらとても評価が高い電卓であるとのこと。NIFTYにおけるあの盛り上がりの悪さは何だったのだろうと首をかしげている。 HP電卓は他にも手を出したが、最初に買ったHP-15Cとお気に入りだったこれのほかは全部手放した。
3431S03420 電卓 HEWLETT PACKARD酔漢📻
-
HEWLETT PACKARD HP-15C
初めて買った電卓。 大学でも「アルバイトをしてPC-9801を買った」という友達がクラスの中で脚光を浴びた時代。プログラマブル電卓も当時のコンピュータ雑誌によく紹介されていた。 当時のHP電卓はプログラマブル電卓であるHP-41Cがハイエンドとされていて、HP-15Cはその次の世代のハイエンドと考えらえていた。HP-41Cのような拡張性はない一方、行列演算や複素演算が追加されて輝くほどの存在感だった。さすがに行列の入力には難儀するが、複素数演算機能には力率の計算でおせわになった。HPのマニュアルは例題も豊富だが、回路の計算が多いのは最初のユーザーが自社の回路設計者だということもあるのだろう。 HP-41Cまでの電卓が黒を基調としたごつい形のデザインであったのに対して、HP-15Cをはじめとする新世代電卓は薄くスマートなデザインになった。薄くはなったが、キーは整形プラスチック製のしっかりした押し心地のもので、使っていて気持ちがいい。カメラのフィルタを外し忘れたので液晶が変な色だが、実物はきちんと表示される。 多くの機能を持っているのでシフトキーをつかってキーに複数の機能を載せている。よく見ると、fキー(オレンジ)の機能は本体に書いてあるが、gキー(青)の機能は傾斜したキーの前面に書いてある。この書き分けのおかげで、ボディがごちゃごちゃせずにすんでいる。キーの形は初代から続くキートップが前傾したデザインを継承したうえで、前面も傾斜させてgキーの機能を見やすくしている。 あまり語られないが、異様に電池の持ちが良いこともこの電卓の特徴だと思う。電源スイッチは物理的に電池を切り離しているわけではないので、微弱な電流が流れているはずだが、感覚的に10年近く電池が持つ。あるいは日本製電卓だとそのくらいもって当たり前なのだろうか。 機能と使いやすさと所有欲を満たすデザインが高いレベルでバランスしている。値段も当時の日本製電卓に対して頭ひとつ抜けていた。この電卓は百貨店の文具売り場で購入した。私が育った街ではそこでしか扱っていなかったのだ。 このころのラインナップにはHP-16Cという有名なプログラミング電卓がある。HPはそもそも測定器メーカーであり、HP-15Cは自社の測定器開発者が欲しい機能、HP-16Cは電卓開発者自身が欲しい機能を盛り込んだのだろう。と、思っていたのだがHP-15Cに行列や複素数を入れたのはHPのコンサルタントをしていたウィリアム・カーン博士の希望だったらしい。 https://wakimiunten.hatenablog.com/entry/2021/02/15/204539 しかしながらそのHP-15Cも機能競争の中で代替わりし、HP-16Cは市場がないため1代限りで消えていった。HPと直接関係ない金融分野向けのHP-12Cだけが現在に至るまで生産されているのは、多少の皮肉を感じる。 HPの電卓には熱心なファンがついており、この電卓も今でも世界中で大事に使われている。購入から35年経つが、私も普段から机の上においてちょっとした計算はこの電卓を使うことが多い。
2441A91468 電卓 HEWLETT PACKARD酔漢📻
-
Muldivo Model M 機械式計算機
1940年前後の製造と思われる機械式計算機。 Muldivoは1912年創業のロンドンの輸入商社で、外国製の機械式計算機に自社のブランドを付けて販売していた。Muldivo Model Mは、Thales社のModel Mだと思われる。Thales社はこのほかにも数機種をOEMとしてMuldivoに供給している。 この計算機(シリアル番号26651)はebayで購入した。筐体は第二次世界大戦までの流行だった黒塗りの板金だが、メッキや塗装の痛みが非常に少ないきれいな状態だった。ゴム足が完全に硬化してぼろぼろになっている点は、経年を考えれば仕方ない。 各ハンドルや値数レバー、カーソルの動きはスムーズだが、桁送りだけが重い。油が劣化している可能性もあるので一度分解してみようと思っている。 機械式計算機は形ばかり見るものではない…とは思うのだが、この製品は状態もよいうえに戦前のデザインの良さを小さな外形にギュッと濃縮しており、見ていて飽きない。機械を据え付ける土台やクランクハンドルを支持する部品には鋳鉄が使われており、角張った板金とのコントラストが美しい。メッキに劣化がないことや置数レバーの持ち手部分の細工の細かさ、エッジの加工は製造が丁寧だったことを思わせる。 なりは小さいが、動作音は驚くほど大きい。この形式の計算機(オドナー式計算機)は、置数レバー(Muldivoのロゴの右に並んだ数字の部分にレバーがある)をオール9にセットした時が、一番動きが重くなる。この状態で右奥のクランクを回すと、ガラガラとやや無神経な音が響く。また右手前のクリア・レバーを回転させると、ガチガチと音を立てて、右手前のダイヤルがクリアされる。キャリッジ(手前に二か所数字が並んでいる部分)をシフトさせる際には、バチン、バチンと音がする。小さな子供なら驚いて泣き出すだろう。事務所で使うにもうるさかったのではないか。 ただ、音は大きいものの加工が悪いといった風ではない。どこを触ってもしっかり作られていると感じる。 なお、この計算機はカウンターに桁上げ機構が付いていない。そのため「アンダーフローのベルが鳴ったら桁下げして、クランクを逆に回す」という後年の機械式計算機で使える割り算の手抜きテクニックが使えない。ベルが鳴ったら、その場でクランクを1回逆転してから次の桁に移ることになる。もっとも、手抜きテクニックはクランクの回転方向を覚えなければならないので私はあまり好きではない。 ところで、この製品には製造時期の記録がない。機械式計算機には海外に熱心なファンがいて膨大な資料を集め、公開している。しかし、Muldivoが輸入商社に過ぎなかった上にThalesがマイナーかつ特徴の少ない製品を製造していたせいか、両者に関する資料は少ない。なので、シリアル番号から製造時期を推察することはできない。 ところが、公開されている広告にヒントがあった。機械式計算機の情報を集めているRechnerlexikonのThales Model Mのページに製造されていた当時の広告が出ている。 http://www.rechnerlexikon.de/en/artikel/Thales_M この広告のモデルは、私の計算機とほとんど同じ形をしている。機械式計算機は内部構造が同じでもハンドルの持ち手などが結構変わる。実際、この広告のモデルと私の計算機は正面手前の桁送りのつまみ形状が違う。私の計算機のつまみの形状はThales社の製品でもModel Mにしか見られないらしい。おそらくは最初は他の製品と同じつまみで製造を始めて、後からこのつまみの形になったのだろう。そうすると、広告が打たれたよりも後に製造されたものと思われる。 ところでこの広告主だが、住所がWurzburgのアドルフ・ヒトラー通りになっている。Wuzburg市の情報を調べてみると、アドルフ・ヒトラー通りは1933年に劇場通りから改名され、1945年に元の名前に戻されている。 http://www.fkg-wuerzburg.de/inhalte/schule/faecher/geschichte/facharbeiten/kiesel/data/hitler.htm ということは、広告が打たれたのは1933年以降となる。 一方、イギリスとドイツの間の貿易に関しては、「1940年のダンケルクの戦い以降、ドイツ製計算機が手に入らなくてイギリス陸軍が困ったことになった」と言う面白いエピソードがある。 http://www.vintagecalculators.com/html/the_twin_marchant.html ということは、MuldivoもそのころにThalesから輸入できなくなっただろう。私の計算機は1933年から1940年ごろの製造だと思われる。 さて、この計算機にはMuldivoのロゴの上に銘板が貼ってある。機械式計算機では筐体にブランド以外に取扱店の銘板が貼ってあることがある。何分安くない製品なので「追加のご注文と手入れのご用命は当店に」ということなのだろう。手入れの時に板金を塗りなおすサービスもあったらしい。 ところが、この計算機の銘板を見ると C.R.BRENIG KARLSRUHE KARLSTR.1 とある。最後はKARLSTRASSE 1の略らしい。つまり、販売代理店と思われるC.R.BRENIG商会(?)はドイツのカールスルーエ市カール通りにあったということになる。 これはおかしい。今ほど物流が盛んではない時代だ。輸入にはそれなりに手間も金もかかる。わざわざロンドンに輸出したThalesの計算機をドイツに輸入する理由がない。何しろ、全く同じThales Model Mをドイツ国内で売っているのだ。 そしてC.R.BRENIGについてもわからない。この社名が機械式計算機と一緒に現れるのはオークションだけで、しかも決まってMuldivoの銘板としてあらわれる。Thalesではない。 ここで地理の話になるが、実はカールスルーエ市はThalesの本拠地であったRastattの目と鼻の先にある。 そうすると、こういう妄想を我慢することがとても難しくなる。つまり、ダンケルクの戦い以降に英独貿易が途絶えたため、Thales社では本来輸出向けとして製造したMuldivoブランドの部品在庫が宙に浮いてしまった。加工にかけた人件費を考えると、鋳つぶしてしまうのは忍びない。そこでThales社はブランド・オーナーであるMuldivo(敵国である)に黙ってドイツ国内の非正規のルートで横流ししてしまったのではないか…。 妄想は妄想でしかないし、これはThales社の名誉を損なう妄想だ。しかしこれが当たっているなら、製造時期は1940年以降で、おそらくは1941年あたりまでだろうと思われる。 使用痕があまりないこの計算機は、どうやら第二次世界大戦初頭に製造され、その後をドイツで過ごしたらしい。カールスルーエ市はイギリス空軍による激しい爆撃を受けている。どんなふうに戦争を生き延び、21世紀にたどり着いたのだろう。 この機械を見ていると、そんなことを考えてしまう。
機械式計算機 Muldivo ebay酔漢📻