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1980 7TH PMA LOTUS FORD 81 E.DE.ANGELIS
アンジェリス ロータスシート獲得 自身初の表彰台LOTUS FORD 81 1980年アンジェリスは前年末のロータスの テスト走行にてN・マンセル E・チーバーなど シート争に勝ちロータスのシートを手に入れる チームメイトはマリオ・アンドレッティ モデル仕様のR2ブラジルGP 予選7位より決勝2位表彰台獲得 当時は弱冠21歳 アンジェリスの生涯表彰台回数は9回 その後ロータスのマシンの不振もあり 中盤戦は苦戦 後半戦で4位2回 6位1回 年間で4度の入賞で年間8位 チームメイトのマリオは入賞1回と大不振 翌1981年マリオはアルファロメオに移籍 アンジェリスは1985年までの6年間 チームロータスのエースとして君臨する
230602 E.DE.ANGELIS 12 1/43FW12C
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1981 8TH PMA LOTUS FORD 88 E.DE.ANGELIS
ロータス2年目 エリオ・デ・アンジェリス 決勝未出走 幻のマシンLOTUS FORD 88 1981年ロータスはニューマシンの モノコックの上に可動式カウルを被せた ツインシャーシという独特の構造を持つ LOTUS FORD 88を投入した 開幕戦のアメリカWEST ロングビーチで 車検をパスしてプラクティスは出走したが 空力性能に関連するボディワークは ばね上に完全に固定されなければならない というレギュレーションに抵触すると 他チームから抗議で実戦の投入を禁止された 結局R2・R3もLOTUS88を持ち込むも 決勝では出走することができず チームは抗議の意味で R4サンマリノGPを欠場した アンジェリスは前半を改良型LOTUS 81B 後半戦をLOTUS 87で参戦するも マシンの熟成不足もあり表彰台は無し 4位1回 5位4回 6位3回の8度の入賞で 年間順位は8位 14ポイント 新規加入のTMのN・マンセル(8P)は上回った MINICHAMPSは1981年のロータスのマシンを 決勝走行した81Bと87は発売せずに 未出走の88のみをリリース 謎のラインナップ #F1-1981年
E.DE.ANGELIS 2.016 11 1/43FW12C
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1984 3RD SPARK LOTUS RENAULT 95T E.DE.ANGELIS
エリオ・デ・アンジェリス キャリアベスト 年間3位 LOTUS RENAULT 95T ロータス5年目のアンジェリス TMは4年連続でナイジェル・マンセル 新車LOTUS 95Tはレギュレーション 変更に合わせ小型化 タイヤを ピレリ→グッドイヤーに変更 開幕戦ブラジルでPP獲得→決勝3位 その後は開幕から10戦連続完走 9戦入賞 4度の表彰台と安定した走り 最高位はモデル仕様のR8アメリカEAST デトロイトGPでの予選5位→決勝2位 優勝は無かったもののマクラーレンの N・ラウダ A・プロストに次ぐ年間3位 アンジェリスのキャリアベスト 翌1985年もアンジェリスはロータスに残留 N・マンセルが移籍でA・セナが加入する こちらのモデルは2022年6月に発売 John Player Specialのタバコデカールが 最初から添付された状態で販売 今後はこれがスタンダードとなるのか?? それも含めてか値段もUPされ SPARK F1モデルは定価が 2009年発売当初に比べて約2400円UP 時代の流れなので仕方ないのでしょうか… #F1-1984年
E.DE.ANGELIS 11 1/43 John Player SpecialFW12C
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1979 16TH IXO SHADOW DN9 E.DE ANGELIS
エリオ・デ・アンジェリスのデビューマシン 弱冠20歳でのデビュー TMはJ・ラーマス 1977年イタリアF3チャンピオン 1978年イギリスF3モナコで優勝 1979年アンジェリスはシャドウと8戦の契約 開幕戦はD・オンガイス(アメリカ)の予定 しかし膝のケガもありアンジェリスが出走 予選15位→決勝7位の好スタートもあり 結局最終戦までアンジェリスがドライブ シャドウは資金不足で競争力の劣るマシン 予選 R9イギリスの12位が最高 決勝 最終戦のアメリカ東 予選20位から雨の中決勝4位で初の入賞 明記されていないがモデルは レインタイヤの為 最終戦仕様と思われる この入賞は翌年途中撤退するシャドウの チーム最後の27回目の入賞でもあった アンジェリスは堅実な走りと 紳士的な態度・プロ意識が目に留まり 翌年1980年は名門ロータスに移籍する #1979 #f1
E.DE.ANGELIS F1マシンコレクション 18 81FW12C
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1982 9TH SPARK LOTUS FORD 91 E.DE.ANGELIS 〖🏆1〗
#1982 #LOTUS
E.DE.ANGELIS 1/43 John Player Special LOTUSFW12C
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1986 (24TH) PMA BRABHAM BMW BT55 E.DE ANGELIS
アンジェリス 最後のマシン BRABHAM BMW BT55 アンジェリスは6年過ごしたロータスを離れ 1986年は運命のブラバムの移籍 チームメイトはリカルド・パトレーゼ ゴートン・マレー作のBT55は 車高を極限まで低くした特殊な形状 安定性を高めることを狙ったが BMWのエンジン搭載によりホイールベースを 極端に長くするなど扱いにくいシャシー特性 アンジェリスはR4モナコまで完走僅か1回 状況を打破するべく行われたフランスの ポール・リカールでのテスト中 リアウイングが脱落してクラッシュ 出火するマシンに長時間取り残され 救出活動が難航して翌日帰らぬ人となった この事故を契機にテスト実施時においても グランプリ開催時と同等の安全対策や マーシャルの配置が義務付けられる事となった アンジェリスの事故の次の死亡事故は 1994年のサンマリノGPとなる 誠実で他のドライバ―からも人気のあった エリオ・デ・アンジェリス J・アレジは彼を尊敬しヘルメットの デザインのサイドの赤黒ラインを継承し 愛用し続け息子のジュリア―にも引き継がれた 🏁エリオ・デ・アンジェリス (イタリア) 【決勝出走数】106回(入賞43回-表彰台9回) 【予選最高位】 PP(3回) 1983年 LOTUS R14ヨーロッパ 1984年 LOTUS R1 ブラジル 1985年 LOTUS R5 カナダ 【決勝最高位】 優勝(2回) 1982年 LOTUS R13オーストリア 1985年 LOTUS R3 サンマリノ
E.DE.ANGELIS 1986 8 1/43FW12C
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1985 5TH PMA LOTUS RENAULT 97T E.DE.ANGELIS〖🏆1〗
E.DE.ANGELIS 11 1/43 LOTUSFW12C