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ドイツ 4輪装甲偵察車Sd.Kfz222(エッチングパーツアルミ製砲身付き)
第二次大戦のヨーロッパ戦線や北アフリカ戦線でその高速性能と路外性能を活かして偵察任務などに大きな働きを見せたのがドイツの4輪装甲偵察車Sd.Kfz222です。手りゅう弾避けのメッシュカバーを備えるオープントップ式の旋回砲塔に20㎜機関砲とMG34機関銃を装備し、最大出力75馬力のV8-108型エンジンをリアに搭載して路上の最高速度80㎞を発揮しました。 こちらは前のMM51のタイプにアルミパーツやジェリカン、ドラム缶などのパーツが付いた豪華版となります。 #タミヤ #AFV #ドイツ軍
35270 MM270 戦車・AFV・歩兵 1/35ちょこ大佐
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THE GREAT BATTLES OF ALEXANDER deluxe edition
『ザグレートバトルズオブアレキサンダー デラックスエディション』は、アレキサンダー3世(大王)が率いたマケドニア軍の戦いをシミュレートしたゲームです。また、このゲームはその後に続くGBOH(グレートバトルズオブヒストリー)シリーズの第一弾になります。 このデラックスエディションは、1991年に発売された『ザグレートバトルズオブアレキサンダー』に、モジュール『ジャガーノート』のシナリオを加え、全部で10本のシナリオが収録されています。これにより、アレキサンダー大王の東方遠征での有名な戦いをほぼ全て網羅しています。 「カイロネイアの戦い」 紀元前338年、マケドニア軍はギリシア南部に遠征してアテナイ・テーバイ連合軍を撃破しました。これはアレキサンダー大王の初陣です。 「ライギナスの戦い」 紀元前336年、マケドニア王となったアレキサンダー最初の戦いは、ブルガリア北部でのトリバリア人との戦いでした。 「ペリアム包囲戦」 紀元前336年、マケドニアとイリリアとの通行を確保するため、アルバニアのイリリア部族と戦いました。 「グラニコス川の戦い」 紀元前334年、コリントス同盟軍との連合軍を組み、グラニコス川畔でアケメネス朝ペルシアと戦った戦いです。 「イッソスの戦い」 紀元前333年、グラニコス川の戦いで敗戦を喫したペルシア軍は、軍を増強し、マケドニア軍の背後の補給線を断つように進軍しましたが、これを知ったアレキサンダー大王は軍を引き返し、イッソスでこれを撃破します。 「ガウガメラの戦い」 紀元前331年、チグリス川上流のガウガメラにおいて、アケメネス朝ペルシア軍を破った戦いです。約4万のマケドニア軍は、実に4倍以上の20万ものペルシア軍を撃破しました。 「ヤクサルテス川の戦い」 紀元前329年にヤクサルテス川畔において発生した、イラン系遊牧騎馬民族であるスキタイとの戦いです。マケドニア軍が渡河する時に、アレクサンダー大王は投擲部隊を川岸に配置し、渡河及び上陸支援攻撃を対岸のスキタイ軍に浴びせました。これは、史実に残っている限り、史上初の上陸支援攻撃です。また上陸後、アレキサンダー大王自身がおとり部隊となり、別動隊の軽歩兵部隊と騎兵部隊の混成軍によりスキタイ軍を壊滅させました。 「サマルカンドの戦い(ゾグディアナ攻防戦)」 紀元前328年、ペルシア遠征中のマケドニア軍がバクトリア北部の要塞に攻め込んだ攻城戦です。 「アリガエウムの戦い」 紀元前327年、ヒンドゥークッシュで行われたインド軍との戦いです。 「ヒュダスペス河畔の戦い」 紀元前326年、ヒュダスペス川で発生したインド諸侯軍との戦いです。アレキサンダー大王の東方遠征において主要な最後の戦いとなりました。 #アレキサンダー大王 #東方遠征
ルールブック(32P) シナリオブック(24P) ユニット754個 22×34インチ両面ソフトマップ3枚 プレイヤーエイドシート2枚 10面体ダイス1個 ジップロック袋 10本 GBOHシリーズ第一弾 戦術級ちょこ大佐
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激闘!キエフ奪回作戦
1943年秋、東部戦線は深い憂いの色に包まれていた。 7月に発動された乾坤一擲の大作戦、シタデレ作戦は失敗に終わり、かって存在したドイツ軍精鋭の大半はクルスクの露と消えた。赤軍の大反抗はドイツ軍を翻弄し、為すすべなく後退を強制される。傷ついたドイツ軍に残されたものはただ希望のみであった。それは、後方にはドイツ本国の防衛線に至るまでの最後の天然の障壁ドニエプル河があり、態勢を立て直す最後の望み”東方防壁”として横たわっていたのである。しかしヒトラーの度重なる死守命令のために”東方防壁”への撤退は遅れに遅れる。結果、ドニエプルへの後退は赤軍との競争となった。 9月、怒涛の進撃を続ける赤軍大部隊は、遂にドニエプル河に到達、赤軍のカネフの北ブクリン橋頭堡からの大攻勢は今や最高潮に達し、”東方防壁”はキエフの北から遂に決壊を始めた。11月3日、バツーティン元帥率いる赤軍軍集団はリュティシ橋頭堡から突進を開始、歩兵30個師団、戦車24個旅団、自動車化機械兵10個旅団のソ連軍が濁流のようにドイツ軍戦線を飲み込んでいった。僅か3日後の11月6日にはキエフが陥落、ドイツ第25装甲師団は圧倒された。これにより、ドイツ中央軍集団と南方軍集団の間に鋭いくさびが撃ち込まれ、統一の取れた戦線はもはや存在しなかった。東部戦線崩壊の序曲が始まった。 しかし、この危機的状況においてもドイツ軍マンシュタイン元帥は慌てなかった。マンシュタインは第48装甲軍団に対して、動員し得るすべての装甲部隊を終結させるように命じた。11月17日、第48装甲軍団は装甲6個師団、歩兵1個師団をもって反撃を開始する。果たしてマンシュタインはキエフを奪回し、東方防壁を再建することができるのか?ドイツ軍最後のパーフェクト勝利となった装甲反撃が今、始まった。 「激闘!キエフ奪回作戦」は、1943年11月3日から12月3日までのウクライナの首都キエフを巡る攻防戦をシミュレートしたゲームです。敗色濃厚のドイツ軍の最後の反撃は果たして成功するのでしょうか? #キエフ #リュティシ橋頭堡 #ドイツ軍最後の反撃
1本 無し 作戦級 1Turn=2日 1へクス=? 1Unit=師団~軍団ちょこ大佐