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1/43 Tiga Lamborghini LC1 “Countach QVX" Gr.C
“quattro barvole X!!” 1974年にモータースポーツへの関わりを否定し続けた、Ferruccio Lamborghini氏が、情勢の変化より氏が起業したAutomobili Lamborghini S.p.A.を去る事になります。その後3番目のオーナになったスイスの投資会社Mimrams グループはランボルギーニへよりスポーティなイメージ持たせるべく、英国ロンドンを拠点とする当時のランボルギーニインポーターPortman社のDavid Jolliffe氏にプロジェクトが委託されます。 当初ジョウリフ氏はカウンタック LP5000SをGr.Bに仕立てレース活動を目論むも、ホモロゲーション問題で断念、代わりにCountach QV用のtepo.LP112Dをベースにしたエンジンを搭載したプロトタイプカー開発へと進んでいきます。 そのエンジンはランボルギーニ社内で Giulio Alfieri氏の指揮下Luigi Marmiroli氏が5,825ccへボアアップすると共に各部へ手を入れ、最終的650~700hp程度を発揮するワークスエンジンを仕上げます。Spice Engineering社へ発注したシャーシは最初から開発するのではなく当時同社が運用していたTiga社のGC85をベースに同社と共にLP112D改が搭載できるLC1シャーシを開発します。こうし出来上がったマシンはCC Racing Developmentsへ運用が委託され、メインスポンサーにUnipart社のオイルブランド“Supreme”を、ドライバーにTiff Needell選手とMauro Baldi選手が選抜され1986年のLemans24Hを含めたWSPCへの参戦計画が発表されます。お披露目されたマシン後部テールランプ周りの意匠に意気込みが感じられますね♪ しか~し、ここまで順調に進んでいた本計画ですが、その後開発の遅れやサブスポンサー獲得失敗による資金不足等により、最大の目標であるル・マンはもとより他のシリーズ全戦への参加がかなわず、かろうじてノンタイトルだったKyalami 500kmへ出場しティフ・ニードル選手が5位へゴールさせます。 翌87年もWSPCへの参戦を目論むも資金不足が解消できず、結局86年キャラミ出場が本車唯一無二のレースとなってしまいました。 その後長らくポートマン社が本車を所有していましたが、1993 年の同社倒産に伴い公売にかけられ、日本のユーザーが購入、現在に至るのは有名な話ですね。 展示モデルは以前ヨーロッパへ出張した際、本屋さんで購入したHachette社のLamborghini_Collectionの付属品で、“来年からランボルギーニがWECに参戦♪”の記事を見て掘り出してきました(笑) 改めて実車資料と照らし合わせると本モデルが元としている仕様はレースに参加したモノではなく、排気管周り等々や細かなレタリングより、日本にやってきた後のモノですね。今回はデカール剥離/貼直しをはじめ、一部形状修正、部品置換/追加、クリア/研出し、タイヤロゴ追加等々を気軽に行い、改めてコレクションへ加えました♪ 【模型資料】 ・模型メーカー:Hachette(Metro/LEO Models) ・製造国 :バングラデシュ ・製品番号 :Lamborghini_Collection #18 ・製品タイトル:Lamborghini Countach QVX Gr.C ・発売時期 :2015年11月 【実車資料】 ・実車メーカー:Tiga・Lamborghini ・形式 :LC1“Countach QVX" ・シャーシ# :#SL8501 ・エンジン :Lamborghini_Tepo LP112D改 5,825cc_NA_V12 ・ディレクター:David Jolliffe ・デザインー : ・完成年 :1986年 ・カテゴリー :Gr.C1 ・模型イベント:Kyalami 500km(WSCP Non Title) 1986_5th ・運用組織 :CC Racing Developments/Spice Engineering ・ドライバー :Tiff Needell (GB)
自動車模型 プロトタイプカー 1/43ちゃぽん
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1/43 NISSAN 240RS 《Monte Carlo 83》
“Rally Special” 1970年代に“510ブルSSS”や”“240Z”、“PA10”を《サファラリー》などの長距離耐久ラリーへ投入し大活躍、「ラリーの日産」と呼ばれていた日産自動さんが、その復権を掛け新たに開発し1983年に投入したのがGr.Bマシンの“240RS”です。 さてこのGr.Bというカテゴリーは、連続する1年間に200台以上の生産が義務付けらており、生産した車両より20台の“エボリューションモデル=実戦モデル“の製作が可能というがお決まり、同じ日本のTOYOTAさんはこの考えに基づき、後から変更不可能な最低部分だけ盛り込んだ市販車の”CELICA COUPE 1800GT-TS(TA64型)“を販売し、これをベースに“CELICA TWIN CAM TURBO Gr.B”を製作して大活躍しました。 それに対し日産さんはプライベーターさんにもよりラリーへ出場してもらおうと、市販車状態で即実践可能なモデルである“240RSを販売します。 (1985年二玄社さん発行の“ WHAT IS GROUP B?”ムック本内に、日本の排ガス規制に合致させた240RS販売の広告が載ってましたね♪) 3代目シルビアのS110型をベースにエンジンを専用の”FJ24“へ換装、ボディワークもベース車の面影は残るものの、各パネルの樹脂化や開口、オーバーフェンダーを組み合わせたことによりスパルタンな外観へ仕上がっています。 WRCでの優勝こそありませんでしたが1983年NZ Rallyで2位、1985年サファリラリーで3位などの戦績を残しました。 展示モデルは“240RS”のデビュー戦となった1983年の“Monte Carlo Rally”へ、これまたWRCデビュー戦となった“Timo Salonen”選手がドライブした車両で、“f-project”さんのレジンキットを組み立てたもので、灯火類の透明化ついでに内部を再現してみました♪(エンジンは大学学食の“割箸”製♪) 今にして思うと、ちょっと屋根が低すぎますね~ 【模型資料】 ・模型メーカー:f-project ・製造国 :ポルトガル ・製品番号 :? ・製品タイトル:NISSAN 240RS MC 83 ・発売時期 :? 【実機資料】 ・実車メーカー:NISSAN ・デザイナー :- ・形式 :BS-110 ・シャーシ# :? ・エンジン :NISSAN FJ24改(L4 2,340cc ) ・完成年 :1983年 ・カテゴリー :Gr.B12 ・模型イベント:WRC 51. Rallye Automobile de Monte-Carlo 1983_14th ・運用組織 :Nissan Motorsports Europe:NME ・ドライバー :Timo Salonen(FI) ・コ・ドライバー
自動車模型 ラリーカー 1/43ちゃぽん
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1/43 Porshe 924 Carrera GTS Gr.4 《Monopole Rally 1982》
“Carrera GTS“ 1975年11月にPorscheが初のFR車発表したのが“924”でした。 同社伝統のRR駆動“911”以外の車としては、さきにミドシップレイアウトの“914”をデビューさせていたのですが、その抜群な性能/費用対効果とは裏腹に、2シーターだった事も災いしたのか人気はいま一つでした。そこで後続車はオーソドックスなFRレイアウトを採用、問題の室内空間も2+2クーペとして開発、これが“924”となります。 924も914同様にコストを強く意識した開発がなされており、協力会社のVWグループの部品を数多く流用する設計がなされ、エンジンもポルシェ製でなくAudi 100用をベースにSOHC化、排気量を1,983ccへボアアップ、125psを絞り出したモノを搭載しました。 その後78年に”KKK“ターボを組付け170psへパワーアップした”924 Turbo”を追加、80年にはこれをベースとしエンジンを高度にチューニング、またボディワークも前後オーバーフェンダー化しトレッドを拡大したGr.4仕様の”924 Carrera GT”が登場、同年のLemans24Hへ出場したマシンは6位に入賞を果たします。翌81年にはさらに進化させた“924 Carrera GTS”がデビューします。 本来はサーキットレース等への投入を考慮して開発されたマシンだったのですが、“Alméras Frères”等、当時の有力なプライベーターラリーチームへも供給されERC等で大活躍しました。 展示モデルはイタリアのTRON社製レジンキットを組み立てたもので、“924のラリーカーが珍しかった”“Gitanes”カラーがカッコ良かった、また“投げ売り価格(確か半額♪)”だったことで思わず衝動買いし、自宅に帰ってから良―く見るとドライバーがあの“Jacky Ickx”選手でビックリした記憶が残っております。 さらに既に持っていたラリーの洋書に、偶然本車が載っており、結構細部まで記載されていたので、調子に乗って中身を作ってみました♪ 【模型資料】 ・模型メーカー:TRON ・製造国 :イタリア ・製品番号 :TLE21 ・製品タイトル:PORSCHE 924 GTS 1982 MONOPOLE RALLY No.4 ・発売時期 :不明 【実機資料】 ・実車メーカー:Porsche ・形式 :924 Carrera GTS ・シャーシ# :? ・エンジン :Audi-(L4 1,983cc +“KKK”Turbo) ・完成年 :1981年 ・カテゴリー :Gr.4/16 ・模型イベント:ERC 25.Boucles de Spa-Monopole Rally 1982_Ret ・運用組織 :Privateer ・ドライバー :Jacky Ickx (BE) ・コ・ドライバー:“J. Igrec”(BE)
自動車模型 ラリーカー 1/43ちゃぽん
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1/43 NISSAN Sunny GTI-R Gr.A 《Safari Rally 1991》
“勝つためならここまでやる日産!” 1986年5月4日、FIAは1985~86年に多発したGr.B車両による重大事故を受け、86年度いっぱいをもってWRCにおけるGr.B車両による競技の廃止が発表されます。 これを受け翌87年よりは“年間生産義務台数5,000台”の車両をベースとするGr.A車両がWRCにおけるトップカテゴリーへ昇格することになります。 このカテゴリー変更にいち早く対応したのがLANCIAさんで、前年までのGr.B車両と同じ“愛称”を持つ“DELTA HF 4WD”を投入、Gr.A初年度のメイクスタイトル獲得、その後DELTAは毎年進化し続け、92年のLANCIAワークスさんが撤退するまでの6年間タイトルを連取し続けました(!!) この間他メーカーさん達もただ指を咥えて見ていた訳ではなく、LANCIAさんが作り上げた“コンパクトボディ+高出力エンジン+4WD”という”勝利の方程式”に基づき様々な新型マシン投入していきます。 ただこの手の車両を5,000台製造販売するとなると大変ハードルが高いはずなのですが、“発売すれば即完売”という日本市場の特異性が追い風となり、戦闘力の高い日本製マシンが次々と投入されていき、90年台は日本車にとって黄金時代となっていきます。 そんな中、70年代に“ラリーの日産”と言われた日産自動車さんが復権を掛けラリー用車両の開発を発表します♪(83年の240RS Gr.B以来~) それが5代目N14系パルサーをベースに開発された“パルサーGTI-R(海外ではSunny GTI-R)”で、当時販売店の前に“勝つためならここまでやる日産!”の横断幕が掲げられるなど、日産さんの本気度が感じられました♪ 出来上がったマシンは、まさに前記の方程式を具現化させたようなは内容で我々の目の前に登場します。 そんな大きな期待を背負って登場した本車は、91年“Nissan Motorsports Europe:NME”さんにより、WRCでも最も過酷な“サファリラリー“を初陣に選び、ドライバー“S Blomqvist”選手、コドライバー“B Melander”選手組により5位入賞と上出来のデビューを飾ります。 しかしベース車両が“コンパクト過ぎた”事が災いし“ピーキー過ぎるハンドリング”や“小さすぎるエンジンルームによる熱問題”、“余裕のないタイヤハウスからくるサスストローク不足とそれに起因するトラクション不足”等々々の数々の問題に見舞われます。 結局92年の“スウェディッシュ”の2位を最高位とし、91年3戦、92年5戦の計8戦でWRCの舞台を去ってしまうという残念な結果となってしました。 展示モデルは“Starter”さんから発売された1/43のキャストキットを組み立てたもので、車高を上げる調整するついでに、灯火類の透明化や内部再現を行って組み立てたモノです♪ 【模型資料】 ・模型メーカー:Starter ・製造国 :フランス ・製品番号 :? ・製品タイトル:NISSAN SUNNY SAFARI 1991 ・発売時期 :1992年 【実機資料】 ・実車メーカー:NISSAN ・デザイナー :- ・形式 :E-RNN14 ・シャーシ# :? ・エンジン :NISSAN SR20DET(L4 1,998cc Turbo) ・完成年 :1991年 ・カテゴリー :Gr.A8 ・模型イベント:WRC 39. Martini Safari Rally 1991_5th ・運用組織 :Nissan Motorsports Europe:NME ・ドライバー :Stig Blomqvist(SE) ・コ・ドライバー:Benny Melander(SE)
自動車模型 ラリーカー 1/43ちゃぽん