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小型50銭銀貨 大正11年銘
大正11(1922)年より発行された50銭銀貨です。第一次世界大戦を受け、銀価格が高騰したことから、それまでの旭日50銭に代わる銀貨が必要となりました。このことから八咫烏50銭が発行されるものの、銀価格の暴騰に対応しきれず、流通することなく回収されてしまいます。小型50銭は、その八咫烏50銭から量目を削減するだけでなく、銀品位をも落として製造されました。 小型50銭が発行される頃には銀価格も落ち着きをみせたため、昭和13(1938)年まで15年以上にわたり数多く発行され、広く国民に親しまれました。やがて戦争とともに銀貨は発行されなくなり、戦前最後の銀貨となりました。次なる一般通用の銀貨は、昭和32(1957)年の鳳凰100円銀貨まで待つことになります。 デザインは、八咫烏50銭の八咫烏とローマ字表記を削除して表記配置を見直したものとなっています。
銀720/銅280 44,272,796枚 23.50mmHokutosei
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10円青銅貨(ギザなし)令和3年銘 プルーフ
現在も発行されている10円貨幣です。昭和34年に周囲のギザが無くなり、今に続くスタイルとなりました。青銅は変色や指紋の焼きつきが目立つため、この10円貨幣には綺麗なものは意外と少ないです。 プルーフ貨幣とは、鑑賞用に特殊な処理を施して製造された貨幣のことで、丁寧に磨きあげられた極印を二度打ちすることにより、図柄が際立っています。日本のプルーフ貨幣は、鏡面仕上げと図画部のつや消しで仕上げるのが一般的です。
銅950/亜鉛40/錫10 不明 23.50mmHokutosei
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大型50銭黄銅貨 昭和21年銘
戦争による物資不足の影響が残っていた頃、戦後混乱期に発行されました。貨幣の地金となるアルミニウムも錫も底をつきそうななか、軍需を失った黄銅が転用できたため、黄銅貨として発行されました。また、大日本の表記が使えないことから発行主体が替わり、「日本政府」となっています。 この大型50銭黄銅貨は、戦後の急激なインフレーションを受けてすぐに小型50銭黄銅貨に切り替わってしまいました。しかし、貨幣に使える資材の状況が少しずつ改善してきた頃の貨幣ということで、近代貨と現代貨の過渡期に登場した貨幣といえましょう。 ※ 発行枚数は2か年累計(単年度発行枚数は不明)
銅600〜700/亜鉛400〜300 268,161,000枚 23.50mmHokutosei
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竜20銭銀貨 明治30年銘
明治初期の新貨条例に代わる貨幣法(明治30年3月29日法律第16号)に基づき、本位金貨(無制限通用)に対する補助通貨として発行された銀貨の一派です。基本的には明治6年の新貨条例改正による竜20銭銀貨、すなわち明治6年銘〜明治29年銘のものを踏襲したデザインですが、それまで表面であった竜図が明治30年銘から裏面となっています。 明治30年銘の竜20銭銀貨は、根拠法が変更されてから初めて発行された補助通貨(銀貨)であり、同じデザインながら裏表面が明治29年銘以前から逆転しているという点が特筆されます。
銀800/銅200 7,516,448枚 23.50mmHokutosei