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通天閣の空中カフェ
戦前、通天閣にあったという「空中カフェ」のマッチラベル。 詳細は不明ですが、「空中カフェー」の看板が(たまたま)写ってる絵葉書が存在するらしい。 背後の額縁状のものは、当時コレクター向けに出ていたマッチラベル専用スクラップブックの貼り込み用台紙部分。各ページ間に薄紙が挟まれており、色移りや擦れも防止されるすぐれもの。 こういうものが商品として発売されるわけだから、やはり日本人というのは昔から、こと趣味に関しては力の入れ方が違うなと感心する。 #マッチラベル #戦前 #通天閣 #カフェ
マッチラベル 大阪 戦前showa_express
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阪国バスのマッチラベル
戦前の阪国バスのマッチラベル。 納涼特売とあるので夏の割引きっぷの宣伝か何かでしょう。 国道2号で淀川を越えていたのと欄干のデザインから、描かれている橋は淀川大橋と思われます。 そうすると、描かれている軌道は阪神の国道線。 #阪国バス #戦前 #マッチラベル #大阪
マッチラベル 阪神国道自動車 大阪showa_express
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日本初の全館空調付きホテル
昭和10年、当時の地元財界が「大阪にも国際的・近代的なホテルを」という情熱から完成させた地下2階、地上8階のホテルで、開業は同年1月16日。 現在のリーガロイヤルの前身になるもので、日本初の全館空調完備のホテルだったそうで、室内や宴会場など現在も多数残っている当時の絵葉書から、華やかな内部をうかがい知ることもできます。 戦後は他の有名ホテルと同様、ご多分に漏れず連合軍に接収されており、新大阪の場合は将校の宿舎となっていたようです。 新大阪という名称は新幹線開業と同時に設けられたあの駅とはもちろん無縁で、当時あった大阪ホテルと区別するためだったそうです。 また、現在存在している同一名称のホテルとは全く関係ありません。 ホテルの場所は中之島で、昭和48年に解体され、現在は住友のビルになっています。 マッチラベルは、見るだけで行ってみたくなるような非常におしゃれでモダンなデザインとなっています。 #マッチラベル #戦前 #ホテル #大阪
マッチラベル 大阪 昭和10年代showa_express
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大評判のパジャマ姿
夏の花嫁サービス! 納涼と歓楽の大奉仕! 2円で充二分に遊べるのです。 本当かどうか知らないけど。 しかし、パジャマかあ(笑) でも、当時なら今のセクシーランジェリーぐらいの破壊力はあったのカモ 場所の詳細は不明ですが、南で一番安いカフェーと記されてるので大阪と思われます。 デパートの大丸に締め上げられなかったか心配です♪ #マッチラベル #戦前 #カフェー
マッチラベル 大阪 戦前showa_express
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リサイクルしませう
昭和13年に開かれた「国民精神総動員資源愛護家庭廃品利用展覧会」を記念した郵便スタンプ。 空き缶だとか瓶の王冠が描かれてるので、家庭でできるリサイクルの実例なんかを示す展示会だったんじゃないでしょうか。 国民精神総動員は「欲しがりません勝つまでは」「ぜいたくは敵だ!」などの標語で有名です。 スタンプは大阪中央局ですが、押されたのは会場内の臨時局だったようです。 押印されたのは展覧会会期中の10月1日から7日までなので、これは初日印です。 大阪市の市章も描かれています。 #スタンプ #戦前 #大阪中央 #国民精神総動員
国民精神総動員資源愛護家庭廃品利用展覧会 スタンプ 大阪showa_express
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昭和恐慌が終わったので
昭和8年に行われた第1回大阪商工祭。 それを記念したチェリーのパッケージです。 昭和恐慌が終わって、さあ、商都大阪を盛り上げようと企画されたイベントで、期間は同年11月2日から4日までの3日間だったそうです。 大阪商議所のサイトによれば、市内全域で大売り出しが行われ、大阪城から天王寺まで時代行列が練り歩き、公会堂では講演会、街には花電車や花バスが走り、夜には打ち上げ花火や提灯行列まで行われたといいますから、かなりの熱気に包まれていたんでしょうね。 描かれているのは大阪城の主だった太閤秀吉の千成瓢箪。 2枚目と3枚目にはマッチラベルもありますが、こちらは11月1、2日とありますので、別の年のものかと思われますが、何年なのかは分かりません。 #タバコパッケージ #マッチラベル #戦前 #大阪商工祭
タバコパッケージ 大阪 昭和8年showa_express
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なんか強そう
スッポンだもんなあ、スッポン。 キャバレーの店名がスッポン。 まあ、なんか精力がつきそうではあります。 北区河内町というのは大阪のようですね。 #マッチラベル #戦前 #キャバレー
マッチラベル 大阪 戦前showa_express
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もしもし吾輩さんですか? うむ吾輩である
この店に電話すると「吾輩です」って返事してくれたのかな(笑) このネーミング! グランドパーラーとか王国喫茶と記載されてますが、マイクロフォンや蓄音機のスピーカーがシルエットで描かれてるので音楽喫茶だったのかもしれません。 場所は安治川とか千舟橋とあるので大阪ですね。 #マッチラベル #戦前 #喫茶店 #昭和レトロ
マッチラベル 大阪 戦前showa_express
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クリスマスが29日だったらドンピシャ
サンタが肉を持ってきてくれたぞ! 健康になりませう もし、クリスマスが24日や25日でなく29日だったなら「29(肉)の日」でぴったりだったのになあと、このマッチラベルを見ながら思ったのでした。 この肉は、やはり牛肉でしょうか? 今でも牛肉は贅沢な肉という印象ですが、当時はどういった人たちが、どういう時に食べていたんでしょうね。 調べると、戦国時代以降、健康回復や病気の養生食として食べられていたみたいですね。 江戸時代には彦根藩主が将軍家へ牛肉の味噌漬けを献上していたという資料もあるようです。 文明開化後には牛鍋が流行りだし、大正時代になると牛肉を食べることが一般にも浸透していったそう。 戦前期のマッチラベルにも「牛すき」や「ビフテキ(ビステキとも)」、牛の絵が描いてある精肉店のものが結構出てきます。 #マッチラベル #戦前 #昭和レトロ
マッチラベル 大阪 戦前showa_express
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薬品耐性を持つとスーパーナンキンムシ
南京虫の「南京」は江戸時代、舶来の小さくて珍しいものには何でもかんでも「南京」と付けたことに始まる、とウィキペディアに出てました。 たとえば「南京豆」とか「南京錠」とか。 潜んでいる場所は畳やコンセントの隙間、ベッドの裏のほか「長期間放置した雑誌の見開きページの間」なのだそう。 雑誌の見開きページの間って、こればっか例がやたら詳しすぎる(笑) このウィキペディアのページを編集した人物の実体験が反映されてるとしか思えませんね。 写真まで付いてるし。 ということで、南京虫が一般的すぎた時代。こうやってマッチラベルの広告でも防除を訴えてたわけですが、戦中派の人たちはむしろ戦後、DDT(デーデーテー)を頭からぶっかけられた経験の方が印象としては強烈でしょう。 なお、一時は根絶寸前までいったようですが、薬品耐性を身に着けた南京虫は「スーパーナンキンムシ」となり、これが南京虫再来のひとつらしいです。 あーやだやだ。 #マッチラベル #戦前 #昭和レトロ #南京虫
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夜の こうしえん
よるのこうしえん、ときたもんだ(笑) 日本人って、こういう当て字とか語呂合わせってホント好きやねえ。 これも一生懸命考えたんだろうなあ、オーナー #マッチラベル #戦前 #昭和レトロ #カフェー
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フランスなのにローマなの?
名古屋名物の台湾ラーメン。 名古屋の大方の中華料理屋に行くと、経営者が日本人でろうが中国人であろうが、そしてまた、北京料理とか広東料理とか謳っていても、台湾ラーメンを置いてます。 鷹の爪ぷかぷか。ありゃ辛すぎて、小サイズであっても完食できません。 真冬でも汗だく。 あまりの辛さに、辛さを少しマイルドにした「名古屋名物 台湾ラーメン アメリカン」なんてものもあります。 もはや意味不明です(笑) で、フランスバアなのにローマンキャフェとはこれいかに。 描かれている旗はフランスのトリコロールですねえ。 だが待てよ。 これはロマン主義とかロマン派のロマンに音引きを入れてローマン主義とか表記することもあるから、それか。 カフェもわざわざキャフェって書いてるぐらいだから、表現へのこだわりでこうなったと、そういうことかもしれませんね。 #マッチラベル #戦前 #昭和レトロ #カフェー
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ソース会社の社章が鉄道会社のマークなんかい
羽車ソースの会社はもともと明治時代にできたそうで、このマッチラベルの「羽車食品工業」という会社になったのは昭和9年だそう。現在も「ハグルマ株式会社」としてソースをつくってます。 残念ながら名前は聞いたことはあっても、現物をこの目で拝んだことはありません。 羽車という名のごとく、ボトルラベルに描かれたマークには車輪っぽいものから翼がはえてますね。 なんかこのマークどこかで見たような気がするなあ。 同社サイトによると、明治時代にこの会社の社長が親しかった南海電鉄(当時は南海鉄道)の社長にブランドのことで相談を持ちかけたら「うちのマークを使ったらいい」と言われ採用したのだとか。 そうか、この丸いのは鉄道の車輪。そこから翼がはえてる南海の初代マークなんですね。 既視感があると思ったのは、古い鉄道の資料でこのマークを見ていたからのような気がします。 ウィキペディアにある昔の南海社章: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Nankai_Railway_logomark.svg 南海のマークは変わってしまいましたが、経営的にも繋がりのない会社に現在も古い南海のマークが残っているのは味わい深い話です。 #マッチラベル #戦前 #羽車ソース #昭和レトロ
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交通安全啓発のマッチラベル
マッチは広告だけでなく、火の用心や病気予防といった啓発系のものも結構あります。 このマッチラベルには腕を広げて制止する巡査の絵とともに「注意に怪我なし 車道や踏切はチョイと頭を右左」と、今でも全くそのまま通用する標語が書かれており、交通事故防止を訴える内容となっています。 なお、毎月23日は「踏切の日」なのだそうです。 2=ふ、3=み という語呂合わせから来てるらしいですが、詳細は不明。 #マッチラベル #戦前 #交通安全
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完全に要領を得る
「完全に要領を得る」という謳い文句がなかなかにナゾ。 なんとなく分かるんだけれども、なんとなく腑に落ちないというか、まあいいや。 男女が手を繋いでいる図柄はカフェー系に多いです。 カフェーは本当にお茶と食事だけの店もありましたが、ほとんどキャバクラと変わらない店も多かったらしく、相当破廉恥な店もあったとか。 この「ビクター」がどういった方向かは分かりませんが、こういう図柄を用いていることを考えるとなんとなく後者なのかなあ。 所在地は大阪の桜川。 この時代のマッチラベルにはマッチメーカーや広告マッチ会社の名前が大雑把な所在地とともに記してあるので、マッチを発注したお店や企業が西日本か東日本か、あるいは名古屋か、おおよその見当がつきます。 #マッチラベル #戦前 #カフェー
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