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Abu cardinal C4 spinning reel
Abu cardinal C4 spinning reel 初めて買ったアブのリール。 と言っても、このカーディナルC4スピニングリールは実は、日本で作られたものだったんですね。当時は知る由もなく浮かれていたわけですが・・・。 美しいフォルムの中に、極めて精巧なメカニズムを備えた、カーディナルC4。 デビュー以来、その優れた性能と、味わい或るスタイルで多くの釣り人を魅了し続けています。 ABU社が、世界で初めてスピニングリールに採用したスターンドラッグをはじめ、より滑らかに、より力強くラインを巻き上げていくウォームギヤ、ハンドルの回転数とスプールのストローク数を微妙に調整し、ラインを平均にスプール幅いっぱいに巻きとっていくタイムフェイスドオッシレーション機構など、リールの心臓部には他の追随を許さない高度な技術が駆使されていました。 最も素早く対応できる位置に装備されたボディアンダー部のドラッグツマミ、左手巻き、右手巻きどちらにも対応する左右両用ハンドル、軽量で耐久性に優れたカーボン製スプールを採用し、あらゆるニーズに応える高精度スピニングリールだったのです。 ●魚とのやり取りがが楽しめるスムーズなスターンドラッグ 1954年にABUが世界で初めて開発したスターンドラッグは、調整幅が広く、しかも微調整が出来るので魚とにやりとりが自由自在に楽しめます。 ドラッグツマミはボデーアンダー部の装備されている為、ファイト中でも思い通りに調整でき、使用中にドラッグの強さが変わることもありません。 ●ギアの動作を妨げない逆転防止装置 ピニオンギアシャフトに直接ストッパーが動作するので、ギアには一切負担が掛からない構造になっています。 ●ラインを平均に巻き取るタイムフェイスドオッシレーション機構 減速歯車が、ハンドルの回転数とスプールのストロークに微妙なアクセントをつけ、ラインをスプール幅いっぱいに、しかも平均に巻き取っていきます。 ●正確に、力強く作動するタフなウォームギア ピニオンギアと接する面積が広いので、ギア同士が正確にかみ合い、ラインを力強く巻き上げていきます。また、精密に仕上げられており、長年の使用にも狂いを生じる事が無い充分な耐久性をそなえています。 【cardinal C4 概要】 ギア比 : 1:5.1 LINE CAPACITY : 0.25mm/230m 0.30mm/160m 0.35mm/120m 自重 : 290g 標準小売価格 : 17000円(1985年当時) スペアスプール価格 : 2300円(1985年当時)
釣り具 Abu Garcia 釣具店ta-ke
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LEATHERMAN ポケット・サバイバル・ツール 初代PST
LEATHERMAN ポケット・サバイバル・ツール PST 初代LEATHERMANレザーマンPSTマルチプライヤーツール・ケース付きです。 一度も使用していないので、傷一つなく新品状態です。 40年近く前に、アメリカ軍の払い下げ雑貨を扱うお店で購入したと思うのですが 多機能性が売りだというツールがおもちゃの様に感じたのですが、持ってみるとずっしりとした重量感、おもちゃに見えた各パーツの作り込みは精度が高く、メカニックなものには目のない質の私は、一目ぼれ、価格は覚えていませんが、無理をして買った記憶はあります。 結局は保有している満足感だけで数十年、現在に至っております。 MUUSEOが無ければ、誰の目にも止まることなく今も眠ったままになっている所でした。 初代PST(ポケットサバイバルツール)は、結構貴重品のようですね。 シンプルで飾りっけが無く、武骨な雰囲気がいい味を出していて、レザーの専用ケースもシンプル。そこがまたいいんですね。 直線的で無駄がなく、実用本位。手作りならではの魅力満点です。 初代の完成度の高い造りはその後の多くのマルチツール開発の原点と言えるモデルです。 サイズ : 約W105mm(ハンドル) 重さ約150g (主な機能) ➀ニードルノーズプライヤー ➁レギュラープライヤー /ワイヤーカッター・ストリッパー ③ナイフブレード ④マイナスドライバー極小、中、大 ⑤プラスドライバー ⑥缶切り ⑦ヤスリ ⑧スケールインチ、センチ ⑨リング取り付け具 付属品は専用革ケース [LEATHERMANとは ~レザーマンのルーツは「関」にあり~] 1983年に創業されたLEATHERMANは、アメリカのオレゴン州ポートランドで製造され、 世界100カ国以上に輸出され人々に愛用されています。 実は、初期のLEATHERMANのナイフブレードは、名刀の産地で知られる岐阜県関市で製造されていたのです。 創業当時、創始者ティム・レザーマンはポートランドの小さな工場で初期モデル「PST」を製造していました。 徐々に注文数が増し自社での製造が限界に達していた頃、とあるショーに出展していたティムと関市の老舗刃物メーカーである三星刃物株式会社のニューヨーク支店の社員が出会いました。 それをきっかけに、日本の高い製造技術に惚れ込んだ職人気質のティムは三星刃物と協力し、関市で日本製として量産体制を作り、今日の世界ブランドとなる礎を築いたのです。 岐阜県関市でナイフブレードを製造し、新潟県でプライヤーを製造し、広島県でやすりの目立てを行い、長野県で特殊な熱処理を行い、最終工程は岐阜県関市で完成に至る各パーツの組付けを行い、ポートランドへ出荷していました。 このように、三星刃物のサポートと共に日本各地の高い技術を集約し初期PSTは造られていたのです。 これはLEATHERMANのコアなファンでも知る人の限られた歴史です。 現在では、設計から部品の製造・組立て・出荷まで一貫してポートランドで行われていますが、そのルーツには「関の匠の技術」が生きているのです。 [PST誕生まで] 世界初のマルチツールの試作品「ミスター・クランチ」でアメリカ国内の特許を取得。ニューヨークタイムズ紙にも記事が掲載された。ティムはミスター・クランチの特許を買い取ってくれる企業を探したが、反応は芳しくなかった。 大学時代の友人であるスティーブ・ベルリナーがティムのビジネスパートナーとなり、スティーブの父親を説得してマシーンショップ内でスペースを借りるに至る。こうしてティムらは、小さなガレージファクトリーで自分たち自身の手でツールを製造し始めた。 1983年 試作品であったミスター・クランチからさらに精度を高め、初代LEATHERMANとなる「ポケット・サバイバル・ツール(PST)」を完成させる。 しかしナイフメーカーからは「これはナイフではなく工具だ」と言われ、工具メーカーからは「これは工具ではなくガジェットだ」と言われ、メーカーの反応は依然として鈍かった。 そんな中でマルチツールの先見性に目を付けたカタログ通販の会社から、ホリデー・カタログ用にと少数での注文が入る。 この年の7月、レザーマンツールグループ社が設立された。 1984年 ホリデー・カタログに掲載されたことがきっかけとなり、マルチツールが一般消費者に急速に浸透。1月最初の週に500本を受注し、その1週間後には早くも750本の追加注文を受けた。さらに2週間後には1,000本の追加受注となり、この年、最終的には30,000本を売り上げた。年頭の販売目標は4,000本であったから、想像をはるかに上回る形となった。 会社も大きく飛躍した年となった。 参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=-YlQd9yZ94o https://www.youtube.com/watch?v=W5o0tvRpJ_0 https://www.youtube.com/watch?v=zdmNBDxfD8I
アウトドアグッズ LEATHERMAN® 不明ta-ke