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1974 (27TH) SPARK BRABHAM BT44 R.OPEL
リヒテンシュタイン出身 オペル一族 リッキー・フォン・オペル リッキー・フォン・オペル 出生地はアメリカ 国籍はF1で唯一となるリヒテンシュタイン 曾祖父はドイツ自動車メーカー オペルの創始者アダム・オペル 1972年イギリスF3 チャンピオン 1973年エンサインからF1デビュー 1974年開幕戦のみをエンサイン R4スペインGPより R・ロバーツの代わりに ブラバムのセカンドドライバーとして出場 資金持ち込みでシート獲得 R4スペイン R5ベルギー 連続リタイア R6モナコは予選落ち R7スウェーデンGP予選20位→決勝9位 R8オランダGP予選23位→連続決勝9位 R9フランスGPは予選落ち この後ブラバムのセカンドドライバーは カルロス・パーチェとなり リッキー・フォン・オペルの F1でのキャリアは終了 その後タイの田舎にある仏教僧院で僧侶となり 外界との連絡を絶っている状態と言われている モデルはスパーク R7スウェーデンGP仕様 予選20位→決勝9位 ゴードン・マレー作 三角断面モノコックなど 特徴的なフォルムのBT44 シーズン終了後 富士スピードウェイで F1のデモンストレート・ランに カルロス・ロイテマンがこのマシンで出走 桑島正美もBT44をテスト走行させている 🏁リッキー・フォン・オペル(リヒテンシュタイン) 【決勝出走数】 11回(入賞0回 予選落ち回) 【予選最高位】 10位 1973年 ENSING R10オランダ 【決勝最高位】 9位(2回) 1974年 BRABHAM R7 スウェーデン 1974年 BRABHAM R7 オランダ
240215 R.OPEL 1974 8FW12C
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1998 (21ST) PMA TYRRELL FOAD 026 T.TAKAGI "TOWER WING″
ティレル026は他のチームとは異なり "TOWER WING″をデザイン段階から 取り入れたマシンであった 禁止となったR5スペインGPからは ダウンフォース不足となり苦戦 約5%程度が失われたと言われている チームは翌年以降のB・A・R体制に移行で 現行マシンの開発が継続されなかった事も 成績不振の原因となった 前年はその形からXウイングとも呼ばれたが 1998年はサイドポンツーン上部に 垂直に伸びる形状となっていた 長き歴史において1976年の6輪車や 1990年のアンヘドラルウイングなど ユニークな技術が導入されたティレルの 最後が"TOWER WING″のマシンであった #F1-1998年
230330 T.TAKAGI "TOWER WING″ 2.222FW12C
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1988 (24TH) SPARK LARROUSSE LOLA LC88 P.ALLIOT
#1988
P.ALLIOT 30 1/43 CAMELFW12C
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1992 (25TH) SPARK VENTURI LARROUSSE LC92 LAMBORGHINI U.KATAYAMA
大阪ROMU別注モデル #1992年 #F1-1992年
U.KATAYAMA 500 30 1/43FW12C
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1991 (31ST) PMA JORDAN FORD 191 A.ZANARDI
R14スペインGPよりR.モレノに代わり A.ザナルディがデビュー 予選20位→決勝9位完走 R15日本GPでは7UP→PEPSIに変更 これは日本で7UPがあまり 流通していなかった為 スポットでUSEN440と日清製粉が 日本GPではスポンサーサポート FUJIFILM SHOEIなど多くの ジャパンマネーが支えています 最終戦のオーストラリアでは 再び7UPにもどっています(画像4) #1991 #F1
A.ZANARDI 32 1/43 JORDANFW12C
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1987 (25TH) SPARK AGS JH22 P.FABRE
チームAGS 初のフル参戦 新人 パスカル・ファブル起用 JH22 フランスの小規模チームAGS 前年度イヴァン・カペリを起用して スポット参戦し1987年はフル参戦 ドライバーは地元フランスの パスカル・ファブルを起用 1986年国際F3000は1勝 ランキング7位 AGSはエンジンをモトリーニ・モデルニから 自然吸気のフォードコスワースDFZ ピレリ→グッドイヤーに変更 常にテールエンダーながら 開幕戦12位でチーム初の完走後は 7戦連続の完走で最高位は9位(2回) R11イタリアGPからはオッゼラが 2台エントリーを開始した為27台以上となり 状況が変わり以後4戦中3戦予選落ち R14メキシコGPでファブルは解雇され チームはロベルトモレノを起用 ファブルのF1はこの年限り ルマン24時間には11年エントリーし 2001年はクラス優勝(総合5位)をしている モデルはスパーク R2サインマリノGP仕様 予選26位→決勝は13位完走 ファブルのAGSのモデルは R7イギリスGP仕様もリリースされている https://muuseo.com/FW12C/items/166 https://muuseo.com/FW12C/items/551
P.FABRE 1987 14 1/43FW12C
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1988 (25TH) CP LIGIER JS31 S.JOHANSSON
S.ヨハンソンはマクラーレンより移籍 チームメイトはフェラーリ時に入れ替わった R.アルヌー。エンジンはJUDD V8 試行錯誤するも浮上のきっかけつかめず まさかの6度の予選落ち。 リジェの地元のR7フランスGPで2台ともDNQ チームは年間ノーポイント。 ヨハンソンは9位が最高位(アルヌーは10位) CP MODELの出来はあまり良いとは言えないのですが スキマモデルを埋めるために購入 しかしながら現在はSPARKで LIGIER JS31が発売されています ヨハンソンは失意の1年 #F1-1988年
S.JOHANSSON 26 1/43 LIGIERFW12C