苦い記憶

初版 2023/06/30 12:32

マックで描きました。」なんて但し書きがあって、よくボクの所に画像が送られてくる。
当たり障りのない返事を書いてごまかすが、海外からでかいファイルが来るとホントに頭に来ることがある。
Macで描こうが、Windowsであろうが、LINUXを使おうが、足で描こうが、鼻にタブレットを突っ込んで描こうが、問題は絵が上手いか下手かなのです。

稚拙とかどうとかではない。特に形成的な想像、復元を念頭に置いている絵描きにとっては、自分の描く対象のイメージがしっかりしている事が大切だと思っています。頭蓋骨を見た時、頭の中で肉付けしてゆく過程がね。現代の動物との近似性や、習性とかも参考にしつつ、自分なりのフォルムを作る。これは絵画を制作するうえで少し、異端な作業だと思っっています。この代表は研究者の描く画像です。発見された対象が何であり、どんな役割を果たしていたか、どの部位を形作っているものなのか、それを描く。ボクにはできない。

僕らはその入り口に立って、興味をそそるグラビアを描く画家のようなものだと思っています。


 だから、葉書に子供が鉛筆でいたずら描きのように制作したステゴサウルスに後頭部を殴られるようなショックを受けることもある。それは自分がすでに失った、人類が平等に持っていた絵描きとしての当たり前の才能だったはずなのに、いつの間にか成長して退化したもの。
「俺だったら、ここでやめられないなあ…、もっと描き込んでしまうなぁ」と思ったりして………

子供の頭の中では彼の中に膨らんだ創造意欲がその絵で完結してるんですね。これは古今の偉大な画家でも同じですね。彼らは様々な理論の上に積み上げたものを技術と手法でうずたかく練り上げ、キャンバスに向かう時その一切を忘れて没頭できる子供の脳を持った大人なのです。

それは何を使って描こうが変わらないことです。

ボクは、マックには苦い思い出がある。そのころマックでなければ使えないソフトがいくつもあった。まあ、マックが悪いわけじゃないだろうけど、人間追いつめられてる時に機械が妙に人間的で説教臭いと逆に腹が立ってくることがあるんです。


 N.Y.タイムズの日曜版にサウロロフスの頭部をモノクロで掲載するという話があったとき、ボクはほぼ徹夜で仕上げなけれなならなかった。
その夜は快調で、あっという間に時間が経過し、明け方の4時頃には仕上がった。で、ファイルを保存しようとした瞬間、出たんだな。爆弾マークが。涙が出たね。(今はそんなことはないだろうけど昔から使ってた人はわかるよね。)
 それまで快調に進んだワーキングはここで大渋滞。どうやってもどうにもならない。快調な時ほど集中するのでバックアップを忘れるものなのよ。
 泣く泣く強制終了したら、正しいシャットダウンを行わなかった云々、こうして下さい云々…ブツクサ………
『てっ、てめえがフリーズしといて、その言いぐさはねえだろ!?この!』
明けてくる空の色が薄白く色づいてきた頃、ボクは担当者にその仕事をキャンセルしたいとのメールを送った。
 20日くらいして、ボクはDOS/V機を机に据えた。
 自戒の意味も込めて、いまだにボクはその時の画像を契約書にロゴとして使っている。このジャーナルの表紙の絵です。

古生物を中心に動物(想像上のもの)を含め、現代動物までを描くイラストレーターです。
露出度が少ない世界なので、自作の展示と趣味として行っている地元中心の石ころの展示を中心に始めようかと思っています。
海と川が身近にある生活なので気分転換の散歩コースには自然が豊富です。その分地震があれば根こそぎ持っていかれそうなので自分の作品だけは残そうかとAdobe stockを利用し、実益も図りつつ、引退後の生活を送っております。
追加ですが、
古いものつながりで、音楽についてもLabを交えてCD音源の部屋をつくっています。娘の聴いてるような音楽にも惹かれるものがありますが、ここではクラッシックから近代。現代音楽に散漫なコレクションを雑多に並べていきながら整理していこうかと思っております。走り出してから考える方なので、整理するのに一苦労です。

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