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THE BIG PUSH
「ソンムの戦い」 ソンムの戦いは、1916年7月1日から11月19日までの間、フランス北部のソンム河付近で発生した第一次世界大戦中最大の会戦です。イギリス・フランス連合国側が300万、同盟国側ドイツ軍が150万の兵力で激突、最終的に両軍合わせて100万以上の死傷者が出ました。また、この戦いは史上初めて戦車や軽機関銃が登場した戦いでもあります。 『ザビッグプッシュ』は、第一次大戦最大の会戦、ソンムの戦いをシミュレートしたゲームです。第一次世界大戦での戦いは、”塹壕戦”と呼ばれ、進化した火器が両軍に十分に行き渡ったこともあり、塹壕を構築して敵を待ち伏せする戦法が主流となり、攻撃側不利、防御側圧倒的有利という状況でした。しかし、倍に近い兵力を有していた連合国軍は、「Big Push!」と呼んで無謀な突撃を敢行させ、無理やり勝利をもぎとりました。但しその戦果はドイツ軍を僅か10㎞程撤退させただけの戦果でした。 また、戦車が初めて実戦に投入された史実に沿って、このゲームでもユニットにMk.1戦車が登場します。ちなみに、史実ではこの戦いにアドルフヒトラーが参加しており、毒ガスにより負傷したという有名な話があります。 #ソンムの戦い #第一次世界大戦 #Mk.Ⅰ戦車
ルール(32P) ユニット264個 22×34インチソフトマップ1枚 6面体ダイス2個 ? AtO#11 作戦級ちょこ大佐
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BITTER EINDER
『ビターアインダー』は、1899年から1902年までの間発生した、イギリス帝国とイギリス植民地化に抵抗する南アフリカの独立ボーア人共和国であるオレンジ自由国及びトランスヴァ―ル共和国との「第二次ボーア戦争」をシミュレートしたゲームです。 事の発端はトランスヴァ―ル共和国で金の鉱脈が発見されたことでした。何千ものイギリス人がケープ植民地からトランスヴァ―ル共和国になだれ込み、金鉱山に群がりました。彼らは勝手に鉱山近くに移り住み、勝手気ままに行動したため、近隣は瞬く間にスラム街と化していきます。トランスヴァ―ル共和国は彼らに投票権を与えず、金発掘に重税を課したために、両者の関係は悪化していき、イギリス帝国は全てのイギリス人にボーア人と同様の権利を要求し、ボーア人は全てのイギリス人にトランスヴァ―ル共和国及びオレンジ自由国から出ていくように最後通牒をつきつけますが、両者の話し合いは決裂、戦闘状態に入りました。 当初は民兵部隊しかいないボーア人軍に対して楽観視していましたが、予想以上のボーア人の抵抗によりイギリス軍は苦戦し、その戦法は手段を択ばないものに変わっていきます。ゲリラ戦を展開するボーア人を無差別に強制収容所に入れ、焦土作戦を展開し、非人道的な施策で世界の避難を浴びます。 結局、兵士の大量投入によってイギリス軍が勝利し、オレンジ自由国、トランスヴァ―ル共和国は消滅して戦争は終結しました。 『ビターアインダー』は、この第二次ボーア戦争を1899年の10月9日に発令された大統領のイギリスに対する最後通告から、1902年5月31日の戦争終結までをシミュレートしています。 #ボーア戦争
ルール(14P) ユニット264個 22×34インチソフトマップ1枚 プレイヤーディスプレイシート1枚 6面体ダイス2個 ? AtO#13 作戦級ちょこ大佐
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FIRST BLOOD
1861年7月21日、バージニア州マナサスで発生した北軍と南軍の戦いは、第一次ブルランの戦いと呼ばれ、南北戦争最初の大規模陸上戦闘でした。南北戦争初期の戦いのため、両軍とも急遽集められた雑兵同士の戦いとなり、初めは北軍が優勢でしたが、やがて南軍が将軍の指揮により盛り返し、北軍をワシントンD.C.まで押し返し大勝しました。兵力で劣勢の南軍が初期の会戦で勝利したことは、その後に続く南北戦争を長期化させる要因となったのです。 第二次ブルランの戦いは1862年8月28日に南北戦争の東部戦線で発生しました。南軍リー将軍率いる北バージニア軍が、北軍のジョン・ポープ少将率いるバージニア軍に対して攻撃を開始、同じ場所で去年発生した第一次ブルランの戦いを上回る規模、兵数で行われます。南軍は、北軍の鉄道拠点にあった補給場所を占拠し、北軍に対して集中砲火を浴びせます。北軍はブルラン川の後方まで撤退し、今会戦も南軍の勝利で終わりました。 シミュレーションデザインインコーポレッド社(SDI)から発売された『ファーストブラッド』は、南北戦争初期の戦いのマナサス(ブルラン)における2度の戦いをシミュレートしたゲームです。南軍の勝利に終わったふたつの戦いを南北戦争独自のシステム(GBACWシステム)で見事に再現しています。 #南北戦争 #マナサスの戦い #ブルランの戦い
? GBACWシリーズ 作戦級 1Turn=? 1へクス=? 1Unit=?ちょこ大佐
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La Bataille D' Orthez
(執筆中) #ナポレオニック #ナポレオン戦争 #第六次対仏大同盟
? ? 作戦級 1Turn=? 1へクス=? 1Unit=?ちょこ大佐
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Apocalypse in the East (東方黙示録)
カリフとは、イスラム教における預言者ムハンマドの後継者という意味であり、ムハンマドの後を継ぐイスラム国家の指導者、最高権威者の捷号です。 『アポカリプスインジイースト(東方黙示録)』は、第三代カリフであるウスマーン・イブン・アッファーンの時代の、イスラム帝国とビザンツ帝国の戦いをシミュレートしたゲームです。 西暦636年、第二代カリフのウマル・イブン・アル=ハッターブが指揮するイスラム軍はヤルムークの戦いでビザンツ軍を撃破、その版図をサハラからシンドまで拡大しましたが、644年に内部抗争により暗殺されます。イスラム帝国の混乱に乗じて、ビザンツ帝国は失われた版図を取り戻すべくイスラム帝国への逆襲を仕掛けます。このような状況の中、第三代カリフに就いたウスマーン・イブン・アッファーンは不安定なイスラム帝国をまとめるため、ビザンツ帝国の壊滅を目指し、敵要塞コンスタンチノープル占領を狙います。対するビザンツ帝国のコンスタンス2世は未だ15歳で軍事的にも宗教的にも未熟でしたが、強固なコンスタンチノープル要塞を頼みに、イスラム帝国に対抗します。戦いは双方遠征軍を編成して侵攻、守備隊を配置して遠征軍を撃退するという展開となり、遠征軍同士の野戦、敵遠征軍の侵攻に対しての籠城戦、艦隊同士の海戦が繰り広げられます。果たして当時最強と言われていたコンスタンティノープルの城壁は崩れるのでしょうか? なお、同号にはボーナスゲームとして1942年12月スターリングラードを包囲していたソ連軍の奇襲攻撃に対して、強烈な反撃を試みたドイツ軍第11装甲師団の戦いを再現した、ユニット100個、ルール4ページの『ブラックフライデー』というミニゲームが付いています。 #古代戦 #カリフ #イスラム帝国 #ビザンツ帝国
ルール(12P) ユニット180個 22×34インチマップ1枚 プレイヤーチャート2ページ 6面体ダイス2個 ? 無し 作戦級ちょこ大佐
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BOUDICCA the warrior queen
あなたはイギリスのヒーロー、「ブーディカ」を知っていますか? A.D.60年、まだイギリスがグレートブリテン島と呼ばれていた頃、ブリテンはその大部分がローマ帝国の植民地と化していました。その当時、ブーディカはケルト人イケニ族の王プラスタグスの妻でした。イケニ族の治める東海岸(現在のノーフォーク地方)は、ローマ帝国の支配が及ぶ範囲ではなく、王はローマ帝国と同盟関係を結び、領主としてその地を治めていました。しかし、その当時のローマ帝国の同盟条約は、「王の称号は本人のみで、本人が死亡すれば消滅し、相続できない」という、その武力を背景にした理不尽な条約でした。そのため、プラスタグス王の死後、ローマ軍は条約を盾にイケニ族の領地を奪い、王の妻であったブーディカ及びその2人の子供に対し鞭打ちの刑に処した後領土より追放しました。国を奪われたブーディカは復讐を誓い、近隣部族を諭してローマ帝国への反撃の狼煙を上げます。 ルネサンス時代に発見された歴史書によると、反乱軍のリーダーに推されたブーディカは、勝利の女神として、2人の子供を脇に立たせ、チャリオットに搭乗し23万もの反乱軍の指揮を執っていたと記録されています。ブーディカ率いる反乱軍は、ブリテン各地のローマ帝国植民地に攻め込み、これを開放し、自由を奪われた復讐を叫びつつ各地を転戦しました。ブーディカ反乱軍により都市ロンディニウム(現在のロンドン)が陥落した時、当時のローマ皇帝ネロはブリテンからの軍の撤退を真剣に考えましたが、ロンディニウムとウィロコニウム(現在のシロップシャー州)の間で行われた会戦によりローマ軍が勝利し、ブーディカ軍が壊滅したため、その後もローマ帝国によるブリテン島支配が続きました。会戦後のブーディカの行方は知れず、現在では敗戦の責任を取った服毒自殺説と病死説があります。 ちなみに、このブーディカ伝説は1928年と2003年の2度映画化されています。 『ブーディカ』は、A.D.60年に発生した、ローマ帝国の植民地であったブリテン島でのケルト人の反乱をシミュレートしたゲームです。 ブーディカという単語は、古代ケルト語で”勝利”を意味する単語に由来し、ヴィクトリア女王のヴィクトリアと同じ意味です。彼女の名前は日本ではあまり馴染みは有りませんが、イギリスでは、フランスのジャンヌダルクに比する勝利の女神として知られています。このゲーム自体は1984年にウエストエンドゲームズから発売された『ドルイド:ブーディカズリベリオン61AD』(デザイナーはリチャードバーグ先生)のリメイクとなっています。 #ブーディカ #ケルト #グレードブリテン
ルール(8P) ユニット240個 22×34インチマップ1枚 カード36枚 プレイヤーエイドチャート2枚 ? 無し 作戦級ちょこ大佐
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Liberty of Death:The American Insurrection
アメリカ独立戦争は、1775年から1783年にかけて行われた、アメリカ東部海岸でのアメリカ東部沿岸イギリス植民地領13領とグレートブリテン王国の戦いです。この戦いによって、イギリス植民地領(後にアメリカ合衆国を宣言)はイギリス本国からの支配から脱し、政治的独立を果たしました。翌年、アメリカ独立宣言を発して、正式にアメリカ合衆国が発足しました。戦争序盤はイギリスがその優勢な海軍力を活かして東海岸の都市を制圧していましたが、フランスがアメリカについて参戦し、資金提供などの援助をし、続いてスペイン、ネーデルランド連邦共和国(後のオランダ)もアメリカに協力しました。1781年、フランス海軍がチェサピーク湾での戦いに勝利し、続けてヨークタウンの戦いでアメリカフランス連合軍がイギリス軍に勝利し、実質的な戦闘は終了、アメリカ合衆国の勝利となりました。 『リバティオブデス:アメリカ独立戦闘』は、アメリカ独立戦争での東海岸での戦いをGMT社のCOINシステムで再現したゲームです。COINシステムとは、Countrer Insurgency(反乱鎮圧、対ゲリラ活動)の略です。GMT社が2012年にCOINシリーズ第1弾として発売した「Andean Abyss(アンデスの深淵)」(1990年代のコロンビアでの反乱をシミュレートしたゲーム)で採用されたシステムです。その後COINシリーズは現時点で11弾まで発売されていて、特徴としては非対称の陣営同士(政府軍とゲリラ等)の対戦を再現するのに向いており、4人ぐらいまでの陣営を扱ったマルチプレイシステムでありながらソロプレイにも適しているという、ぼっちの味方のようなシステムです。『リバティオブデス:アメリカ独立戦闘』はCOINシリーズ第五弾にあたります。 #独立戦争 #自由か死か #COINシステム #COINシリーズ
? COINシリーズ#5 戦略級 1Turn=? 1エリア=? 1Unit=?ちょこ大佐