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1982 Calbee #612斎藤明夫
1982年の #Calbee のカード。 #横浜大洋ホエールズ の #抑えのエース 、 #斎藤明夫 です。 前年81年途中から #抑え に回り、この82年は30セーブで #セーブ王 、さらに #規定投球回数 に達し #最優秀防御率 を獲得。 今では #リリーバー で規定投球回数なんて考えられないですが、当時は #イニングまたぎ なんて普通でしたからね。 その代わりというか、 #登板 は60試合を超えることはなく、この82年の30セーブが #年間最多セーブ 。 #選手生活 の晩年にはまた #先発 に戻り、90年に10勝を挙げました。
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1982 Calbee #43 田代富雄
1982年の #Calbee のカード。 #横浜大洋ホエールズ の #大砲 、「 #オバQ 」こと #田代富雄 です。 77年に35本塁打で台頭を現し、80年に自己最多の36本塁打。 一方で100三振以上3回と三振が多かったですが、77年に打率.302、80年にも.297と打率も高かったんですよね。 77年も80年も、35本塁打以上で100三振以上しながら、打率も.295以上という、粗っぽいようで #巧打者 でもあったんですね。 なんとなく、こんなところもオバQっぽくないですか?
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1981 Calbee #129 屋鋪要
#1981年 の #Calbee のカード。 今は #鉄道オタク で有名ですが、当時は50m が速いので有名でした、 #屋鋪要 です。 前年の #1980年 は初めて #100試合出場 を果たし、 いよいよ #レギュラー獲得 へ、という年でした。 #年間盗塁数 は10個台でしたが #1985年 、 #スポーツカートリオ を結成?すると58盗塁。 翌 #1986年 から #3年連続盗塁王 になっていますね。
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1984Calbee #571山下大輔
#1984年 #Calbee のカード。 当時、 #横浜大洋ホエールズ の顔でした、 #山下大輔 。 謎の通番は158番です。 裏面の #高田繁 の #解説 によると、 #銚子利夫 の #入団 、 #高木豊 の成長でちょっと立場が危うくなってきてたようですね。 実際調べてみると、 #3年連続全試合出場 していたのが、この84年で止まったんですね。 真ん中あたりに「 #肩の衰え …」とありますが、 #近藤貞夫監督 の「 #内野陣 総入れ替え」で #二塁手 になったのは、肩の衰えがあったのかもしれないですね。
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1985Calbee #369屋鋪要
#1985年 のカード。カード裏面には「 #スーパーカートリオ 」とありますが、「 #スポーツカートリオ 」じゃなかったかな?もう古い話なので、自分が記憶違いしている可能性が高いですが…カード裏目の解説で思い出しましたが、「スーパーカートリオ」、1番が #高木豊 で2番が #加藤博一 、3番に #屋鋪要 でしたね。
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1985Calbee #365若菜嘉晴
#1985年 のカード。 #阪神タイガース 、 #横浜大洋ホエールズ で活躍しました、 #若菜嘉晴 。阪神退団後、 #NewYorkMets 傘下の #TidewaterTides いたこともありますね。 #打てる捕手 だったような記憶があったんですが、 #シーズン2桁本塁打 はないんですね。
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1985Calbee #356高木豊
#1985年 のカード。 #近藤貞雄監督 命名の「 #スポーツカートリオ 」の一人でしたね、 #高木豊 。 #1984年 に #盗塁王 になった脚も売りでしたが、 #シュアな打撃 は #1983年 から #1992年 の10シーズンで #3割 を8回記録しています。
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1985Calbee #346遠藤一彦
#1985年 のカード。弱小 #大洋ホエールズ で孤軍奮'投'していました、 #遠藤一彦 。当時「 #プロ野球ニュース 」の企画の #現役打者 アンケートで #最高の投手 は遠藤だったんですよね。あれから約35年、扱いが地味になりましたね。今でも、もっと扱われてもいい投手だったと思いますが…
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