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1974 5TH SPARK LOTUS 76 R.PETERSON
LOTUS72後継マシン76の不振 ロニー・ピーターソン 1974年ピーターソン ロータス2年目 チームメイトはジャッキー・イクスが新加入 R3南アフリカGPから新車LOTUS76を投入 変速時のクラッチ操作をシフトレバーの スイッチで行う電磁クラッチなるものを採用 これは後に普及する 2ペダルシフトと セミオートマチックシフトの先取りの発想 しかしながら初期トラブルや先鋭のマシンに 馴染めない事もあり3戦連続のリタイア 再びLOTUS 72Eを再登板させ R6モナコ/R9フランス/R13イタリアの 主要グランプリで3勝をあげた 年間ランキングは5位 LOTUS76はR11ドイツで再投入され 予選8位→決勝4位で入賞するも イクスとともに9戦で使用したが 入賞・完走ともドイツGPのみで 翌1975年もLOTUS 72Eを使用することとなり ロータスの低迷につながった モデルはSPARK R4スペインGP仕様 予選2位→決勝リタイア ロータスは76からメインスポンサーである インペリアル・タバコの銘柄にちなんでマシンを John Prayer Special Mark. Iと呼び 以降77→Mark.II 78→Mark.Ⅲ 79→Mark. IVと命名された 2496
250320 R.PETERSON 1974 2回FW12C
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1977 2ND PMA WOLF FORD WR3 J.SCHECKER〖🏆3〗(GP ARGENTINEN)
ウルフ初戦勝利の快挙 アルゼンチンGP ジョディー・シェクター WOLF WR1 それまでフランク・ウイリアムズの スポンサーであったカナダの 石油王のウォルター ウルフが 半ば強引にチームを買取 ウォルター ウルフ レーシングを立ち上げた ウルフWR1は所謂キットカー ポスルズウェイトが設計をまとめ上げ 当初から起用予定のドライバ― ジョディー・シェクターの体格に合わせて コックピットが造られている 迎えた開幕戦アルゼンチンGPで 予選10位から上位陣の脱落にも助けられて 残り6周でトップに立ちまさかの優勝 F1創成期の1950年代を除いた場合 参戦チーム初戦での勝利は 1977年のウルフと2009年のブラウンGPのみ モデルはミニチャンプス 開幕戦勝利のアルゼンチンGP仕様 他にミニチャンプスのWOLF WR1のモデルは オールドモデルでは珍しく 〇3勝目をあげたR16カナダGP 〇最終R17TAMIYAがスポンサーの日本GP 3種類が発売された https://muuseo.com/FW12C/items/1825
250306 J.SCHECKTER 1977 2回FW12C
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2023 2ND BBURAGO RED BULL RACING RB19 S.PEREZ〖🏆2〗
キャリアベスト シーズン2位 セルジオ・ペレス RED BULL RB19 2023年ペレスはF1-13シーズン目 レッドブル3年目 チームメイトは変わらず マックス・フェルスタッペン R2サウジアラビアGP 自身初となるポールtoウィン R4アゼルバイジャンGPで2勝目 ここまではフェルスタッペンと互角の勝負 しかし以降は勝利は無く 決勝ではフェルスタッペンに全敗 最終ポイントはダブルスコアとなる フェルスタッペン575P ペレス285P(-290P) それでもペレスはキャリアベストとなる シーズンランキング2位を獲得 予選PP-❷回 決勝WIN-❷回 FL-❷回 年間❷位 レッドブルのコンストラクター連覇に貢献 意外にもレッドブルにとっても初となる ドライバーランキング1・2フィニッシュを達成 モデルはBBURAGO GP表記は無いがカラーリングから R18アメリカGP仕様 オースティン サーキット・オブ・ジ・アメリカズ 予選9位→決勝4位 (スプリント7位→5位) 車体の両サイドが星条旗をモチーフしにした デザインとなっている 2440
250214 S.PEREZ 2023 2回FW12C
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2008 6TH PMA BMW SAUBER F1.08 N.HEIDFELD
the story will be at a later date. 2405
250129 N.HEIDFELD 2008 2回FW12C
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1974 3RD SPARK TYRRELL 007 J.SCHECKTER〖🏆2〗
ジョディー・シェクター初優勝 南アフリカ人初 TYRRELL 007 2年間マクラーレンでスポット参戦した ジョディー・シェクター(南アフリカ)は 1974年ティレルでフル参戦 チームメイトはパトリック・デュパイユ ニューマシンティレル007が R4スペインGPから導入され 予選10位から追い上げ決勝5位入賞 シェクター初入賞でキャリア入賞は53回 R5ベルギーGP決勝3位 R6モナコGP決勝2位と着実に結果を残し R7スウェーデンGP 予選フロントローから 1周目にトップに立ちそのまま優勝 シェクター参戦13戦目での勝利 シェクターのキャリア勝利数は10回 R10イギリスで2勝目を上げて この間8戦連続入賞5度の表彰台で チャンピオン争いに絡んだものの 後半4戦で失速してリタイア3回 年間ランキングは3位 フル参戦1年目で上々のシーズンであった モデルはスパーク シェクター初優勝のR7スウェーデンGP仕様 この勝利は南アフリカ人ドライバーの 初勝利であり以降 勝利をあげた 南アフリカ人ドライバーは現れていない SPARKのF1モデルの最も早い時期に発売 シルバースリーブにSPARKの文字は極少 #1974年
240606 J.SCHECKTER 1974 2回FW12C
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1971 【WORLD CHAMPION】PMA TYRRELL 003 J.STEWART〖🏆6〗
🔲🔲🔲1971🔲🔲🔲 👑WORLD CHAMPION👑 TYRRELL 003 🟦🟦J.STEWART🟦🟦 🔲🔲🔲全12戦🔲🔲🔲 【出走】11回【PP】6回 【優勝】 6回【FL】3回 2度目のワールドチャンピオン
240504 J.STEWART 2回 2FW12C
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2023 9TH BBURAGO McLAREN MCL60 O.PIASTRI
2023年新人ドライバー O・ピアストリー 鈴鹿で自身初の表彰台 McLAREN MCL60 オスカー・ピアストリー オーストラリア出身 2020年 F3 18戦2勝 チャンピオン 2021年 F2 24戦6勝 チャンピオン 2023年から1度アロンソの抜けた アルピーヌが起用と発表したが その後撤回 同郷のリカルドの後任でマクラーレンからの F1デビューとなった カーナンバーは〖81〗 チームメイトはランド・ノリス R3地元オーストラリアGPで初入賞8位 R14イタリアGPで初のFL獲得 R16日本GP鈴鹿で予選フロントロー獲得 決勝はノリスに先行されたものの 3位でフィニッシュ 初の表彰台獲得 マクラーレンのドライバーが 鈴鹿で初表彰台獲得するのは 1993年ミカ・ハッキネン以来30年ぶり 翌R17カタールGPでは自己最高2位 22戦入賞12回 FL2回 ランキング8位 更なる飛躍が期待されるドライバー モデルはBBURAGO R10イギリスGP仕様 予選3位→決勝4位 ホイルカバーがスポンサーのchrome4色 パパイヤオレンジ/シルバー カーボンブラックのバランス良いカラー
240407 O.PIASTRI 2023 2回FW12C
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2022 6TH BBURAGO MERCEDES-AMG F1 W13 E PERFORMANCE L.HAMILTON
連続年間勝利・予選PP記録ストップ ルイス・ハミルトン MERCEDES-AMG F1 W13 前年度逆転でチャンピオンを奪われ 2022年を失意で迎えたルイス・ハミルトン チームメイトはジョージ・ラッセルが加入 40年ぶりにグランドエフェクトカーが解禁 メルセデスはゼロポッドとも評される 革新的なサイドポッド処理を導入するも 序盤戦から他チームから遅れをとった ハミルトンは開幕戦バーレーンGP3位以降 7戦連続で表彰台を逃しこの7戦は すべてラッセルが決勝で上回った ラッセルがキャリア初優勝・初PPの中 ハミルトンは予選最高3位 決勝未勝利 2007年のデビュー以来継続してきた 年間勝利&PPが15年で途切れる形となった 年間順位も自己ワーストのランキング6位 チームメイトのラッセル(4位)にも敗れた モデルはBBURAGO GP仕様表記なしの本戦仕様 お馴染みのメルセデスシルバーに マレーシアの石油会社ペトロナスのグリーン インダクションポッドのレッドはINEOS イギリスに本社のある世界4位の化学会社で メルセデスAMGチームの約1/3の株式も保有する
240131 L.HAMILTON 2022 2回FW12C
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1973 11TH SPARK SURTEES TS14 FORD C.PACE
カルロス・パーチェ初の表彰台& ファステストラップ SURTEES TS14 前年ウイリアムズ(マシンはマーチ)で F1デビューを果たしたブラジル出身 カルロス・パーチェ 1973年サーティスに移籍 チームメイトはマイク・ヘイルウッド R4まではへイルウッドとともに すべてリタイアに終わり中盤戦も苦戦 R11ドイツGPでようやく4位入賞は 自身初のファステスト・ラップ パーチェのキャリア通算FLは5回 続くR12オーストリアGPでは 決勝3位自身初表彰台獲得 パーチェのキャリア表彰台は6回 連続でファステスト・ラップ記録 1978年まで参戦する チーム サーティスとしては 最後の表彰台(通算2回) 最後のファステスト・ラップ(通算3回) パーチェはこの年 フェラーリから 世界メーカー選手権(スポーツカー選手権) にも参戦している モデルはスパーク R12オーストリアGP仕様 予選8位→決勝3位 チームサーティスの象徴とも言える スポーツカーノーズの白い矢印と パーチェのヘルメットの黄色い矢印が マッチしている1台 RN-1983
240123 C.PACE 1973 2回FW12C
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1957 【WORLD CHAMPION】 BRUMM MASERATI 250F J.M.FANGIO 〖🏆4〗
🔲🔲🔲1957🔲🔲🔲 👑WORLD CHAMPION👑 MASERATI 250F 🟥🟥J.M.FANGIO🟥🟥 🔲🔲🔲全8戦🔲🔲🔲 【出走】7回【PP】4回 【優勝】4回【FL】2回 ファンジオ最後の5度目 マセラッティ唯一のチャンピオン モデルはブルム 開幕戦アルゼンチンGP仕様 予選2位→決勝WIN #1957年
231223 J.M.FANGIO 1957 2回FW12C
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2005 【WORLD CHAMPION】PMA REAULT R25 F.ALONSO〖🏆7〗
🔲🔲🔲2005🔲🔲🔲 👑WORLD CHAMPION👑 REAULT R25 🟦🟦 F.ALONSO 🟦🟦 🔲🔲🔲全19戦🔲🔲🔲 【出走】18回【PP】6回 【優勝】 7回【FL】2回 当時最年少 ワールドチャンピオン フェルナンド・アロンソ REAULT R25 2005年 ルノー3年目のアロンソ チームメイトはジャンカルロ・フィジケラ 開幕戦は予選で出遅れたものの 予選13位→決勝3位表彰台 その後R2~R4まで3連勝で チャンピオンシップをリード ミュシュラン勢がタイヤ問題で 欠場したR9アメリカ除くと アロンソのリタイアは僅か1回 年間7勝 2位5回 表彰台15回 スペイン人として初 24歳58日 当時F1史上最年少でF1ワールドチャンピオン 1972年E・フィッティパルディ(ロータス) 25歳273日を33年ぶりに更新 その後2008年にルイス・ハミルトン 2010年セバスチャン・ベッテルが更新 チャンピオン獲得したものの2年後の 2007年からのマクラーレン移籍を発表した モデルはミニチャンプス ミシュラン別注モデル チェッカーフラッグを持った ミシュランマンが付属 タバコ禁止GPで主に使用された MILD SEVEN→TEAM SPIRITロゴ
231216 F.ALONSO 2005 2回FW12C
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1977 2ND PMA WOLF FORD WR3 J.SCHECKER〖🏆3〗(GP JAPANESE)
モデルはミニチャンプス 最終戦日本GP仕様 台紙はWR1であるが正しくはWR3(形は一緒) 予選6位→決勝トラブルで10位 シーズン唯一のノーポイントの完走 他の完走は全て表彰台獲得 なんといってもインダクションポッド横の 田宮模型の二つの星が輝いています
230915 J.SCHECKTER 1977 2回FW12C
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2022 5TH BBURAGO FERRARI F1-75 C.SAINZ 〖🏆1〗
カルロス・サインツ 151戦目の初優勝 FERRARI F1-75 2022年フェラーリ2年目のサインツ チームメイトはシャルル・ルクレール 開幕戦で2位でルクレールと1・2フィニッシュ フェラーリの1・2フィニッシュは2019年 R15シンガポールGP以来46戦ぶりの出来事 R10イギリスGPで初PPから初優勝 サインツの優勝は151戦目で 優勝まで参戦数史上2番目の遅い記録 (1位はS・ペレスの192戦目) スペイン人ドライバ―としては F・アロンソ以来の2人目の優勝 サインツは通算112人目のF1ウィナー 年間では22戦中9戦で表彰台に上がるも 前年の全戦完走から一転6回のリタイアで 年間順位は5位 ポイント246P FL2回 モデルはBBURAGO ホームグランプリのR16イタリアGP仕様 フェラーリ75周年記念と絡めた イエローを取り入れたスペシャルカラーリング リアウイングもFerrariの旧式のロゴ そのイタリアGPはサインツは予選3位も パーツ交換などで決勝18番グリット スタートから追い上げを見せて 途中セーフティカー導入を利用して ポジションアップ 最終4位でフィニッシュ #F1-初優勝
230902 C.SAINZ 2022 2回FW12C
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1972 10TH SPARK MATRA MS120D C.AMON
クリス・エイモン 最後のPP FL 表彰台 チームマトラの最後 MATRA MS120D 1972年マトラに残留のエイモン マトラはエイモン1台体制でエントリー R5ベルギーGP自身2度目のFL記録 R6フランスGPマトラの最終形MS120Dを投入 予選はエイモン自身5度目のPP獲得 決勝は19周目までトップ快走も最終3位表彰台 2連続での決勝FLも記録 このフランスGPの通算5度目PP 11度目の表彰台 3回目のFL がエイモン自身最後の記録 チーム マトラはル・マンに集中する為 この年限りでF1から撤退 エイモンもシートを失い翌1973年は 小規模チームテクノで参戦 モデルはスパークの初期のF1リリース シルバーのスリーブで台紙には Sparkの旧青文字がロゴ印字されている
230820 C.AMON 1972 2回FW12C
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1961 【WORLD CHAMPION】QUARTZO FERRARI DINO 156 P.HILL〖🏆2〗
🔲🔲🔲1961🔲🔲🔲 👑WORLD CHAMPION👑 FERRARI DINO 156 🟥🟥P.HILL🟥🟥 🔲🔲🔲全8戦🔲🔲🔲 【出走】7回【PP】2回 【優勝】5回【FL】2回 1961年は全8戦のシーズン R6終了時点でフェラーリのフィル・ヒルは 僚友ヴォルフガング・フォン・トリップスに 4ポイント差での2位 R7イタリアGP PPスタートのフォン・トリップスは ジム・クラーク(ロータス)と接触 観客を巻き込む事故となり自身も即死 フィル・ヒルはこのGPにシーズン2勝目 フォン・トリップスの死亡により アメリカ人初のワールドチャンピオン誕生 しかしレース後に僚友の死を聞かされた ヒルは表彰台で人目も気にせず号泣 最終戦地元で凱旋となるはずだった アメリカGPはチームとも欠場した フィル・ヒルの通算勝利数は3勝は 1958年のマイク・ホーソン(イギリス)と 並びワールドチャンピオン通算最少勝利数 1960年イタリアGPでのDINO 246での優勝は フロントエンジン搭載車の最後の勝利
230604 P.HILL 1961 2回FW12C