ハンス・ハーケとは?

1936年ケルン生まれの作家。作品それ自体の現前性よりも、作品が現象するまでの制作プロセスや作品の可変的な状態を強調するプロセス・アートや、アートがどういった社会システムの中で取り扱われているかをテーマにすると同時に、美術館の背後にある資金の流れを作品化するポリティカル・アートの代表的作家。
1969年にニューヨークで結成された美術家、批評家、キュレーターなどの美術・芸術関係者によるコレクティブ「芸術労働者連合(アート・ワーカーズ連合、AWC)の中心的メンバーのひとり。
AWCはニューヨーク近代美術館(以下、MoMA)の庭で、アーティストの権利について抗議を始め、その後以下の件についてMoMAに抗議を行う。
・職員が組合を作ることを認めなかった件
・アーティストに作品を寄贈するように恐喝した件
・アッティカとロックフェラーの件
・女性アーティストを軽視した件
このうち3つ目の「アッティカとロックフェラーの件」というのは具体的に以下の件を指す。

71年9月9日、ニューヨーク州アッティカにあるアッティカ刑務所で囚人による暴動があった。当時の囚人たちの大半は黒人やプエルトリカンだったが、看守ら所員は全員が白人の人種差別主義者で、通称「黒んぼ棒」なる警棒で囚人を殴打していた。暴動を起こした囚人は生活改善を要求して交渉しようとしたが、当時の州知事ネルソン・ロックフェラーは武力による刑務所の制圧を州兵に命令し、30人近くの囚人が殺された。

MoMAの理事会にはロックフェラーの一族が名を連ねていたため、MoMAへの抗議はロックフェラーへの抗議となり、ロックフェラーへの抗議がやがてAWCの矛先をベトナム反戦へと向かわせた。
ハンス・ハーケは1970年にMoMAで開催された展覧会「インフォメーション」展(*)で、当のMoMAにおいて、ロックフェラーを公然と批判する作品『MOMA Poll』(1970)を展示。その後も1971年に、グッゲンハイム美術館のトラスティー(理事)であった不動産事業者のハリー・シャポロフスキー(Harry Shapolsky)の不動産売買の幾つかに不正があることを暴いた作品『Shapolsky et al. Manhattan Real Estate Holdings, A Real Time Social System, as of May 1, 1971』を同美術館の個展に展示しようとしたが、こちらは問題になり、個展は中止となった。

(*)キナストン・マクシャインの企画。マクシャインは「プライマリー・ストラクチャーズ」展(1966年、ジューイッシュ美術館)をルーシー・リッパードと共同企画しているが、その後リッパードは勤務していたMoMAを辞職し、AWCに参加。かつての勤務先であったMoMAに対して抗議を始めた。

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今回はオルタナティブ・ロックバンド「羊文学」のボーカル・ギターの塩塚モエカさんをお招きし、東京都写真美術館学芸員の藤村里美さんと展示を観ながら言葉を交わしました。

日本の前衛写真は関西から広がったと言っても過言ではないのですが、その中心はアマチュア写真家が活動していたグループでした。アマチュアと言っても、単なる趣味を超えて海外の情報をいち早く取り入れて、新しく自由な表現を追求していた写真家たちの熱量が感じられたのではないでしょうか。

後編では名古屋、福岡、東京の前衛写真を見て回ります。

※こちらはTOPMuseum Podcast「#02ゲスト・トーク|塩塚モエカ(ミュージシャン)×藤村里美(学芸員)【アヴァンガルド勃興】(後編)」のトークを編集した記事です。