UGT Museum

by ミューゼオロゴ
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Since 2020 April

"古文銭を主に展示しています。価値よりもバラエティ重視で展示しています。※各収集品名末尾のNoは個人収集Noですので気になさらないでください。"

ミュージアム・オーナー

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UGT

入館者数10340人

アイテム展示数459個

いいね!数492個

Museum Owner

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UGT

コインの中でも、古文銭を主に集めています。古文銭はニセモノが多いうえ、ほぼすべての業者が真贋保証せず売却困難というコレクター泣かせのアイテムです。収集はお勧めしません。私の展示物も真贋保証できませんのでご了承ください。また、写真はスマホで適当に撮影していますので見苦しいものも多いかと思いますが、併せてご了承ください。

Floor Map

  • 20F

    番外編

    5
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  • 19F

    文献の部

    14
    File
  • 18F

    その他古文銭の部

    22
    File
  • 17F

    三国貨幣の部

    15
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  • 16F

    五銖銭の部②(三国五銖~)

    30
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  • 15F

    五銖銭の部①(~東漢五銖)

    75
    File
  • 14F

    王莽銭の部

    45
    File
  • 13F

    半両銭の部②(漢代)

    36
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  • 12F

    半両銭の部①(秦円銭)

    21
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  • 11F

    円銭の部

    8
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  • 10F

    直刀他の部

    6
    File
  • 9F

    明刀の部

    63
    File
  • 8F

    斉大刀の部

    2
    File
  • 7F

    尖首刀の部

    15
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  • 6F

    鋭角布の部

    3
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  • 5F

    方足布の部

    58
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  • 4F

    尖足布の部

    29
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  • 3F

    橋足布の部

    7
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  • 2F

    空首布の部

    3
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  • 1F

    貝貨・蟻鼻銭の部

    11
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  • Entrance

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1F 貝貨・蟻鼻銭の部 11

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「貝貨」は文字通り貝でできた貨幣です。多くの場合、インド洋~西太平洋南方に生息する「タカラガイ(子安貝)」が使用されています(他にも淡水貝、石、土、骨をタカラガイに模したものがあります)。 タカラガイは希少性・耐久性・形の斉一性から、新石器時代より大量に使用されてきました。そのため「貝貨」は世界でもいち早く登場した貨幣とも呼ばれます。 しかしその一方で、「貝貨」が本当に貨幣の機能を持っていたかは疑問視されてもいます。タカラガイは呪術、宝飾、贈与交換の用途に限定して用いられたという説もあります。特に日本の研究者は「貝貨」を貨幣と見ることに否定的な気がします。 次に「蟻鼻銭」ですが、小さく形状がアリの頭に似ていることからこの名がつけられました(当時そう呼んでいたかは定かでない)。また、楚の貨幣とされるため「楚貝貨」とも呼ばれています。古くより貝の形を模しているとされますが、「貝貨」から形状の連続性は見いだせないように思います(小孔くらい?)。なお、「蟻鼻銭」は銭文が陰文で記されるという他の貨幣にはない特徴があります。

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2F 空首布の部 3

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空首布は当時の農具「鏟」より派生した貨幣と言われています。その名の通り上部の首は空洞になっていて、木製の柄を差し込む部分の名残りと言われています(現在は大体土が詰まっています)。 春秋時代中頃に発生し戦国時代早期まで流通したと考えられ、後の平首布(尖首布、方足布など)につながっていきます。 種類は大きく分けて3種類、「平肩空首布」「聳肩空首布」「斜肩空首布」があり、銭文は200種類を超えます。この貨幣は非常に薄くもろいため、入手するにも「発送不可・現地引取」の可能性が高く収集ハードルが高くなっています。

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3F 橋足布の部 7

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この貨幣は橋形方足布、弧襠方足平首布ともいわれます。戦国時代中期の魏にて発行されますが、魏の国家が発行したのか、民間が発行したのかは意見が分かれています。種類は「安邑~釿」といった「釿布」で19種、「梁~当寽」といった「梁布」で4種が確認されています。基本的に、後続する尖足布や方足布より大型になります。

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4F 尖足布の部 29

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尖足布は主に戦国時代の趙で発行された貨幣です。その名の通り、基本的に足が尖っています。面側の文字は都市名と言われますが、笵型の出土状態からして都市の名前=鋳造地というわけでもなさそうです。大きさは大型と小型の2種類あり、銭文は約40種類と言われています。

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5F 方足布の部 58

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布幣のうち、方足布(小型の平襠方足平首布)を展示します。方足布は主に戦国時代中期~晩期の三晋(韓・魏・趙)、燕などで発行された貨幣です。面側の文字は都市名と言われますが、笵型の出土状態からして都市の名前=鋳造地というわけでもなさそうです。比較的安価なものも多いですが、種類は160以上あるともいわれます。更には同じ銭文でも書体がバラエティに富んでおり、沼にはまりやすいカテゴリーです。

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6F 鋭角布の部 3

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鋭角布は、有耳布ともいわれます。名のゆえんは頭部に尖ったツノ(耳)を有するところからです。戦国時代中頃に魏または韓で鋳造されたと言われています。サイズは大型と小型に分けられますが、これは発行時期、発行主体がサイズで異なるのではないかといわれています。銭文は「慮氏百涅(慮氏涅金)」「舟百涅(氏涅金)」「百涅(涅金)」「亳百涅(亳涅金)」「不能読(垂)」「公」の6種類とされています。「尖足布」「方足布」と比べると、発行枚数・銭文数ともに控えめのようです。

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7F 尖首刀の部 15

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尖首刀は、見た目のとおり、刃先が尖っているところからその名がつけられました。北方遊牧民が使用していた銅削刀をモデルとし、春秋時代中頃~戦国時代前期に流通したと言われています。発行は戎、狄などの民間で行われ、燕や中山で流通したようですが、詳しくはわかりません。銭文は80種類をこえ、ただでさえ文字の特定ができないのに倒書(逆さ文字)らしきものも多く悩ましいです。形状はざっくり大中小の3種類に分けられます。大型は全長16㎝を超え、刃の背中側外郭が分厚い作りで、刃の先端が直線状に切れた形状になっています。一方の中型と小型は、刃の先端が内側に凹んだ形となっています。中型と小型を明確に分けるのは難しいですが、小型の方が全体の反りが小さく、刃の幅も細い傾向にあり、どことなく明刀を思わせます。私はとりあえず全長15㎝あたりで区分けしています。ところで、日本コレクター向けの書籍にある尖首刀解説に「背面側の柄の竪線が1本=中山、2本=燕」という説を紹介したものを見かけますが、これはどこから援用した説なのでしょうか。私が入手できていない『中国钱币大辞典』でしょうか。柄の竪線で鋳造地分類を行った文献を私は未だ見たことがありません。

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8F 斉大刀の部 2

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刀幣のうち、斉大刀の展示をしています。斉大刀は三字刀(斉法化)、四字刀、五字刀、六字刀があり、いずれも斉の鋳造とされています。基本的に斉の統一貨幣と考えられますが、六字刀は記念貨幣とみる説もあります。 鋳造時期は諸説あり、春秋時代からだったり、戦国時代からだったりとマチマチです。一時期は尖首刀に先行するといわれていましたが、現在は尖首刀より後との説が一般的です。 なお、斉大刀の中でも文字数が多い方が古く、数も少ないとされています。三字刀は宝六化・宝四化と共伴して出土するようですので、円銭を補助貨幣として、組み合わせ使用していたのかもしれません。 斉大刀はいずれも現存数が少ないアイテムの一つです。三字刀は比較的数量が多く入手しやすい方ですが、だからと言って私のような一般庶民がホイホイ購入できる金額ではありません…。

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9F 明刀の部 63

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名の由来は面に記されている「明」の文字からです。しかし本当に「明」と読むのかはわかっていません。他の説には、燕の国名を指す「匽」や、「苣」「易」などがあります。発行地は多くが燕と言われます(燕明刀)が、一部には斉鋳造のもの(斉明刀)もあります。発行時期には春秋時代説、戦国時代説があり、先行する尖首刀や同時期?の斉大刀との接続はよくわかっていません。…つまり、わからないことだらけです。明刀の編年も諸説ありますが、いずれも形状が「丸背」から「折背」になっていく、「明」の形が角ばった大きなものから丸に、そして平べったくなっていくという傾向があります。背の銭文は「左」「右」「中(易)」「外」など多岐にわたります。これは陶工の「左陶」「右陶」などのような官営鋳造地区分ではないかと言われています。背の銭文は200種類以上あるようです。…明刀は昔から雑銭とされ、資産家コレクターからは「そんなもん」扱いをされたりしますが、銭文はかなり魅力的です。こう思うのは私だけでしょうか。なお、銭文の読みは基本的に黄錫全氏の見解を参考にしています。

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10F 直刀他の部 6

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直刀は「円首刀」ともよばれるもので、戦国時代晩期あたりに出現しました。燕の明刀影響下で発行されたと考えられています。大きさはざっくり大型・小型に分けられます。大型は15cm程度の大きさで、趙・中山にて鋳造されたとされます。小型は「小直刀」とも言い10cm程度の大きさのものを指し、趙・魏で鋳造されたとされています。大型品は基本、面側に銭文、柄に2本の線が入りますが、背側には銭文、柄の線が入りません。 「その他の刀幣」には「針首刀」「截首刀(切首刀・剪首刀)」があります。前者は山戎が尖首刀を模して製造したという説、後者は尖首刀を切断し明刀の重量に合わせたとの説があります。

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11F 円銭の部 8

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ここでは円銭(圜銭、古圓法)を扱います。円銭は戦国時代中期に出現したといわれています。 大雑把に区分すると、中央の孔が丸い「円孔」と四角の「方孔」の2種類あります。以前は「円孔」が先に出現し、のちに「方孔」に変化していったと考えられていましたが、現在では「円孔」「方孔」同時並行という説も支持されています。 円孔円銭の形状は、玉璧や紡錘車を模したとされ、流通地域は三晋地域や周王畿周辺でした。一方の方孔円銭は、燕、斉、秦での流通になります。 なお、秦の貨幣は半両にバラエティがありますので、別項を設けそちらに掲載したく思います。

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12F 半両銭の部①(秦円銭) 21

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ここでは秦が発行した円銭を掲載します。と言っても、半両銭以外は入手難度が高く、ほとんど掲載できそうにないため、コレクションルーム名は半両銭と表示しています。 半両銭は秦の統一前から西漢(前漢)初期まで発行された貨幣です。秦は当初、三晋地域同様「円孔」円銭を発行していましたが、「方孔」円銭に変更しました。これは天地思想(○=天、□=地)をもとに、秦の貨幣があまねく流通するように、との意味を込めたためとされますがどうなのでしょうか…。 それはともかく、半両銭は形状、書体のバラエティに富んでいます。原因は、鋳造拠点が各地にあったり、一時期私鋳を許可していたりするためで、どこまで分類すべきか難しいものがあります。「半両銭は数枚で足る」という収集家もいますが、手作り感満載で銭文は味わい深いものが多く、なかなか面白いと思います。まずは細かいことを気にせず、気に入ったものを集めるのがよいかと思います。

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13F 半両銭の部②(漢代) 36

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ここでは漢代に発行された半両銭を掲載します。特に、四銖半両をメインにします。 四銖半両は呂皇后亡き後、文帝が制定したもので、BC175年に発行されたといわれます。一時期私鋳を認めていたためバラエティに富んでいます。とはいえ、作りや書体はこれまでの半両銭と比較するとそこそこ整っています。これは文帝の寵臣鄧通や呉王劉濞といった有力者が大規模に鋳造したためと考えられます。

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14F 王莽銭の部 45

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こちらには「新」の時代に発行された所謂「王莽銭」を展示します。「王莽」というのは、西漢(前漢)を乗っ取り「新」を建国した人物の名前です。 この王莽は儒学者で、厳格な復古思想のもと多くの改革を行いました。貨幣制度も大きく変え、西漢武帝以来使用され続けた五銖銭を廃止し、古来の刀幣や布幣を模した貨幣に変えました。 これらの貨幣は、形状こそ古いものの先進的な名目貨幣(素材の価値ではなく法で価値を定めた貨幣)でした。その後も王莽は「宝貨制」で黄金・銀・亀・貝も貨幣として復活させるなどの改革を行っています。 しかしこれら改革は、経済を混乱させただけでした。結果「新」は、建国後15年で滅亡してしまいます。王莽の経済政策は、貨幣制度に限らず総じて「古すぎて新しすぎた」ため当時の人にはなじまなかったようです。 王莽は当時としては簒奪者、政策の失敗者かもしれません。しかし、現代の貨幣収集家としてはバラエティに富んだ貨幣をたくさん作ってくれたありがたい存在といえます。

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15F 五銖銭の部①(~東漢五銖) 75

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五銖銭は、約700年間という長期にわたり大量に発行された貨幣です。そのため非常に多くの分類が存在しますが、各期間で明確に分類できるわけではありません。現在でも様々な「○○五銖」があふれており、分類に一貫性がありません。同じ「○○五銖」という名称でも、人によって指すものが異なることもしばしばで、収集家を悩ませます。また、大量に発行されたという事実が希少性を見い出しにくくし、収集熱が上がりにくい分野となっています。しかし、逆に安価で様々なバラエティを入手できる分野ともいえます。正直私はまともに分類できませんので、個人的に面白そうなものを中心に載せています。ここでは漢代に発行された五銖(西漢~東漢)までを扱い、三国時代(魏呉蜀)以降は別項とします。

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16F 五銖銭の部②(三国五銖~) 30

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三国時代(魏呉蜀)以降、戦乱が続き貨幣経済は滅茶苦茶になります。各国は独自の貨幣を発行しますが良質な貨幣は少なく、多くがインフレを引き起こすような名目貨幣でした。このため、結局五銖銭が貨幣の中心であり続けます。しかしその五銖銭もインフレの中どんどん粗悪化が進んでいたので、実質は布(布帛)や物自体が交換経済の中心となっていたと思われます。 三国時代以降の五銖銭は、上述のような理由で粗悪品だらけで、実質分類不能な状態です。中国内では発掘報告をもとに五銖銭をどんどん細分化してはいますが、書体で分類しているわけではありません。「この時代の墓からこんな五銖銭が出てきたよ」と言っているだけです。正直、どの中国書籍を読んでも五銖銭の形状だけで分類できるとは思えません。 日本でも三国時代以降の五銖銭は昔から多くの名称で分類してきました。例えば「曹魏五銖」(曹魏)、「沈郎五銖」(東晋)、「稚銭五銖」(梁?)、「六朝五銖」(三国以降・私鋳?)というものがありますが、これらは明確に区別できないと思います。当時もごちゃまぜで使用されていた気がします。…本当に五銖銭は悩ましいです。 しかし、「分類できない=掲載しない」というのもアレですので、とりあえず「称:○○五銖」や「俗:○○五銖」など、購入時の注意書きなどを残した形で掲載しておきたいと思います。いつかきれいに分類できることを祈ります。 なお、「直百五銖」や「永安五銖」など「五銖」以外の文字が入った貨幣は別項に記載します。わかりにくく申し訳ございません。

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17F 三国貨幣の部 15

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東漢は黄巾の乱で荒廃し、三国時代に入ります。ここでは三国(魏呉蜀)で発行された貨幣を掲載します。ただし、魏の五銖は六朝期のものと判別がつかない事もあり、ここではなく「五銖銭の部」に掲載しています。

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18F その他古文銭の部 22

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他の部から漏れてしまった古文銭を紹介していきます。時代も地域もバラバラですがご了承ください。

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19F 文献の部 14

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ここでは古文銭収集を行う上で、実用的な書籍コレクションを紹介します。時間ができたら、古文銭研究史(古文銭収集史)上重要な書籍についても紹介していきたいと思います。

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20F 番外編 5

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古文銭以外のコレクションを展示します。ごった煮です。いつか整理したいとおもいます。

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