本当に良い「革」とは? 「なめし」と「仕上げ」が個性を決める!

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取材・文・写真/ 野口 武

以前、『革』というタイトルのムック制作をした。一通りの仕事を覚えたとはいえ、まだ20代後半の編集者にとって、歯ごたえのある大それたテーマであり、無我夢中で取り組んだ記憶がある。
今回、改めて『革』というテーマと向き合うことになったが、相変わらず『革』は大きなテーマであり、ワクワクしながらも、どこか身が引き締まる思いもする。
第1回は、海外等から革を仕入れる問屋さんである株式会社ストック小島の岩﨑久芳さんにお話をうかがった。革の基礎である「なめし」と「仕上げ」を学び、本当に良い革とは何かを探る。

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「皮」から「革」へ昇華させる

革の歴史は極めて古く、およそ200万年前の旧石器時代までさかのぼると考えられている。人類が石器を作って狩りを始め、動物から肉を得るようになった時代だ。その副産物である皮は、人類最古の衣服として活用されるようになる。しかし問題がひとつあった。それは皮が、やがて腐ってしまうということだ。

香港、イタリア、フランスなど海外の展示会に趣き、さまざまな革を仕入れている革問屋・株式会社ストック小島の岩﨑久芳さんは次のように話す。
「『皮』とは動物の身体からはいで、そのままでは腐ってしまう生の状態。それを、腐ったり、変質しないように仕上げたものが『革』です。このような『皮』を『革』にする工程を“なめし”と言います。日干しにしたり、煙でいぶしたり、草木の汁につけたり、さまざまな方法が考案されました」

 腐らないように、皮から革へ、変化させる“なめし”の技術は、人類の歴史とともに発展してきた。やわらかく使いやすい素材にするために、なめしの工程には、もんで叩いたり、動物の油をぬるなど、さまざまな作業が加わっていった。

現在の「なめし」の方法は、「クロム」「タンニン」「コンビネーション」の3種

それでは、現在行われている、なめしの方法には、どんなものがあるのだろうか?

「なめしの種類は、大きく分けると3種類あります。『クロムなめし』と『植物タンニンなめし』と『コンビネーションなめし(複合なめし)』です。簡単にいうと、短時間で高性能な革が作れるのがクロムなめし。手間暇はかかるけれど味わいのある革が作れるのが植物タンニンなめし。この両方の、それぞれの良いところをとったのがコンビネーションなめしです」

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クロムなめし 

化学薬品(塩基性硫酸クロム)を使ってなめす。皮をドラムに入れて、回転させて、数週間ほどで完成。なめした後はウエットブルーとよばれる青色の下地になる。写真はドラムを使ったクロムなめしの様子。

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植物タンニンなめし 

植物の“渋”成分タンニンでなめす。ピットという槽につける方法と、ドラムを使い手早く作る方法があり、完成まで数カ月かかる。なめした後は茶色っぽい色の下地になる。写真はピット槽を使った植物タンニンなめしの様子。

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コンビネーションなめし(複合なめし)

クロムなめしと植物タンニンなめしの両方のメリットを生かしたなめし方。基本はドラムを使う。なめした後は茶色の下地になる。

「クロム」「タンニン」「コンビネーション」のなめし革の違いについて

それでは、3種類のなめしで作られた革に着目したい。『クロムなめし』『植物タンニンなめし』『コンビネーションなめし(複合なめし)』から作られた革には、どのような特徴があり、実際にどんな物に利用されるのだろうか?

「クロムなめしは、化学薬品の塩基性硫酸クロムをなめし剤に使用する方法で、1884年に実用化された比較的新しい技術です。柔軟性、保存性、耐久性、染色性が良く、短期間で仕上げられるので大量生産にも向いています。身にまとう衣類や上品な革小物、ハンドバック、カバン、クツなどに多く利用されています」

「植物タンニンなめしは、植物の樹皮などから抽出したタンニン(渋)を主成分とするなめし剤を使い古代エジプト時代より行われているもっとも古い方法です。クロムなめしの革と比べると、なめすのに数カ月かかるなど、非常に手間と時間がかかります。伸び、弾性が少なく、耐熱性はいくぶん劣りますが、可塑性(変形させると元にもどらない性質)に富んでいるので成形しやすい革です。タンニンによる発色から、日焼けによる色の変化や使うほどに味わいのでる経年変化を楽しめます。馬具、靴底、ベルト、革小物、ハンドバック、カバン等に多く使われています。植物タンニンの革は火で燃やすと炭になり、土に埋めると自然にかえるエコロジーな革でもあります」

「コンビネーションなめし(複合なめし)は、クロムなめしと植物タンニンなめしの両方のメリットを生かしたなめし方です。たとえばクロムなめしの後に、タンニンなどで再なめしをすることにより、単独のなめし剤では得られない多様な特性を付加したり、単独のなめしの欠点を補ったりするできる利点があります」

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なめした革の仕上げは、「どれくらいお化粧するか?」がポイント 

「革をなめした後は、仕上げを行います。実はこの工程も、革の善し悪しを決める、重要な要素になるんです」と岩﨑さんは話す。

早速、なめした革にほどこされる、代表的なカラーリングの仕上げ方法についてうかがった。

「仕上げ方法は、よく女性のお化粧にたとえられることが多いですね。つまり、スッピンに近い状態にするか、どの程度お化粧をほどこすか、ということです。簡単に言うと、もとの革がきれいであればスッピンに近い状態でいけますが、キズを隠すためにはお化粧を厚くしていく必要がでてきます。革の仕上げ方法は、『素仕上げ』『染料仕上げ』『顔料仕上げ』の3つに分けられます。下にいくほど、化粧が濃くなっていくイメージですね。どの仕上げ方法を取るかは、もともとの革にする前の原皮の品質にも左右されてきますね」

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素仕上げ

ほとんど仕上げ剤を使用せず、フェルトバフなどで、革の表面をこすって艶を出したもの。

長所 革の肌触り、質感をダイレクトに味わえる、革らしい革。
短所 水でぬれるとシミができるなど汚れやすい。

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染料仕上げ(アニリン仕上げ)

アニリン染料を革に染みこませ色をつける。表面に少し顔料を使うのはセミアリニン仕上げ。

長所 革の素材感を活かしながら色をつけられる。
短所 革の表面に傷があれば、そのまま出てしまう。

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顔料仕上げ

革の表面全体に、スプレーなどを使って顔料を吹きかけて、革の上から色をのせる方法。

長所 鮮やかな着色ができ、均一な革をたくさん作れる。キズも隠せる。
短所 表面をコーティングするため、革らしい質感はなくなる。

イタリアの伝統技法タンポナートで仕上げられた最高の革 

仕上げ方法の一例として、職人の卓越した技術が詰まった染料仕上げの革を見せてもらった。下の写真は、イタリアの伝統的技法タンポナートによって仕上げた革だ。タンポナートは、染料をふくんだ綿をガーゼで包み、革の表面をポンポンとたたくように色をつけていく技法。職人が一枚一枚手染めをしており、革の素材の良さを活かしながら、実に味わいのある革に仕上げていく。伝統の力や職人の感性が宿る革といえるだろう。

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「イタリアのタンポナートなどによる革は、とても雰囲気があります。一枚一枚、革によって色合いが異なるため、均一の革をたくさんそろえるのは難しくなります。また、革の素材感を大切にしているため、色落ちもしやすい。しかしイタリアには、『革は、色落ちをして当たり前』『革は一枚一枚ちがう表情を持っているもの』という、革を深く理解したバックグラウンドがあるんです」

革問屋さんから見て、良い革ってどんな革ですか?

革は、「なめしの方法」×「仕上げ方法」の組み合わせで、特徴が変わることがわかった。それでは、最後に、適切に「なめし」と「仕上げ」がほどこされた「良い革」とはどんな革なのかをうかがった。

「前置きとしては、そもそも良い革、悪い革という明確な基準はありません。持つ人が丹念に選んだものが、その人にとっての良い革だと思います。つまり、良い革の基準は、それを持つ人の価値観によるのです。ここでは、私なりの良い革についての考えをお話します」

 これまで革業界一筋45年の岩﨑さんに、良い革の考え方を披露してもらった。

「まず一つ目は『長く良い状態で使い続けられる』のが良い革だと思います。革は伸ばしても元に戻る性質がありますが、革の品質で大きく変わります。実績あるタンナーでなめした革は、多少伸ばしてシワが出ても、やがて元に戻るため、長く使っても型崩れしにくいのです。ですから、なめしをするタンナーの技術はとても大きいと言えます。

二つ目は『革が持つ風合いを楽しめること』が良い革の条件だと思います。キズの少ない、状態の良い革に、表面に光沢を出す素仕上げや、うっすらと化粧をする染料仕上げなどをほどこし、革そのものの風合いが味わえるものが良い革だと思います」

 最後に、クロムなめしとタンニンなめし、それぞれの良い革の一例を岩﨑さんに上げてもらった。

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クロムなめしの革

アニリンカーフ
生後6カ月くらいまでの子牛から作られる、緻密でキズの少ないカーフをクロムでなめし、革の風合いを生かしながら丁寧に染色する。見た目も美しく、手触りも心地良い。衣料や靴などに、幅広く使われる。

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タンニンなめしの革

ブライドルレザー
「成牛の厚くて丈夫な原皮から作られる、タンニンなめしの革を染料仕上げした後、蜜ロウを染みこませた革のため、使うほどにロウが革に染みこみ、味が出てなじむ。元は馬の鞍を造るための丈夫な革だが、最近は革小物にもよく使われる。

「良い革」は、確かな技術でなめしが行われることで、長く使っても型崩れしない。そして革らしい質感を大事にしながら、仕上げが適切にほどこされているものと言うことができる。まずは「なめし」と「仕上げ」に着目し、自分にとって最良の革を見つけてほしい。

ーおわりー

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公開日:2015年12月20日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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野口 武

編集者・ライター。大学時代にバックパッカーとして旅する。編プロ・出版社に勤務し、ガイドブック、革などのグッズ系、インテリアなどの本を手がける。現在、編集プロダクションJETに所属し児童書を中心に多岐の本を制作。また、2015年には株式会社まる出版の立ち上げに参画。リアル遊びメディア『Playlife』の公式プランナーで100万PVを超える。著書に被災地等を取材した『タオルの絆』(コープ出版)がある。

終わりに

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今回は、皮から革にする“なめし”と、革の表情を決める“仕上げ”について紹介し、さらに革のプロの目から見た“良い革”の一例を取り上げた。最初のうちは、革を見て「なめし」と「仕上げ」を見極めるのは、なかなか難しいかもしれない。まずは、お店の人に情報を聞きながら、自分好みの革製品を検討するのが良さそうだ。あくまで、ここで紹介したのはひとつの基準。自分の中の良い革を深めていく一助になれば幸いだ。
次回は、究極のマテリアルとも言われる、「革の機能性」について迫りたい。

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