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Haarlem の スーベニールスプーン
ハールレムはスパールネ川沿いにあり、 スパールネスタッド(スパールネ市)というニックネームが付けられています。 アムステルダムの西約20 kmに位置し、 沿岸の砂丘の近くにあります。 ハールレムは何世紀にもわたってチューリップ球根栽培地区の歴史的中心地であり、 このため、別のニックネームであるBloemenstad(花の街)が付けられている。 Haarlem の スーベニールスプーン
スーベニールスプーン Haarlem Nederland 1980年代0318
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Drente の スーベニールスプーン
ドレンテは、国の北東部に位置するオランダの州 南はオーファーアイセル、西はフリースラント、北はフローニンゲン、 東はドイツのニーダーザクセン州と国境を接している。 ドレンテは、オランダの他の多くの地域とは異なり、 人口の少ない農村地域で、森林と自然が際立っている。 Drente の スーベニールスプーン
スーベニールスプーン Nederland 1980年代0318
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De Dijkpoort van Hattem の スーベニールスプーン
ダイクポールトは、オランダのハッテムにある14世紀の城門です。 1908年、市のアーキビスト F.A.ヘーファーの指揮の下、 ハッテムのアーカイブを収容するために門が復元された。 ハッテムに残っている唯一の城門であり、 建築家ピエールカイパースによって改装され、再建された。 DIJKPOORT の スーベニールスプーン 話は突然変わりますが、 アトリエにいるときは、 BGMのつもりで、FMを軽~く 流しっぱなしにしています。 最近聞きこんでいるのは、 日曜日 J-WAVE の 「Traveling without moving」 野村 訓一 の語り掛けに引き込まれてしまう。 ウイークデイの昼時は、ロバート・ハリスの「Otona no Radio Alexandria」が最高。 今までは、J-WAVE オンリーだったのだが、Inter FM もいいな~と・・・・ 勿論「昼の憩い」のメロディは大変懐かしく・心が和みます。 FM いいですね~
スーベニールスプーン Nederland 1980年代0318
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Panama Canal の スーベニールスプーン
パナマ運河のスーベニールスプーン 15㎝ 程のスプーンで、表面にはゲートウエィの風景が、 裏面には太平洋側のバルボア港からガトゥン湖(運河のために作られた人造湖)を通ってカリブ海側のクリストバル港に至る全長82㎞の地理が刻まれています。 パナマ運河の規模は全長82キロメートル、最小幅91メートル、 最大幅200メートル、深さは一番浅い場所で12.5メートル。 マゼラン海峡やドレーク海峡を回り込まずにアメリカ大陸東海岸と西海岸を海運で行き来できる。 航路は約1/3に短縮された。 スエズ運河を拓いたフェルディナン・ド・レセップスの手で開発に着手したものの、 難工事とマラリアの蔓延により放棄。 その後、パナマ運河地帯としてアメリカ合衆国によって建設が進められ、10年の歳月をかけて1914年に開通した。 閘門(こうもん)式運河で、ガトゥンの三段式閘門、ペドロ・ミゲルの一段式閘門、ミラフロレスの二段式閘門からなる。 クリストバルから運河を11キロメートル航行して人造湖のガトゥン湖に至り、 ガトゥン閘門でガトゥン湖と同じ標高26メートルまで船舶は持ち上げられる。 ガトゥン湖を40キロメートル航行し、 パナマ地峡の背骨である丘陵地帯を掘削したクレブラ堀割に至る。 ついでペドロ・ミゲル閘門で船舶は標高17メートルまで下げられ、 さらにミラフロレス閘門で海水面まで下げられたのち、約13キロメートルの運河を航行して太平洋岸のバルボアに至る。 運河航行に約8時間を要し、1日40隻が限度である。 2002年の実績によれば、年間通航船舶数は13,185隻。 通航総貨物量は1億8782万トン(いずれもパナマ運河庁調べ)。
スーベニールスプーン0318
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Euromast Rotterdam スーベニールスプーン
ユーロマスト(Euromast)は、H.A.マースカントによって設計され、 1960年に完成した ロッテルダムのタワー建造物。 1960年のフロリアード(国際的な園芸見本市)開催に合わせて建てられた。 建築構造としては、9メートルの内径と30センチの壁厚を持ったコンクリートで建てられており、安全性のため重心が下になるよう1,900トンのコンクリートブロックを基盤として作られている。 地上96メートルに「kraaiennest」という展望レストランがある。 当初は高さ101メートルでロッテルダムで一番高い建物であったが、 一時期他の建築物に追い抜かれてポジションを失っていた。 しかし1970年に建物の上へ「スペースタワー」を継ぎ足して更に85メートル高くなり、 再びロッテルダムで一番の高さを取り戻した。 随分前になりますが、アムステルダム経由でドイツに入ったことがあります。 少し足を延ばしてロッテルダムを訪れました。
スーベニールスプーン Rotterdam Nederland 1980年代0318
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Costa Del Sol Benalmadena ベナルマデナ
地中海に沿ってフランスからスペインへと 周遊したのは、1990年6月のことでした。 途中の Benalmadena (ベナルマデナ)や Torremolinos (トレモリノス)に数泊しました。 コスタ・デル・ソルのリゾートと、併設されているカジノを愉しむことがおもな目的。 しかしもっと驚くことがありました。 彼のガウディが手掛けた奇なる意匠の原型では? と思われる造形が街中の建築などで見つけたことでした。 さて、コスタ・デル・ソル(Costa del Sol)とは、太陽海岸といった意味、 スペイン南部アンダルシア州マラガ県周辺の地中海に面する一帯。 気候は温暖で、年平均気温は19度で、 日照は年間の300日以上、 ヨットハーバーなどが数多くある。 コスタ・デル・ソルが国際的な観光地域として知られるようになったのは 1950年代のこと、 外国人とくにイギリス、ドイツ、北欧、フランスの人々にとって人気のある旅行先となっている。 さて、この旅の続きは67Fで・・・・
スーベニールスプーン Benalmadena Costa Del Sol0318
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Hong kong で、購めたスーベニールスプーン 1969年 12月
旅は愉しい。 街角から街角を、ただただ歩く・・・・ 見たこともないような景色があらわれる。 市場をじっくり回る、この国の暮らしの一端を覗いた気がする ココだな! と思い定めたレストランで、ゆっくり食事をとる・・・ 最初に香港を訪れたのは1969年12月 シンガポールやバンコクなどを巡り香港へ。 映画「慕情」の舞台となったビクトリアピークのホテルや アバディーンの水上レストランなどの定番コースでしたが、 初めての海外旅行に、ワクワクしっぱなし・・・・ Hong kongで、購めたスーベニールスプーン。 七宝の絵が愉しい 小さなほうは Aloha hawaii と書かれていました
スーベニールスプーン Hong kong Aloha hawaii 1969年 12月0318