約束事が厳密になりがちな礼装(フォーマルウェア)について整理する本企画。準礼装であるディレクターズスーツの装いや着用シーンについて、服飾ジャーナリストの飯野高広さんに教えていただきました。
「儀式か宴か」を縦軸に、「格式」を横軸に捉えると理解しやすい
主に昼間に行われる行事は「儀式」=厳か・地味。主に夜間に行われる行事は「宴席・パーティ」=楽しい・派手。
儀式の準礼装・ディレクターズスーツとは
簡単に言うと、モーニングコートを今日の一般的なジャケットと同様の丈と形状のものに置き換えただけで、残りは全く同じ装い。
なのでイギリスでは「ショートモーニング」とも呼ばれる。今でこそ一流ホテルのコンシェルジュの装いはたいてい制服だが、少し前までは国の内外を問わずこれが主流だった。
日本でも1990年代には、某大手礼服メーカーが黒無地の3ピースに代わる婚礼の装いとして普及に奮闘していた記憶もある。
しかし、礼装に正・準の区別が無くなりつつある影響、さらには礼装それ自体の簡略化の大きなうねりに呑み込まれ、今日この装いは国の内外を問わずあまり見られなくなっている。
ディレクターズスーツの着こなし
ジャケット(ディレクターズスーツ)
ジャケットはシングルブレステッドであってもダブルブレステッドであっても同格。前者なら胸ボタンの数は1つなど、それが少ないほうがより相応しいとされている。
また、儀式は屋内で執り行われるケースが大半のためか、腰ポケットにはフラップを付けないのが良しとされる。
パンツ(ディレクターズスーツ)
モーニング同様、ストライプトドレストラウザーズを着用する。文字通り黒とグレイのマルチストライプ柄のものが主体だ。白黒の細かなハウンドトゥース柄のものもある。
慶事には比較的明るめ、弔事には黒に近い暗めのもの(稀にディレクターズスーツと全く同じ色柄のもの)を用いる傾向が強い。
ウェストコート(ディレクターズスーツ)
ウェストコートはディレクターズスーツと全く同じ色柄のものでも構わないが、慶事では淡いグレイや「バフ」と呼ばれる淡いクリームのものなど、より淡く明るい色調のもののほうが相応しいとされる(ただし着用にあたっては、自らの「立ち位置」なども踏まえる必要はある)。
一方、弔事に際しては専らディレクターズスーツと同じ色柄のものを着用する。なお、日本では黒無地のこれで見返し部にボタン着脱式の白い縁取り(スリップ)が付いたものを年配者の礼装でまだ多く見掛ける。
ヨーロッパでも色が淡い系統の物を含め稀に見られるこの意匠は、当地での19世紀前半までの装いの慣わし、つまりその下にもう一枚ウェストコートを身に付けていた習慣が形骸化したもの。
日本に伝わった後に「白の縁取りを付ければ慶事・外せば弔事」へと解釈も用途も変化したらしい。
シャツ(ディレクターズスーツ)
原則的には白無地だが、慶事では襟と袖口のみ白で身頃が淡いブルーなどであっても大丈夫な場合も。
胸元にプリーツやフリルは付かず、襟はウィングカラーかレギュラーカラー若しくは目立たないスプレッドカラーとする。
袖口は今日では折り返し付きの「ダブルカフス」が最適とされるが、以前は非常に硬いシングルカフ(一般的な「バレルカフ」からボタンを取り去り、別付けのカフリンクスのみで閉じるようにしたもの)が付いたものを用いた。
タイおよびチーフ(ディレクターズスーツ)
慶事には主にシルバーグレイ系のアスコットタイ若しくは一般的な結び下げ(フォア・イン・ハンド)タイ、弔事には黒の無地若しくは目立ち難い柄の結び下げのものを用いる。
ポケットチーフは実質的にはリネンの白無地一択。畳み方は最も格式の高い、頂点が3つ顔を出す「スリーピークス」としたい。なお、弔事には付けないほうが無難。
小物(ディレクターズスーツ)
カフリンクスやネクタイピンなどは、光沢を抑えた銀色系のメタルで縁取った白蝶貝や真珠など、あまり目立たないもので纏めるのが原則。
特に弔事では極力目立たないものを用いる。また、手袋は本来キッドスキン(子ヤギの革)スエード製の、縫い目が表に出ない内縫いのもので、色はクリームかグレイのものが最適とされる。ただしその入手が困難になった現在では、布製のものや白のものでも構わない。
革靴(ディレクターズスーツ)
足元の靴は、色は黒が大前提で、ボックスカーフなど牛のカーフ・キップのスムースレザー、若しくはキッドスキン(子ヤギの革)のそれを用いた内羽根式のストレートチップがやはり最適。
ただし目立たないものであれば内羽根式のパンチドキャップトウや、外羽根式のVフロントプレーントウでも構わない。
また靴下は、黒無地のホーズ(長靴下)が大原則で、編みは柄の出ないスムース編みか細いリブ編みのものを。
ディレクターズスーツの歴史
考案者は皇太子時代からスーツの普及に大きな役割を果たした20世紀初頭の英国王・エドワード7世とされている。
礼を尽くしつつもモーニングコートやフロックコートを着ると逆に慇懃無礼と疑われそうな場向けに、即位前後に考え出したらしい。
「ディレクターズスーツ」なる名称は、その後欧米で民間企業の重役の執務服としても普及したため定着した。
なお、ドイツではこの装いを好んだ第一次大戦後の首相名に因んだ「シュトレーゼマン(Stresemann)」の呼称で広まり、アメリカでは「畏まり過ぎずぶらぶら歩ける」との意味合いから「ストローラー(Stroller)」の名もある。
ーおわりー
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