Giuseppe Martucci Piano Concerto No.2 hoka

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1.ジュゼッペ・マルトゥッチ/ピアノ協奏曲第2番変ロ短調 op.66

第1楽章 アレグロ・ジュスト
第2楽章 ラルゲット
第3楽章 アレグロ・コン スピリート

https://youtu.be/1YcncYo-43U?si=Qfmr-AlrVLZZXQEN

2.楽興の時とメヌエット- Momento musicale e Minuetto (arr. for string orchestra)(弦楽オーケストラ編)
3.ノヴェレッタ Op. 82 No. 2 (管弦楽編) - Novelletta, Op. 82, No. 2 (arr. for orchestra)
4.セレナータ Op. 57 No. 2 (管弦楽編) - Serenata, Op. 57, No. 2 (arr. for orchestra)
5.東洋の色彩 Op. 44, No. 3 (管弦楽編)-Colore orientale,Op. 44, No. 3 (arr. for orchestra)

ジュゼッペ・マルトゥッチというイタリアの作曲家、僕自身がイタリア音楽に暗いと言うこともあったけれど、彼の作品を多く聴くにつれ、この人はメンデルスゾーン的な才能を持った人であったのだと思えてきた。
そして、また楽しみが増えた。
最近では敢えて典型とは言わないけれど、19世紀半ばから20世紀の黎明までイタリア音楽の歌劇偏重の風潮に真っ向勝負を挑んだイタリア器楽曲復興の巨人として改めて聴き直している。
わずかに手許にあったCDや友人に送ってもらったテープよりも多くの音楽が今ではネットで聴ける。
それもクオリティにある程度目をつむれば昔の雑音と音楽が同化しているモノラルレコードを聴いているような苦しさと矛盾は感じない。
時代は変わったね。
彼は作曲家として多くの聴き応えのある作品を残し、指揮者としてワグナーの楽劇を楽天的なイタリア歌劇ファンの前に初めてつきだして見せた。
イギリス音楽にも造詣が深く、ピアニストとしても自身の協奏曲を楽々とこなすだけの技量と音楽性を持っていた。
その、意外と有名なピアノ協奏曲。
特にこの第2番はグスタフ・マーラーの1911年のニューヨーク告別演奏会のプログラムに載せられ、アントン・ルビンシティンのレパートリーともなっていた。
とても聴き応えのある本格的に練られた作品である。
トスカニーニはマルトゥッチの作品をくり返し演奏していたが、この作品も彼が何度もピアニストを換えて取り上げるだけの仕上がりである。
ブラームスの協奏曲に酷似する。
それはただ上っ面を似せてどうなるものではない。それは『真似』て真似られるモノではない。

重層的な音構造と厚みのあるオーケストラのトウッティでも沈み込まない演奏者の強靱な肩を必要とするピアニズム。
変転する金管楽器のくすんだ歌の中から立ち上がる燻されたチェロのメロディ。
粘らないロマンティシズム。強靱な分散和音を包む高音のトレモロ。
シンフォニックな音響の交歓が作品の緻密さと粋と男っぽさをブラームスの2曲に近づけている。
メトネルの第1、第2の協奏曲は余人にない典型の魅力を知らせてくれたけれど、この作品は音楽として、聴くものに管弦楽曲のスケールの中に溶け込みつつ対峙する『協奏』の魅力を再確認させる。
言わば、ブラームス/ピアノ協奏曲第3番である。
トスカニーニやこの曲を生涯最後に指揮したグスタフ・マーラーの渾身の紹介もあり、当時この作品は相当な人気であった。
大戦を経て世界にもう一度蘇り、広めるべき音楽を再びバッハやベートーヴェンや、モーツァルトから始めざるをえなかった世界はそこで多くの音楽の巨人の扉を封印したまま、新たにその朽ちた扉から洩れる才気の光に慌てて発掘を始めたようなものだ。
第3楽章はマルトゥッチの個性だろうね。この切れ味は凄い。
当然のことながらお国のイタリアでは当たり前の作曲家である。

ホントに、今さらながら音楽ってのは…

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