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マクラーレン・メルセデス MP4/12
マクラーレンのカラーリングがマルボロからウエストになった97年。クルサードが開幕戦のオーストラリアとイタリアに勝利してシーズンが進んでいた。ミカはルクセンブルクGPで自身初のP•Pを獲得し、44周目までトップ快走もエンジンブローで初優勝が消えた。だが最終戦ヨーロッパGPで様々なドラマが起きる。ミハエルとジャックの接触でチャンピオンが決定してミカが襲いかかって抜き去り、これで初優勝を手にした。運のないシーズンの最終戦の奇跡だった。ポイントはクルサードに負けたが、手応えがあったシーズンだったはずだ。MP4/12はニール・オートレイとスティーブ・ニコルズの設計。エアロダイナミクス面が弱点で、アンダー傾向が強くリアのトラクションも不足していた。だが8月にニューウェイの加入を発表。新たな時代に突入していく。
M・ハッキネン ミニチャンプス 恵比寿 Mrクラフト 2003.5.29ゆーじ
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マクラーレン・メルセデス MP4/11
マクラーレンでのフル参戦3年目。前年最終戦のクラッシュの影響があったのか、前半戦は予選でクルサードに後れをとる姿もあった。だが結果はポイントでは31対18とリードし、ランキングは5位だった。完走13回、入賞12回、表彰台4回と安定していた。MP4/11はニール・オートレイとアンリ・デュランの設計。フロントのグリップが不足していて操縦性が過敏だった。中盤戦からはショートホイールベースのMP4/11Bを投入して成績が上向く。だがダウンフォースの必要なコースではセンターウィングを取り付けて走った。またエンジンのトラブルは極端に少なく、信頼性をしっかり確保していた。そして1974年から続いたマルボロの契約が終了。日本をF1熱狂時代に導いた赤白のマルボロカラーはこの96年で終わりを迎えた。
M・ハッキネン ミニチャンプス 恵比寿 Mrクラフト 2003.4.16ゆーじ
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マクラーレン・プジョー MP4/9
94年のハッキネンは26歳。マクラーレンではセナが抜けてファーストドライバーになる。しかしエンジンをフォードからF1ルーキーのプジョーにスイッチしたことで山あり谷ありのシーズンになってしまった。結果は26ポイントでランキング4位で数字的にはまずまず。しかしリタイアは15戦中7回で、エンジントラブルは4回だがドイツGPでは多重クラッシュの原因になったとして1戦出場停止になってしまった。
M・ハッキネン ミニチャンプス 恵比寿 Mrクラフト 2003.4.16ゆーじ
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マクラーレン・メルセデスMP4/14
荒れたシーズンと言えば1999年を思い出します。ニューウェイ作のMP4/14はメカニカルトラブルに苦しむ。ミハエルの離脱も驚きだった。モンツァの森の涙も話題になった。それでもアーバインに頂点を持って行かれなかったのも彼の実力だろう。こぞってマクラーレンのマシンの形をコピーしたこの時代も懐かしい。
M・ハッキネン ミニチャンプス 東京オートサロン、ミニカーショップイケダブース 2000.1.8ゆーじ