辰砂 (cinnabar) イトムカ鉱山 #0439

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とても小さな標本ですが、高品位の硫化水銀鉱石で芋辰砂と呼ばれたものです。イトムカ鉱山発見時に見つかった芋辰砂は握りこぶし大の大きさだったそうです。

1936年(昭和11年)に暴風雨による倒木を撤去するための搬出道路を開削中に良質の辰砂が発見されたのをきっかけに、1939年(昭和14年)に旧野村財閥系列の大和鉱業(翌年野村鉱業と改称、現野村興産)が採掘と製錬に着手しました。イトムカ鉱山では粗鉱中に自然水銀が多く含まれていたため、選鉱の前段階で比重を利用した捕集器で自然水銀が採取され、次いで浮遊選鉱が行われたとのことです。
貴重な軍事物資として増産が図られた結果、1944年(昭和19年)には約190トンの水銀を生産し、東洋一といわれる水銀鉱山となりました。戦後も一時期を除き生産が続けられ、1964年には生産量が2,474トンに達しましたが、より安価な海外産鉱石の流入や公害問題への関心の高まりを受け1970年(昭和45年)には生産規模が大幅に縮小され、1973年(昭和48年)に採掘中止、閉山となりました。イトムカ鉱山の総生産量は約3,300トン、これは明治以降日本で生産された水銀の約60%に相当するといわれています。翌1974年(昭和49年)に野村興産はイトムカ鉱業所を含水銀廃棄物処理プラントに転換、現在でも水銀を中心としたリサイクル事業を継続しています。

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