MONTBLANC「PIX NO.75」。極上の書き味にシビれるシャープペンシル。

MONTBLANC「PIX NO.75」。極上の書き味にシビれるシャープペンシル。_image

文・写真/山縣 基与志

履き慣らした靴や使い込んだ家具。ほとんどのモノは一度使ってしまうと、新品で買った時よりも価値が落ちてしまいます。

ただ、それは他者から見た場合のこと。長く愛用できる自分にとっての一生モノは使ってこそ価値が出てくるもの。旅先でつけた傷が、経年変化してあせた色合いが、思い出を振り返る手助けをしてくれます。

この連載では、モノ雑誌の編集者として数多くの名品に触れてきた山縣基与志さんが「実際に使ってみて、本当に手元に置いておきたい」と感じた一品を紹介します。第一回はモンブランのシャープペンシル。極上の書き味を持つそのペンには、職人の技術と金ペン堂のご主人のこだわりが詰まっていました。

心から気に入ったモノと極上の時間を過ごしている

モノが大好きだ!愛すべきモノたちに囲まれて過ごすのは極上の時間と言っていい。これまでたくさんのモノを手に入れ愛でてきた。

中学生の頃に雑誌「POPEYE」が創刊され、海外のモノと関わってしまって以来、いつもいいモノを探し求めてきた。雑誌「ラピタ」と関わるようになってモノへの思いはさらに加速!何でも極めないと気が済まない性格ゆえに、モノが身の回りに氾濫するようになった。

齢五十歳を越えると、そんなモノへの思いにも変化が現れた。

これまでは、とにかくいろいろなモノに触れたい、手に入れたいという物欲が先行していたのだが、人生を折り返してみると、心から気に入った厳選したモノと長く過ごしたいと思うようになった。

今まで散々集めたたくさんのモノの中から、それだけあれば良いというモノだけを残して、極上の時間を過ごしている。そんな私的殿堂入りパーマネントコレクションを紹介して行く。私にとっての一生モンだ!

クリックしたらピカッと電気が走った!

第一回は「MONTBLANC PIX NO.75」から始めよう。MONTBLANCというとまずは149や146などの万年筆を思い浮かべる人がほとんどだと思うが、私はMONTBLANCといえば、このPIX NO.75だ!

MuuseoSquareイメージ

1960年代に制作され、ノブを押して芯を出す時のクリックする音が「ピックス、ピックス」と聞こえたことからPIXと名付けられたと言われている。私はまず、このクリックの感触に痺れてしまった。

時は1980年頃、場所は神田神保町の金ペン堂である。金ペン堂は職人気質のご主人がいる間口の狭い店で、まだビルになる前だった。金ペン堂に並ぶ万年筆はすべてこのご主人がペン先を調整しており、ヌルヌル、ヌラヌラとした書き心地がもうたまらない快感となり、文章を書くということよりも紙に文字を書くのが楽しみだった。

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ある時、ご主人が、「ドイツで千本くらい、廃番のモンブランのシャープペンシルのデッドストックが見つかったのをウチで全部手に入れて、それにあった芯を特注で作ったんだ。素晴らしい書き心地だよ。一本どお?」とPIX NO.75を差し出した。

シャープペンシルかあ!?万年筆以上の書き心地は期待できないなあと思いつつ、手にしてクリックしてみた。ここでピカッと電気が走ってしまった。

機械好きで機械式のカメラのシャッターの感触なども大好物の私にとって、このクリックはもうたまらない。心を落ち着けようと深呼吸して、今度は紙に書いてみた。

鉛筆やシャープペンシルは何か紙に引っかかる。ザラザラとした書き心地なのだが、このPIX NO.75は万年筆とは異なるが、まさにヌルヌル、ヌラヌラとした書き味。思わず「えっ!」という言葉が出た。

ご主人はニコニコして「最高でしょ!」これは凄い!

その後はPIX NO.75を手に転がしながら、ご主人から蘊蓄を聞いた。

芯の太さは0.92mmであり、芯は金ペン堂のご主人が自ら書き心地を考えて、試行錯誤の末、濃さや柔らかさを決めて作ってもらったそう。シャープペンシルの要でもある口金部分には3本のスリットがある。これは熟練した職人が手曲げで形を作っていて、この3本のスリットがあることで、独特の柔らかい当たりを醸し出している。こんな手間のかかる技を操る職人はもう絶滅してしまった。

クリップのある金色の部分も安っぽい金メッキではなく、手間のかかる分厚い金張り。芯側がプラスティックで、クリップ側が金属なので、重心が後ろにきて、クリップ側を持つことで、ほとんど力を入れずに書くことができる。

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口金部分に入る3本のスリット。傷ではなく、芯をきっちりくわえるために施されている。

口金部分に入る3本のスリット。傷ではなく、芯をきっちりくわえるために施されている。

後から調べたら、このPIX NO.75は、“伝説の名車”と呼ばれる「BMW507」をデザインしたアルブレヒト・フォン・ゲルツというデザイナーの作品で、彼のデザインコンセプトは「これ以上足せない、これ以上引けない」だとのこと。

まさにPIX NO.75もその通り!究極のデザインと言っていい。

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ゆっくりと時代小説を書くことを夢見て

物書きの端くれとして、このPIX NO.75で実にいろいろなコトを書いてきた。

取材メモはもちろん、企画のアイデア出しやデザインラフ、そして原稿などなど、30年以上、常に一緒だった。これが無いと生きていけないとは言わないが、これがあるとホッと安心する。

パソコンやインターネット全盛となり、原稿はさすがに手書きでは大作家以外受け取ってもらえないので、Macで執筆しているが、いつか手書きでじっくりと時間をかけて時代小説を書くことを夢見ている。もちろんPIX NO.75で!

ーおわりー

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公開日:2018年3月10日

更新日:2021年8月25日

Contributor Profile

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山縣 基与志

人、モノ、旅をこよなく愛し、文筆業、民俗学者、プランナーとして活動中。日本全国の伝統芸能と伝統工芸を再構築するさまざまな仕掛けを展開している。

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