Brand in-depth 第一回 世界を通して考えるブランディングとバックボーン(前編)

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文/横山博之
撮影/尾島翔太

第一線で活躍される「ブランドとは何か」を伺う「Brand in-depth」。
第一回は世界の名立たるラグジュアリーブランドでデザイナーとして活躍されてきたナオタケコシさんにお越しいただきました。
前編ではタケコシさんのこれまでの経歴を振り返りながら、ブランドの成長を支えることとは何なのかを伺いました。

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ナオ タケコシ

東京出身のファッションデザイナー。
ニューヨークのパーソンズ美術大学を卒業後、東京のイッセイ ミヤケを経て1991年に渡仏した後は、チェルッティ、グッチ by トムフォードを経てダナ キャランのチーフデザイナー、ジルサンダーのチーフデザイナーを経験。
その後はクリエイティブディレクターやコンサルタントとしてバーバリー、ゼニアなどのブランドに携わる。 2010年より自身の新ブランド「NAO TAKEKOSHI SU MISURA」を立ち上げる。

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成松 淳

当マガジン・ミューゼオスクエアの編集長。
公認会計士としてキャリアをスタートさせ、その後レシピ投稿サービスを運営するクックパッド株式会社のCFOに就任、同社の草創期において従業員10名弱の時代から経営陣として成長の一翼を担う。退任後、さまざまな分野のスタートアップにおいて社外役員などを歴任しつつ、カルチャーやアート、ホビーといった領域でデジタルを起点とした体験の提供を目指しミューゼオ株式会社を設立し現在に至る。

リブランディングが一流ブランドとしての成否を分ける

MuuseoSquareイメージ

日本人デザイナーの躍進に衝撃を受けた幼少時代

成松:タケコシナオさんは国内外有数のブランドをディレクションされてこられましたけども、もともと海外とは関係が深かったのですか?

タケコシ:生まれは日本です。幼年期をパリで過ごし、一度3年ほど日本に帰ってきたのですが、高校からはアメリカへ行きまして。大学はパーソンズスクールオブデザインという美術学校へ行きました。

成松:デザインに関しての興味をお持ちだったのですね。

タケコシ:実は高校では物理を得意としていました。父親も物理関連の大学へ行き、仕事も理系に関するもので。でも、勤め人になってから「学生時代は楽しかった」という話も聞いていたんですね。

成松:科学者になることのイメージが湧きにくかったのでしょうか?

タケコシ:はい。一方で、建築や美術にも興味がありまして。僕自身が芸術家やデザイナーになるとは考えもしなかったのですけども、デザインというのはずっと自分の身近にあったように思うんです。
たとえば、私が幼少期を過ごした70年代にはイカしたクルマも多かった。なまずのような画期的なフォルムをしたシトロエン「DS」は衝撃的でしたね。ハンドルが実にミニマルなデザインをしていて、子供ながらすごく感動した記憶があります。

成松:名車が続々と登場した時代ですよね。

タケコシ:また、あの頃のパリでは、高田賢三さんや三宅一生さんが一世を風靡していまして。個人がこれだけ世の中に認められるのってスゴイなと。

成松:日本人ファッションデザイナーが世界に認められ始めたのもその頃。そうした衝撃がタケコシさんの幼心に火を着け、ファッションデザインの世界へと導かれたのですね。

タケコシ:そうですね。あとで「そうでもない」とわかったのですけど、そのときは建築よりもファッションのほうが個人の力でオーガニゼーションしやすいと思っていたことも理由に挙げられます。

成松:ちなみに、物理の世界に通じていたということですけど、ファッションデザインとリンクするところはあるものですか?

タケコシ:後の話にも関わってくると思うのですけど、ブランディングとはクリエイティビティを生み出す右脳と論理的思考を司る左脳、双方がとても重要なんですね。うまくバランスがとれたところに、デザインの成功がある。そういった意味で、理系の知識や思考は役に立っているのかなと思っています。

ブランドの成長に欠かせない「リブランディング」とは

成松:大学を卒業されてからは、すぐイッセイミヤケに入られたのですか?

タケコシ:はい。ただ、単なる三宅一生さんへの憧れや、同じ日本人だったからというのが理由ではなくて。客観的に見て、世界で一番才能のある人だと確信していたんですよ。
当時シャネルで活躍していたカール・ラガーフェルドやジョルジオ・アルマーニに「他に才能のある人は誰だと思う?」と質問してみたら、間違いなく「イッセイだろ」と答えるのがわかっていたような時代でしたから。
だから、どうしても世界ナンバーワンの人の下で学びたいと思って。

成松:なるほど。もちろん今でも第一線で活躍されていますけど、当時の名声もすごいものがありましたよね。それで、しばらくはイッセイミヤケに籍を置かれていたのですね。

タケコシ:3年ほど。パリコレで発表するデザインなど、もっともコアな領域に携わる20人ほどの小さなチームに入ることができ、すごい経験をさせてもらいました。

成松:そのあとはイタリアを代表する生地メーカーであるチェルッティ、そして名だたるトム・フォード フォー グッチへと渡り歩かれたのですね。

CERRUTI在籍中のタケコシさんのデザイン画

CERRUTI在籍中のタケコシさんのデザイン画

タケコシ:トム・フォードから電話が掛かってきまして。
「グッチをリニューアルしたいんだけど、君のイラストレーションがすごいから、一緒にならないか?」という話をもらったんです。
その時期がグッチにとってすごく重要な時期で、これほど大成功するとは当時は僕も思わなかったんですけど。

MuuseoSquareイメージ

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TOM FORD for GUCCI時代のタケコシさんのデザイン画

成松:ある程度成長したブランドにおいて、リブランディングは欠かすことのできないプロセスですね。でも、リブランディングってなかなか難しい。

タケコシ:世界共通の課題ですね。ブランドが成長するには時間が必要ですけど、歳月が立つとどうしても「古さ」が出てくる。
一番大事なのは、ブランドが持つバックボーンを正しく理解することですね。
創立者のデザイナー自身がブランドそのもののような所は本人が変化していけばいいけど、そうでないところは、いままで積み重ねてきたうちの「何を受け継ぐのか?」「何を変えるのか?」という問いかけが必要になります。
もし受け継ぐことがゼロなら同じブランドである意味がなくなっちゃいますし、多くをそのまま受け継いでしまったらリブランディングにはならないし。

成松:見極めが大事なんですね。その指針となるのが、ブランドのバックボーンの理解だと。

タケコシ:そう。この先の50年、100年に生かしておきたい要素を見極められる目利きでなければいけない。
そして、その要素をどうやって今の人に受け入れられやすいデザインに変えるのかを検討していくんです。
いうのは簡単なんだけど、非常に難しいところなんですよね。

ファッションブランドにおいて服作りは手段であり目的ではない

成松:ちなみにデザイナーは、ビジネス的なことも考慮しているんですか?

タケコシ:実は、僕が携わった海外ブランドのほとんどは、デザイナーに具体的な売上を一切教えてくれませんでした。知ったら、デザインに影響してしまうということで。
事業の経営担当者やマーチャンダイザーはデザイン室に立入禁止だったりしてね。アップルもそうだったと思います。ここがね、もしかしたら超一流とそうじゃないところの違いかもしれません。

成松:ものづくりの第一線に立つ人には、ものづくりに専念してもらったわけですね。

タケコシ:とにかくナンバーワンを目指さなきゃいけない。少なくともトップクラスに入ってないと、ブランド価値をキープできない。
コスト意識も大切ですけど、そのせいでパフォーマンスが制限されては、少なくともデザイナーとしてはダメなんですよ。
マスに向けたプロダクトを作っているブランドだとマーケットインが多いので、逆にコスト管理に詳しい人のほうが偉い立場になるのでしょうけども。

成松:タケコシさんは他にもダナ・キャランやジル・サンダー、マックス・マーラなどそうそうたるブランドに参画されたんですよね。

タケコシ:さまざまな経験をさせてもらいました。
特にフルタイムでショーをやるっていうのはものすごい醍醐味で。僕がデザインしたものをファッション誌で見かけたり、明らかにデザインを「パクった」だろう他ブランド製品を見ては変な憂鬱感に浸ったり。
やっぱり、すごく華やかなんですよ。その分、地獄のような苦しみがあるんですけど。「ショーまであと12時間を切ったけど、今からドレスを3つデザインして」とボスからFAXが送られてきて、それに間に合わせたこともありました(笑)。

成松:それはすごい(笑)。
いろいろ経験されたということですけど、デザイナーとして活躍される中、ブランドを成長させるのに何を大切にされていましたか?

タケコシ:ひとつは、ファッションブランドにおいて服作りは手段であり目的ではないということ。
服作りのための技術を磨いたり知恵を身に付けたりも大切なのですけどもね。
たとえばイッセイミヤケは、常にパイオニアであることがブランディングの特徴でした。特許レベルの発明的アイデアを活用したプリーツなど、とにかく革新的な技術が駆使されているのですが、そうした服を通じて「他にないものがある」というブランドの魅力を伝える目的を果たしているわけです。

成松:驚くようなクリエイションを継続的に出していくところに、ブランドの価値はあるんでしょうね。

タケコシ:まさにその通りだと思います。
もっといえば、服だけにこだわる必要もないわけで。あらゆるプロダクトがひとつの世界を表現して、初めてブランドになるんです。そういった意味ではショーも、広告も。こうしたブランディングに長けていたのがラルフ・ローレンやダナ・キャランといったニューヨークのブランドで、90年代や2000年代はヨーロッパの多くのブランドも彼らに習っていましたね。

成松:どちらも、いち早くグローバルなブランディングに成功していますね。

タケコシ:ラルフ・ローレン本人から「僕たちが売ってるのは服でもアクセサリーでもないんだ、ライフスタイルなんだ」という話を聞きましたよ。ライフスタイルをどう表現できるか。そして、そのイメージを作るだけの世界観を自分の中に持っているか。それが勝負だと。

成松:世界観、まさしくバックボーンに沿った、あらゆるものがブランドを構成するわけですね。

タケコシ:ただセンスのあるジャケットを作るだけじゃダメで。どのモデルを使ってどのフォトグラファーに撮影してもらうのか。どういうバックグラウンドにするのか。
ラルフ・ローレンだったらちょっとカウボーイの要素を入れてアメリカンなテイストを前に出したり、ダナ・キャランなら赤ちゃんを抱いて仕事してるかっこいい女性像を表現したりして。
そうした世界観をパイオニアの立場で発信することが大切でしたね。

リブランディングと目指すべき到達点への意識

リブランディングは楽団の指揮者を変えること

成松:僕は多くの企業やサービスに携わらせていてただいている中で、コアの領域とそうでない領域がどこかを常に考えるようにしているのですが、時代の変化が激しく、どこを残してどこを変えていくのかは本当に難しいなと思いながら日々の仕事をしています。
「リブランディングで背骨を残すのか」「完全に新しいものを目指すのか」という議論は非常に難しく、興味深く拝聴していました。
同一のブランドが生きながらえる意味はどこにあると思いますか? もしかしたら、新しいブランドを作るのでもいいかもしれないわけじゃないですか。

タケコシ:特にファッションにおいては、積み上げてきた伝統技術といった価値は簡単には作れませんからね。
グッチには、竹をバッグのハンドルに使うための卓越した加工技術や豊富な表現方法を持っています。その下につくバッグの見た目や形が変わっても、バンブーのハンドルが受け継がれていくというのは、やっぱりそれだけ求める人がいるということでもありますから。

成松:ヨーロッパのブランドは、けっこう頻繁にクリエイティブディレクターを変えるじゃないですか。あれはある意味、オーケストラの指揮者を他の楽団から定期的に呼んでくるようなものですよね。

タケコシ:ええ、そうですね。同じ楽団で同じ楽曲を演奏するにも、指揮者が変われば印象が変わりますから。
グッチもクリエイティブディレクターが変わると、ブランドの雰囲気もガラッと変わりますけど、やっぱり「バンブーバッグ」というブランドのバックボーンはしっかり残しているわけですよ。

成松:リブランディングする理由としては、「新鮮味がほしい」っていうこともあるのでしょうか。

タケコシ:特にファッションは、「新しいものがいい」という価値が強いですからね。その新鮮味を求めるため、ある意味、開き直りともいえるリブランディングを実施するブランドもありますね。

成松:いずれにせよ、リブランディングの必要性を企業のトップがいち早く認識し、決断しなくてはいけませんね。

タケコシ:そうですね。号令をかけてリブランディングをスタートさせ、一任できるクリエイティブディレクターを見つけ出す。リブランディングの成功には、経営のプロの手腕も必要だと思います。

ブランドのバックボーンを構成する要素とは

成松:ブランドのバックボーンを確立できれば、あとは時代にあわせて変化していけばいいのでしょうか?

タケコシ:はい。ただ注意が必要なのは、あくまでバックボーンが先にあってから、変化すること。
それも時代や人をターゲットに変えるのではなく、自分たちで目指すべき到達点に向かっての変化。そこに正しい顧客がやってくるので。

成松:そのバックボーンを構成する要素とはなんでしょう?

タケコシ:「これが我々だ」といえるような個性ですかね。
例えばベントレーもフェラーリも高級車ブランドですけど、ベントレーはより高級感があってロイヤルなイメージですが、フェラーリはスポーティでF1を連想させ、ただただかっこいいですよね。

成松:ブランディングもうまいですよね。

タケコシ:ロールスロイスの有名な話があって、顧客年齢が50代に近づいてることに危機感をもった経営陣は、かっこいいツードアのクーペを開発したんですね。それがラッパーなど若者から指示を集める層にヒットして、顧客年齢が7歳くらい下がったそうなんです。あのロールスロイスでさえ、常に変化を実行しているんです。

成松:それほど年齢差のある商品だと、ついディフュージョンブランドという形で区切ってしまいたくなりそうなものですけどね。

タケコシ:そうしないんですよ。年齢差や価格差があっても、ちゃんとブランドとして同じ価値を持っているからと。こうしたことが、なかなか日本のブランドは上手ではなくて。

成松:それは、なぜなのでしょうか?

タケコシ:根本的にデザインの文化がないからだと思います。技術はとても大事ですけど、それに偏重しているというか。デザインと技術の価値は同等なんですけどね。

デザインとは「視覚美」

成松:製品におけるデザインで一番重要視されていることは何でしょうか?

タケコシ:「視覚的美」じゃないですか? 
もちろん機能美という言葉があるくらい、機能自体もデザインの範疇にあるともいえます。
例えば丹下健三が手掛けた代々木の体育館って、力学的に一番の理想を追求したらあの美しいフォルムが完成したわけじゃないですか。デザインや構造など、あらゆるものが合わさった美ですよね。究極のデザインだと思っています。

成松:純粋に機能だけを追い求めていった結果、見た目にもかっこよく感じる製品もありますよね。

タケコシ:流線型を活用した製品に多いですよね。
クルマや列車、飛行機とか、空気抵抗を受けるもの。かっこいいとする感性も時代とともに変わるものでもありますしね。もちろん、本当にいいモノは時代も超えてしまうのですが。

成松:そうですね。そういう、デザインに対する意識の希薄さが日本のブランドで一番欠けているところかもしれない。

タケコシ:また、多くの人に美しいと思わせる能力も重要ですね。

成松:それを間違った方向で捉えると、ただウソっぽいマーケティングを押し通すだけになってしまう。

タケコシ:そうしたブランドははじめはうまくいくように思えても、時間が経てば絶対に淘汰されてしまうでしょうね。見る人が見たらわかっちゃうから。

ブランドの成長(リブランディング)を妨げる日本の企業の課題

成松:タケコシさんは今、国内ブランドのリブランディングにも携わられていますよね。

タケコシ:はい。ただ、ファッション業界に限りませんが、国内ブランドには日本特有の大企業病みたいなものが障害になるケースがままある気がしています。

成松:と、いいますと?

タケコシ:安全を好む国民性からくる、保守的なマネジメントというのでしょうか。
ある程度の売り上げを堅持できていれば、それを変えようとしない。でも、ブランドと一緒に顧客も年老いていき、気づいた頃には立て直しもできない状態になってしまう。

成松:海外に比べ、リブランディングに消極的というか。

タケコシ:そうですね。進行する少子高齢化や、年代ごとの可処分所得の割合といった国内の経済構造も影響しているとも思います。
新規顧客を取りたいけど、金払いのいい既存顧客も逃したくない。この2つを同時進行するのは不可能なのに、それを求めてしまっているような感じ。

成松:すでに手に入れた成果を気にして、将来の不安から目をつぶってしまっていると。確かに日本は、リブランディングがうまくない印象があります。

タケコシ:生き残るのは、変化する意識を常に持っているブランド。言い換えれば、今成功していても、常に将来に不安を感じているようなブランドだと思います。

成松:きっとそれまでも試行錯誤を繰り返してきたのに、成功した途端に変化することをやめてしまうところもあるんでしょう。

タケコシ:売れ筋的なヒット商材ができてしまったときや、他ブランドの製品を真似してみたら売れたときとかも、そうした危険が生じやすいですね。リブランディングに消極的なのって、バブル期に成功を謳歌していたブランドが特に多いんですけど、本当は80点くらいの製品なのにバブル景気で売れてしまったという成功体験が足を引っ張ることになってしまったんじゃないかなと思います。

成松:ファッション業界においては、バブル期と比べると服に費やす金額も数量もずいぶんと変わってしまいました。

タケコシ:そうですね。
ただ、それは衣料メーカーや経済状況の変化に加え、日本の洋服の文化が成熟したことでもあると思っています。
ものすごい経済発展を迎えた中国ではハイブランドの服やバッグを身に着けてユニフォーム的に消費する富裕層が増えていますし、日本もかつてはそうでした。
でも文化が成熟し、ファッションだけでなく音楽や旅行などライフスタイル全般に視野を広げるようになった。
そもそもヨーロッパの若者もそこまで服を買っていませんし、同じ服を使いまわしたり古着を愛用したりしていますからね。
日本もそうしたステージに入ってきたのだと思います。

後編につづく

公開日:2022年2月14日

更新日:2022年5月2日

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